三章 ピンクなアミーゴ⑩
緋川の背後の扉が突然開いた。緋川が振り返ると、顔色の悪い男子生徒がこちらをうつろな眼で見ていた。
「……どうやら患者さんみたいだね。僕は戻るよ」
緋川は結香に軽く手を振ると、男子生徒の横を通り過ぎた。
「…………」
男子生徒は、うつろな眼を一瞬緋川に向けるが、すぐに結香へと視線を向ける。
結香は、手に持つ空き缶をデスクの隅に放ると、片手で髪をかきあげながら、男子生徒に尋ねた。
「どうした少年。顔色が悪いようだが――風邪か?」
男子生徒は何も答えず、ゆっくりと結香の元へ近づいていく。丸椅子にも座らず、結香のすぐ目の前まで近寄る。
「……何だ? 少年」
自分を見下ろす男子生徒に、結香は上目づかいに見返す。
「……あ……じょ……す……おう」
男子生徒の口元が動き、言葉を発する。だが声が小さくて、よく聞き取れない。
「ん? 何だって? はっきり言わないと聞こえんぞ」
男子生徒の口元に、結香は耳を近づける。
男子生徒は、しばらくの間、ぼそぼそと小さい声で言葉を発していたが、やがて少しの間をおいて、はっきりとした声で言った。
「邪魔。死ね」
突然、男子生徒は結香に襲い掛かった。
「っ!!」
男子生徒の手が、結香の首をつかみ、そのまま押し倒す。馬乗り状態となり、男子生徒の力が増す。
「……ぐっ! いきなり大胆な子だねぇ……」
顔を歪めながら、結香は言う。男子生徒は左手を制服のポケットに入れ、そこから小型のナイフを取り出した。
「……ほぅ、そうきたか」
結香がそう言った途端、男子生徒が横に吹っ飛んだ。結香が大きく脚を回し、蹴りを浴びせたのだ。
男子生徒はデスクに体をぶつけ、派手な音を立てて倒れる。結香は咳きこみながら、素早く立ち上がる。
「……悪いね、少年。私はおもちゃを使いたがる男は嫌いなんだ」
男子生徒は、うつろな眼を結香に向ける。その眼からは殺意の何も感じない。
「……あんた奴隷だね。敵さんの能力は、ナンバー4の『皇帝』ってところか。やっかいだな……」
男子生徒は、自分の胸元にナイフを固定し、地面を蹴る。
「……いい構えだ」
結香は小さくそう呟いた。
ナイフ等の刃物は玄人でもない限り、下手に振り回すよりは、勢いに任せて突き刺すほうが、もっとも効率が良いのだ。
結香は体を傾け、寸前で突撃をかわす。そして小さく息を吐くと同時、男子生徒のみぞおち目掛け、掌底を放つ。
ごふっと、空気の漏れたような音がして、男子生徒はその場にひざまずく。
「……悪いな、少年。少し眠っててもらう」
結香はそう言って、片足を垂直に振り上げる。そして男子生徒の頭頂部に、一気に振り下ろした。
鈍く、大きい音が響き、男子生徒は動かなくなった。
「……ふぅ、こんなもんかね」
結香はそう言いながら、煙草を取り出し、口にくわえる。