四章 戦士と奴隷⑧
晴れ渡り、雲一つない空が眼に映る。孝二はポケットから煙草の箱を取り出し、一本口にくわえる。
「…………」
孝二は目をつむる。中庭に吹く風と煙草の香り。
以前までは優と千里の三人で、昼休みの最後まで馬鹿話をしていた。それがいつも、当たり前のように訪れる日常だった。
だが、千里は入院し、優も急用で、今ここにいるのは孝二だけだ。一人で昼休みの時間をつぶすのは初めてかもしれない。
「なんだか――」
――遠くの世界に来てしまったような感覚だ。
少しずつ、当たり前だったことが消えていく。
「嫌な感じだ……」
孝二はゆっくりと目を開け、木々の隙間から覗く屋上に目をやる。
「…………」
――昨日の朝。
「刻印……」
――あの転校生が来たあの朝。
孝二はゆっくり目を閉じる。
――かすかに俺は何かを見た。
深呼吸し、気持ちを落ち着かせる。
――あの屋上におかしなものを。
「ナンバー17」
――今ならもう一度見られるはずだ。
「この刻印の名は――」
「星」
突如、額を殴られたような衝撃が走った。
耳の奥がチリチリと痛み、巨大な光景が自らに覆いかぶさってくる。
「―――――――――――――――――」
地面。空。風。木々。雑草。ベンチ。花。石。蝶。ゴミ。砂利。葉。足音。談笑。風。流れる砂。声。人、人、人、人、人、人、人、人、人。
「――うわあ!!」
孝二は叫び声をあげ、右手で額を覆う。脂汗が浮かび、心臓がバクバクと脈打っている。
「……とんでもないな」
孝二は大きく息を吐き、額の目が閉じていくイメージを思い描く。
「……これが本当の力か。そこらじゅうの過去未来が映って、何が何だか全然分かんねえよ……」
ベンチにもたれかかり、深呼吸。激しい心臓を落ち着かせる。
「こんなもの使いこなせるかってんだ。頭が痛くなるぞ……」
孝二はそう呟きながら、再び空を眺める。
「……さて」
教室に戻ろうかと考え、くわえたばかりの煙草を見つめる。