三章 ピンクなアミーゴ③
「君にとって、忘れたいことがある。だけどなかなか忘れられない。目の前に浮かび上がってくる。どうしてか? 君は――この眼を、そちらに向けてしまうんだ。無意識にね。それじゃあどうすればいいのか? 簡単だよ」
――眼を閉じればいいんだ。
「イメージするんだよ。額にある第三の眼を――ゆっくりと閉じるんだ。ゆっくりと――眠りに誘われるように、ゆっくりと。そうすれば――もう君は、過去を見ることはなくなるだろう。夢の中では思い出してしまうかもしれないけど、いずれ時間が経てば見なくなるだろう。君に――」
――もうこれは必要ないよ。
コートの男の手で、ゆっくりと包帯が外されていく。ものの数秒で、包帯は全て取り払われた。
「どうだい? まだ――見えるかい?」
「あ……」
孝二は呆然とした顔で、自分の額に触れる。
「……見えない」
「それはよかった。君が楽になれて本当によかったよ」
コートの男は優しい笑みを、こちらに向けた。
「あぁ、ありがとうございます!」
孝二は立ち上がって、コートの男の手をつかんだ。今にも涙を流しそうだ。そんな孝二の様子にコートの男は、悲しげに目を細める。
「本当に苦しんでいたんだね……」
よかったよかったと何度も繰り返し、孝二の肩を軽く叩く。
「さぁ、そろそろホームルームが始まっちゃうよ。また来たくなったら、いつでも来ていいよ」
孝二は再度頭を下げ、お礼の言葉を何度も言った。
「本当にありがとうございました!」
「ほら、お礼はいいから急いで。時計を見てごらんよ」
孝二は壁に掛けられていた時計に目をやる。
「げっ!?」
ホームルームまで三分をきっていた。
「し、失礼しました!」
そう言うと、孝二は急いで扉に向かう。
「あ、そうだ」
孝二はそう言って、振り返る。
「先生の名前、何て言うんですか?」
コートの男は、ソファーに座りながら答えた。
「僕の名前かい? 僕は緋川翔。気軽に翔先生って呼んでもいいよ」
そう言って、コートの男――緋川は微笑んだ。
孝二は礼を言って、教室を出た。
廊下を走り、階段を一段抜かしで上がっていく。
――カウンセラーか……。
孝二は、先ほどの自分の反応を思い出していた。
――意外と馬鹿に出来ないもんだな……。
チャイムが鳴った。暑さと寝不足で、気分が悪いが、その足取りは軽かった。