一章 ためいき⑨
ああ言えばこう言う。結局孝二は観念した。
「ねぇ、ねぇ」
舞が尋ねてくる。
「孝二君ってさ、その……彼女とかいる?」
え、と孝二の口から小さく声が漏れる。
「いるぞ! 舞ちゃん騙されるな!」「孝二、てめえ二股かける気か! 死ね、変態、ホモ、ロリコン!」
「…………」
「孝二、悪かった。謝るからその赤い染みが付いた木刀を仕舞ってくれ」
「…………」
元から殴る気はない。とりあえず木刀を鞄に仕舞う。
「孝二君って剣道部?」
野次馬の声でタイミングを逸したことを悟ったのか、話題を変えてくる。
「ん、まぁ、一応な」
謙遜的に答えると、舞がへぇ、と感嘆の声を漏らす。
「すごいなぁ、戦う男の人って、なんだかカッコイイなぁ~」
よくある褒め言葉。だが、誰にでも、褒められると嬉しいもので、舞の言葉に自然と頬が緩んでしまう。
すると、
突如殺気。
「!!」
ビクリと、背筋に寒気が走る。
ものすごい冷たさ。心臓が一瞬でバクバクと脈打ち、全身を強張らせる。
その発生場所は分かっている。後ろだ。
孝二はびくびくと後ろを振り返り、そこに座る者を見る。
そこには真がいた。
机に片肘を付き、こちらをその鋭い眼で静かに、ただ静かに見つめている。
「あ、あの、七神さん? 何を怒っているんですか……?」
なぜか敬語になりつつも、尋ねる。
その孝二の言葉に、真はただ一言。
「話しかけるな」
「…………」
とりあえず前を向く。
そこで一つ疑問が生まれた。今、真が座っている席も誰か別の人の席だったはずだ。確か今日学校に来てたはずだが……。
真と眼を合わせないように、後ろを伺う。すると、隅のほうに人影発見。よく見ると、その顔には涙と鼻水と真新しい青あざがあった。
「…………」
「ねぇねぇ孝二君」
「えっ、何?」
蹲っている男子に合掌しつつ、舞のほうに顔を向ける。
「名字何?」
「えっと、次は科学だから理科室行かねえとな」
舞の質問を適当に受け流し、教科書を手に持ち、席を立つ。
「あぁ、待って!」
後ろから舞の声が聞こえるが、早足で急ぐ。すると再び殺気が背中を刺す。誰が発しているかは振り返らなくても分かる。
「…………」
――疲れる。これって何の罰? ため息……ひょっとしてこれのせい? てか、あの兄の方、なんで俺を睨むの。
「…………」
孝二は頭に巻きついている包帯の緩みを手で直す。
さて、と呟き、理科室までの廊下を歩いて行った。
――日の光と気だるい暑さがますます上がってきてやがる。もう眠気が完全に失せてしまった。さて、授業はどうやって時間を潰そうか……。
真面目に受ける気ゼロ発言をぶつぶつ言いながら、ふと窓の外を見る。
「…………」
光の強さに僅か眼を細め、そこから見える屋上を見る。
「……あ、……いや、まさかな」
端から見ると、おかしな独り言を呟き、軽く息を吐く。
再び頭の包帯のずれを直し、肩を回す。そして歩き始めた。ゆっくりと、ため息混じりに。
「そろそろ包帯変えるか」
と呟きながら。