二章 真夏の夜の夢⑦
彼は寝そべって、満面の星空が眺めていた。
――俺は何で空を見上げているんだろう。
――轟! 目を閉じちゃダメだよ! 絶対!
顔を前に向けると、必死な形相の優がいた。
「……優? どうしたんだ?」
――医療班を呼んだよ。もうすぐ来るからしいから。
その優のとなりに見知らぬ男がいた。顔はよく見えないが、足元まで覆う、長いベージュのコートを着ていた。
――応急処置はしたからね。あとはこの子の体力次第かな。
「……? 何の話をしているんだ?」
孝二はそう尋ねるが、彼らは答えない。すぐ近くの優は、今にも泣き出しそうな顔をして、こちらを見ている。優のこんな顔は見たことがない。
――僕がいながら……轟と千里ちゃんをこんな目に……。
優は唇をかみしめ、両手のこぶしを震わせていた。
――君のせいじゃないよ。
コートの男が、優の肩に手を置き、静かに言葉を投げかける。
――力だよ。全てはそれが原因なんだ。簡単に――努力も無く、簡単に手に入る巨大な力は、必ず歪むんだ。本来、力を鍛えると同時に、それを抑える心も鍛えないといけない。それを忘れてしまえば……歪む。だから、こんな力は、この世にあってはいけないんだ。人の心は……人が思うほど強くないんだ。
「なぁ、さっきから何の話をしているんだ?」
そう言って、孝二は起き上がろうとする。
「ん? あれ……?」
一瞬視線をさまよわせ、再び起き上がろうとする。だが、体は一向に動かない。
「……? 何で?」
首から上は動くようだ。孝二は首を曲げて、自分の体を見る。
腹部に一本のナイフが突き立てられていた。
「……え……?」
途端、頭から血の気が引く。
「え……何で……?」
突然のことに、間の抜けた言葉が吐き出された。何でと何度も呟き、視線をさまよわせる。
――医療班が到着したみたいだね。
コートの男が振り返りながら言う。見ると、救急車らしき車が見える。
――早く、こっちだよ! 轟、千里ちゃん、死なないでよ!
「優……? 千里……?」
白衣を着た男たちが、担架を持って、こちらに駆けてくる。男たちは孝二を素早く担架に乗せると、急いで車のほうへと運ぶ。
「千里? 千里、どこだ? どこにいるんだ?」
孝二は担架の上で叫ぶ。そして首を必死にめぐらせ、千里の姿を探す。
車に乗せられ、体を固定される。それほど時を置かずして、孝二の隣にもう一つ、人を乗せた担架が運び込まれる。
「……千里?」
隣の担架には千里が乗せられていた。意識が無いのか、目を閉じている。
「千里! 大丈夫か!?」
孝二は叫ぶが、何の反応も返ってこない。
――かわいそうなことをしちゃったね。
視界が遮られる。視線を上げると、コートの男が、孝二と千里の間に立っていた。車内に振動が走り、車が発進する。