二章 真夏の夜の夢⑧
――ごめんよ。犠牲が必要なのは分かっていたんだ。しょうがないなんて言葉を使う気はないよ。僕を――好きなだけ恨んでくれ。
コートの男は、こちらに体を向ける。その手には白く、細長い物体が握られていた。
――ごめんよ、孝二君。あの子が知ったら怒るだろうけど。
「……?」
孝二は眉をひそめて、その手に持つ物を凝視する。徐々にそれは孝二の額へと近づけられる。
「……何をする気だ?」
孝二は逃れようとするが、体はもちろん、首すら動かなくなっていた。
「……!」
――やめろ! 何をする!?
必死に叫ぶが、声が出ない。徐々に物体は近づく。
やがて、その物体が額に触れた。だが、その物体の進行は止まらず、ゆっくりと額の中へと侵入していく。
「――――!」
声にならない叫び声をあげていた。音も立てず、物体は額に入り込んでくる。コートの男は悲しそうに微笑を浮かべる。
――本当にごめんね。君も実験体になってもらうよ。
「うあああああ!!」
孝二は叫び声をあげて、起き上がった。心臓が激しく脈打っている。全身が汗で濡れていた。
孝二は荒い呼吸をしながら、辺りを見回す。見慣れた机や棚。千里や優と撮った写真が飾られている。
そして寝間着を着た自分とベッドに視線を合わせたところで、ここが自分の部屋だと気付く。
「夢……か」
孝二は大きく息を吐き、自分の額に手をやる。
「……最近やっと見なくなったと思ったのに」
机に放られた煙草の箱を手に取る。だが少し考え、そのまま元に戻した。
「実験体……」
先ほどの夢を思い出し、孝二は額をさすりながら、体を震わせる。
「忘れろ……忘れるんだ……!」
ふとんを頭からかぶり、目をつむる。その夜、孝二は眠ることが出来ず、そのまま朝を迎えることになった。