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序章 天国と地獄⑤

「……ふう、彼ら更生してくれるといいなあ~」

 不良の姿が見えなくなると同時に、コートの男は呟いた。

 ――いや、あんな大金渡したら、逆に堕落すると思うのですが……。

 彼は、満足気にため息を吐くコートの男を見つめる。

 ――まあしかし、彼のおかげで助かったのもまた事実。ここは素直に礼を言うべきだろう。

「あ、あの~」

 彼の声にコートの男は、顔をこちらに向ける。

「ああ、君大丈夫だったかい? どこもケガは無いかい?」

「あ、はい。大丈夫です」

 彼は頭を下げる。

「本当にありがとうございました。おかげで金を取られずに済みました」

 そこで顔を上げ、尋ねる。

「あ、あの~……あいつらにやったお金……その、良かったんですか……?」

 その問いに、コートの男はにっこりと微笑み、言った。

「大丈夫だよ。あれは元々彼等にあげる予定だったんだし」

「予定……?」

 彼は疑問の声を漏らすが、コートの男は微笑んだまま何も言わない。

 そこで、彼は何か違和感を覚えた。

 ――何とも言えない……。だが何かおかしい……。あれ、これどこかで……?

「それじゃ、これからは気を付けてね」

 彼の疑問をよそに、コートの男は背を向け、歩を進める。

「あ、あの!」

 彼はコートの男を呼び止める。

 男の脚が止まる。

「…………」

 コートの男はゆっくりと振り向く。

 その顔には先程と全く変わらない笑みがあった。

「…………」

彼はゆっくりと唾を飲み込み、問いの言葉を吐き出す。


「あの……あなたは何者なんですか?」


 束の間の静寂。

 コートの男の笑みは変わらない。相変わらずの微笑み。

「僕はね……」

 コートの男はゆっくりと言葉を発する。

「僕はね……人なんだよ……。神でも悪魔でもなく、ただの人なんだ。そう、皆と同じただの人……」

 ぶつぶつと。それは独り言に近い、言葉。

 その眼は、誰も見ていない。

 ぶつぶつと自分に言い聞かせるかのように何度も男は呟く。

「…………」

 彼は後悔した。

 下手なこと聞かないで、そのまま帰ってもらえばよかった。

 彼は、コートの男が自分で精神異常者だと言っていたことを思い出した。

「僕は……僕は……」

「あ、あの~……」

 顔に先程と全く変わらない微笑みを浮かべたまま、ぶつぶつと呟くコートの男。

 かなり不気味だ。

「はっ! あ、あぁ、すまないね……。時々目の前が真っ白になって自分で体が制御できないことがあるんだよ。ははは、参ったね」

「…………」

 ――いや、ははは、じゃありませんよ。

「それじゃ僕はこれで」

 コートの男は軽く手を上げ、踵を返す。

「…………」

 彼はそれを呆然と見送り、やがて男の姿は見えなくなった。

「……はぁ……」

 その場にヘナヘナと座り込み、彼は深く溜息を吐いた。

 買い物一つでこんなに疲れるとは誰が予想しただろうか……。

 ――今度からこの道は通らないようにするか……。

 彼はそう思いながら、腕に巻きついている安物の時計の針を確認する。

「一時十分……ああ、面倒臭い……」

 だが、やらなければならない。

 いつも赤点ギリギリだし……。

 ――くそ……学者共。どうでもいい知識ばかり後世に残しやがって……。いったい何の役に立つってんだよ!

 彼は再び溜息を吐く。

 だが、ここで悪態ばかりついても無意味にむなしさばかりが生まれる。

「止めた。さっさと帰って勉強するか……」

 この空腹は、家のパンで満たすとするか……。

 彼は立ち上がり、軽く肩を回す。

「えっと、まず数学やって……英語もちょっとやばいな。ああ科学もやばいなぁ……あと世界史と古文もやばい…………てか、全部じゃん!」

 彼は再度溜息を吐く。

「自己嫌悪しても意味無いな……。今は少しでも内容を覚えねえと……って、あれ?」

 ふと彼の眼にあるものが止まった。

「?」

 眼を凝らし、脚を近くまで運ぶ。

 そこには一つの銀色のケースが落ちていた。

 模様も何も無いシンプルなケース。

「何だ、これ? シガーケースか?」

 彼はそれを拾い上げ、いじくり回す。

 ――不良共には不似合い。てことは、あの人のか。

 先程のコートの男を思い出す。

 ――やばい、笑顔で不気味に笑っているところしか思い出せない。

 彼はケースをどうしようか迷ったが、ここに置いておくよりは、自分で持っていたほうがいいだろうと判断し、それをポケットに仕舞った。

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