三章 ピンクなアミーゴ①
そこは、夏だというのに、ひんやりとした空気が廊下を満たしていた。孝二は今、保健室の隣にある教室の前にいた。扉には、『カウンセリングルーム』と書かれた紙が、テープで貼り付けられている。
「…………」
孝二は、その文字を胡散臭げに眺める。
「……あんまりこういうところ来たくなかったな」
そう言って、大きなため息を吐く。
孝二はしばらくの間、その扉を眺めていた。そして、朝のホームルームが始まるまで三十分をきったところで、覚悟を決めた。
「失礼します」
そう言って、扉を二度叩いた。
中から、どうぞと帰ってきた。孝二は扉を開き、軽く頭を下げて中に入った。
「やぁ、おはよう。何か悩み事かな?」
クーラーの効いた、小ざっぱりとした教室内。そこに、一人用のソファーに腰掛けている男がいた。
まるで寝起きのようなボサボサの髪と、しわだらけのスーツ。それだけでも暑そうなのに、その上から足元まで覆う、長いベージュのコートを着ている。人の良さそうな顔と笑みを孝二に向けていた。
「あ、初めまして……」
「そこまで硬くならなくてもいいよ。友達と思ってね。ささ、座って」
コートの男は、向かいの二人用ソファーを手で示す。
「あ、はい。失礼します」
孝二は一礼してソファーに座った。
「それで、今日はどうしたのかな? あぁ、名前はいいよ。ここは心の悩みを聞くところ。満足したなら、もう来なくてもいいし、また来たいなら、いつでも来るといい」
「は、はぁ……」
孝二は視線をさまよわせ、一つ一つ言葉を選びながら、尋ねた。
「その、何ていうか……。トラウマ……というかフラッシュバック?」
コートの男は両手を組んで、孝二の話を聞く。
「その、ですね。昔すっごい嫌なことがあったんですよ。すぐに記憶から消してしまいたいような」
コートの男は静かに頷いている。