二章 真夏の夜の夢⑥
孝二は自分の頭に巻きつく包帯を指さし、大丈夫、と前置きして、言葉を紡ぐ。
「怪我はもう治っているんだ。ただ、ちょっと肌が弱いというか、クセが付いてるというか……。と、とにかく、これは全然関係ないから」
「そうなの?」
千里は目を細めて、孝二を見る。この仕草は孝二を疑っているということだ。
「本当だぞ? それじゃあ……見る?」
孝二はそう言うやいなや、頭の包帯を一気に取り去った。
「――――!」
「……あ、本当だ。綺麗に治ってる」
――嫌だ、助けて! 嫌っ!
「それならもう包帯巻かなくてもいいんじゃない?」
――孝二、逃げてよ。何で逃げてくれないの!?
「孝二……?」
――お願い、死なないで! 誰かっ! 優……? 早く何とかして!
「どうしたの、顔色悪いよ?」
「っ!!」
孝二は右手に握る包帯を、自分の額に押し付けた。
「あ、あぁ、何でもないよ。ちょっと俺、用事思い出したから――また明日!」
孝二は早口でそう言うなり立ち上がり、早足で病室を出た。背後から千里の声が聞こえてくるが、孝二は振り向きもしなかった。
「くそ……。まだ消えてなかったのか……」
廊下の壁にもたれかかり、自分の掌を見る。汗でびっしょりと濡れていた。
孝二はよれよれの包帯を、頭に巻きつける。深く息を吐く。両手がかすかに震えている。孝二はポケットから煙草の箱を取り出し、急いで口にくわえた。
「火……くそ、火が……」
胸に手をやり、何度も深呼吸を繰り返す。何度も自分に、落ち着けと呟く。
やがて心臓の鼓動も静まっていき、両手の震えも収まってきた。
「…………」
孝二は深く息を吐く。そして自分の口にくわえられた、煙草を見る。
「……しばらく離れられそうにないよな……」
そう言うなり、顔をしかめて、自分の額に手をやった。
「くそ……何でなんだよ。もうあれから結構経つのに……怪我も治ったのに……。何で消えてくれないんだよ……!」
孝二は額に爪を立て、憎々しげにそう呟いた。ふと外を見る。日が傾き、外はもう暗くなり始めていた。
「…………」
孝二は病院の外へと足を向けた。とにかく、今すぐこの病院から抜け出したかった。
「くそ……。何で……何で」
孝二は無意識に何度もそう呟いていた。
「――はい。手下は順調に集まっています。校内の半分は既に私の部下です」
暗闇の中、携帯電話を片手に会話をする一人の男。
「ええ、大丈夫ですよ。裏でどんな組織が動いていようと――私の能力の前では、赤子と同じです」
ククッと男は笑う。
「どうせなら、その組織の奴らも、私の部下にして――内部から崩壊させるというのも良いのではないでしょうか? え、ですが……はい、分かりました」
その後、男は二三会話をして、電話を切った。
「…………」
男は通話の切れた携帯電話を、静かに見つめる。しばらくしてから、男は携帯電話をポケットに仕舞い、苛立たしげに舌打ちをした。
「奴らをなめるな? マスターは俺を馬鹿にしているのか? 俺の無敵の能力を」
男の周りには、十人ほどの人影が控えていた。男女様々だが、皆一様にうつろな目をしていた。
「びびりやがって。見てろ」
男は口元を歪め、笑みの形を作る。
「この俺の力――『皇帝』は無敵だってこと、改めて証明してやる」
男の乾いた笑い声が上がる。だが周りの人影は沈黙したままだ。
「――笑えよ、お前ら」
男の言葉と同時に、周りから笑い声が上がる。それは徐々に――徐々に大きくなっていった。
「そうだ、笑え。屑どもが俺にひれ伏していくざまを」
闇の静けさをかき消す、その笑い声のコーラスはいつまでも鳴り響いていた。