三章 ピンクなアミーゴ⑨
昼休み。結香は、缶ビールを飲みながら、窓から外を眺めていた。
「合格だったよ、あの少年は」
結香はそう言って、振り返る。そこには扉の前にたたずむ、コートを纏った緋川がいた。
「それは良かった。僕、結構あの子気に入ってるんだ」
「へぇ、珍しい。あんたが人を気に入るなんて」
そう言う結香に、緋川は肩をすくめる。
「ひどいなぁ。まるで僕が、普段から人を忌み嫌っているみたいな言い方じゃないか」
「違うのかい?」
ニタリと笑みを浮かべる結香。緋川は微笑を浮かべたまま、何も答えない。
「まぁ、隊長が気に入るのも分かるわ。中々に面白い少年だった」
「何があったの?」
「いや、ね」
結香は笑いをこらえるように口元を手で覆い、言葉を続ける。
「ほら、少年の中を見ようとキスしたらさ、少年、ものすっごい泣きそうな顔して、逃げ出しちゃったの。純情乙女かっつーの。あれは間違いなくファーストキスだったね!」
「あらら、そうだったんだ」
「そのせいで、私のほうは少年の能力も手伝って、しっかりと中身を見れたけど、少年には私の知識が届く前に逃げられちゃった」
「残念だねぇ。しょうがない。もう一度って言っても、多分嫌がるだろうから、真に説明させよう」
「任せた。それにしても、あの少年初めてだったとはねぇ。思いっきり舌入れちまったよ。今頃トラウマになってたりして!」
そう言って、結香は膝を叩きながら、大笑いする。
「結香君、相変わらずだねぇ……。せっかく美人なんだから、もう少し上品になろうよ」
「およ? 隊長、まさか口説いてるんですか~?」
結香は新しい缶ビールを開けながら、ニタニタと笑う。
「う~ん、どうだろう。自分でも分からないなぁ」
緋川はわずかに目を細める。
「……いつまでも過去を見ていられないってことなのかな。僕も心の中では――今を生きたがって――寂しくなってるのかも」
「……あ」
結香は目を伏せ、小さい声で、ごめんと言った。
「あんたの気持ちも考えないで、軽率なこと言って……」
緋川は微笑を浮かべ、大丈夫と前置きして、口を開いた。
「以前、本で読んだんだ。いつまでも死んだ――過去の人を思い続けるのは、その人をこの世に縛り付け、苦しめることになる。僕は霊なんか信じないけど、存在しない人への一方通行の思いは、もう止めたほうがいいのかもしれない」
「……隊長」
「身勝手だなぁ、すごく。自ら死に追いやって――そして、もっともな理由をつけて忘れようとしている」
その場に沈黙が下りる。結香は缶ビールを一気に飲み干し、大きく息を吐く。
「隊長が、あの轟少年のことを気に入った、本当の理由が分かった」
沈黙を破り、結香は言葉を紡ぐ。緋川は結香をまっすぐ見つめる。
「似てるのよ、隊長。あんたと轟少年がね。過去の引きずり方が、特にね」
「……そう――かもね」
結香の言葉を聞き、緋川は自虐的な笑みを浮かべる。
「ふふ、こんなんじゃあカウンセラー失格だ」
緋川の眼に悲しそうな色が浮かぶ。だがそれは一瞬で消えた。
「まぁ、僕は因縁から逃げられるとは思ってないからね。淡い夢は見ないよ。全ては――僕以外の人の未来のため」




