三章 ピンクなアミーゴ⑧
「だから、少年。我慢はするな。反則上等、違反上等だ。あぁ、だからと言って、盗みやらレイプやらはするなよ。自分の楽しみのために人の楽しみを奪うなんて最低だ。違法を楽しみつつ、必ずどこかで自分を律する。それが上等な人間ってもんだ」
「はぁ、なるほど……」
孝二は生返事をしながら、この場から立ち去るアイデアを考えていた。結香は、なおも言葉を続ける。
「薬なんかもさ。やりたい奴は勝手にやらせてりゃいいのよ。だが一つ言っておこう、少年。薬は人生のおいての最後の楽しみ方だ。依存性の強さは様々だが、どれも確実に寿命を縮める。例外はない。自分の命を材料に快楽を作るんだ。人生の楽しみが無くなった奴が最後に手を出すのが薬だからね。ある意味、やたらとのんきな自殺ってところかね。あらら、最初言ったことと矛盾しちまったよ」
結香は孝二の肩をバシバシと叩きながら、大声で笑う。そのテンションに、もしかすると少し酒が入ってるかもしれないなと思った。
「……帰っていいですか?」
さすがにうんざりとしてきたので、不躾に尋ねる。
「帰る? サボり少年がどこに帰るのさ。お姉さんの話退屈だったか? それじゃあ今度は少年の話を聞こう。彼女はいるか? もうやったか?」
返す気はさらさら無いようだ。
「……一応彼女はいますけど――」
「外に出せばいいだの、安全日だのは都市伝説だ。しっかりコンドーム使え。財布に入れると金が貯まるとか言う馬鹿がいるが、そんなところに入れてると、傷んで穴開くからマネするなよ。付ける時に爪立てても穴開くから注意だ」
「…………」
話題が下ネタにシフトしてしまった。
「あの、先生。そう言う話はちょっと……」
「何だ、まだやってないのか。根性無いな。私が学生の時に付き合った男は、告白の初日に私をホテルに連れ込んだぞ」
「一緒にしないでください」
「だがな。その男、プレイボーイ気取ってたくせに、いざ本番になると、緊張したのか全然たたないんだよ。そう、童貞だったんだよ。最悪だったわよ。ムカついたから、そいつの股間、ライターであぶって、ケツ蹴りあげて、裸のまま部屋から追い出してやったよ。あの時のアイツの情けない声! 今思い出しても笑える!」
結香は下品に声を張り上げて笑う。
孝二は結香から視線を外し、教室内をさまよわせる。デスクの隅にビールの缶が五本転がっているのを発見した。
――やっぱり酒飲んでたか……。てか、朝からビール五本も飲むなんて、とんでもない教師だな……。
結香の話を適当に聞き流しながら、そんなことを考える。
「少年」
言葉を投げかけられ、視線を前に戻すと、目の前に結香の顔があった。
「!!」
一瞬肩を震わせた。結香が身を乗り出し、孝二のすぐ目の前まで顔を近付けていた。酒の匂いがした。
「な、何ですか……?」
孝二はそう言いながら、距離を取ろうとするが、結香の腕が伸びて、孝二の頭をわしづかみにする。
「少年~。実は私はあんたのことを知ってるんだ。緋川から聞いてたんだ。名前は轟孝二だったよな~?」
結香はニタリと笑いながら煙を吐き出す。煙草の匂いが鼻をさす。
「緋川先生から……?」
「あぁ、そうさ。仮合格だと。そんで私に最終試験をお願いだってさ」
「え――」
疑問に口を開こうとするが、その口が結香の指で塞がれる。
「質問する必要はないさ。私が見たところ、あんたは悪人じゃなさそうだ。多分合格できるだろ」
そう言って、結香は髪をかきあげる。煙草を手に取り、灰皿に押し当てる。
「合格したら速攻で教えてやる。あんたが持つ疑問を全てね。一瞬で終わるからね……妙な気を起こすんじゃないよ?」
結香は手を伸ばし、孝二の顎をつかむ。頭と顎。孝二の顔は完全に固定された。
「えっと――あんた確か『星』だったよな?」
「……は?」
「好都合だね。ほら――見えるかい?」
結香はそう言って、舌を出した。
「……?」
孝二はその舌に目をやる。そして途端に眉をひそめた。
結香の舌には――奇妙な――刺青のような紋様が描かれていた。舌の中心に『Ⅱ』と描かれており、その数字を囲むように、ごつごつとした木の実のようなものがいくつも描かれている。
「何なんですか、それ……?」
「刻印。戦士の証でもあり、奴隷の証でもある」
結香は孝二の顎を持ち上げ、若干目を細める。
「ナンバー2。この刻印の名は『女教皇』」
「……?」
「少年。あんたの彼女には、ちょっと悪いことをする。だが、私は誰にも言わないから安心しな」
結香はそう言うなり、一気に孝二との顔の距離を詰め――
「――!!」
結香と孝二の唇が重なった。