四章 戦士と奴隷①
昼休みの中庭。
孝二は火の付いていない煙草をくわえ、ベンチに腰かけていた。
向かいのベンチに顔を向けると、坊主頭の男子生徒が、座禅を組んでぶつぶつと何かを唱えていた。よく見ると一ミリ浮いているので、唱えているのは空中浮遊の術だろうか。
「……無心、無心」
先ほどのことを、なるべく思い出さぬよう、何度も荒い深呼吸を繰り返す。
「落ち着け、俺。たかがキスの一つだ。そうそう、気にするな。優なんか何人もの女と遊んでる」
息を吸い込む。かすかな煙草の香りが、口内に広がる。
――煙草の香り……。
結香の顔が浮かぶ。
――少年。
結香の唇の感触。
――すぐ終わる。
自分の舌に伝わる、やわらかく、生暖かい感触。
「だああぁぁぁぁ!! 忘れろ、忘れろ、忘れろぉぉぉぉぉ!!」
孝二は肺の空気を一気に吐き出す。
「おい、そこの馬鹿」
何度も深呼吸を繰り返していると、突然声をかけられた。
「あの変態女の言っていたとおりだな。みじめな男だ」
振り返ると、一人の青年が立っていた。サングラスと長い黒髪が特徴的だ。
「真?」
「いつから私を呼び捨てられる身分になったんだ、貴様は」
真は悪態を付きながら、孝二の隣に座る。
「よくこんな蚊が多いところに、ずっといられるな」
真は指を動かしながら、寄こせと言ってくる。何をと聞き返すと、煙草と短く返事が返ってきた。孝二は煙草の箱を取り出し、箱の底を叩いて、一本出す。真はそれを無言のまま受け取る。
「俺は蚊が寄ってこない体質なんだ」
「なんだ、それは。まるで農薬まみれの野菜だな」
「…………」
真は煙草をくわえ、孝二の顔を横目に見やる。
「火は無い」
孝二がそう言った途端、真は眉をひそめる。
「何でだ?」
「くわえているだけで落ち着くんだ」
「ガキが」
真は苛立たしげに息を吐きながら、そう言った。
「何の用だよ?」
孝二は率直に尋ねる。真は背もたれにもたれかかりながら、口を開いた。