一章 ためいき⑧
教師は再び深呼吸。だからですね、と優しく諭すように言う。
「ここは高校生が勉強に来るところで、君のような子供が来るところでは……」
「私、十六ですぅ」
「…………」
再び重い沈黙が降りる。
孝二は軽くため息を吐き、その子の観察を始める。
髪……同じく綺麗な黒髪を肩辺りで切りそろえている。校則違反ではない。
顔も服装も、これといって変なところは無い。無いのだが……。
身長……絶対高校生じゃない。だって百三十も無いだろ、この子。小さすぎ、明らかに小学生。まぁ、童顔幼稚体型なだけかもしれないけど。
「早く紹介してよ、早くぅ」
「…………」
教師の深いため息。魂が抜けているような感じがするのはたぶん気のせいだろう。
「え~、皆さん。彼女は同じく転校生の七神舞ちゃん。真君とは兄妹だそうです。何故分かれずに、このクラスに二人が来たのは分かりません。いや、もうどうでもいいや……」
教師として言ってはいけないことを呟きながら、教師は教室から出て行った。
――兄妹ねぇ……。
孝二は、真と舞を交互に見比べる。
たしかに二人とも何となく似ている。特に髪が。だが、兄も妹も絶対に高校生には見えない。てか、大学生と小学生だろ絶対!
そんなことを考えながら、二人を見ていると、ふいに舞と目が合った。にこりと、こちらに笑みを向けてくる。
その笑みに曖昧な笑みを返す。すると、舞がこちらに小走りで近付いてきた。
「私、七神舞。舞ちゃんって呼んでね」
孝二の机に手を突き、満面の笑みのままそう言ってきた。
「え、あぁ、よろしく。俺は孝二って名前なんだ」
一応普通に返答する。
「孝二? 名字はなんて言うの?」
「え、その……」
孝二は返答に詰まる。周りの奴も「そういえば孝二の名字ってなんだっけ?」と言い出した。
「いや、俺も呼ぶときは名前でいいからさ。俺も舞ちゃんって呼ばせてもらうし」
舞は、その言葉を聞くと、わずかに顔を赤らめ、そして再びにっこりと微笑んだ。
「うん、ありがと」
それで、と舞は身を乗り出して尋ねる。
「あ、あの、このあと学校の中、その、案内してくれる?」
「いいよ、喜んで」
舞の頼みをあっさりと承諾する。それには周りからも、「手がはえ~ぞ~」や「積極的~」や「おまえ彼女いるだろうが~」「え、彼女居るの? 誰、誰?」「ほら、いつも一緒にいる、えっと……確か名前は優とか言う、」「アイツって男じゃねぇのか?」「うわ、そっちの趣味あり? 引くって」
「てめえら少し黙れ!」
とりあえず好き勝手言う周りの連中は黙らせとく。
「それじゃあ私ここに座るね」
と舞が、いつの間にか孝二の隣の席についていた。
「これからよろしくね」
そう、にっこりと微笑みかけてくる。
「あのさ、」
孝二は微笑み返しながら一言。
「そこ他の人の席なんだけど……」
その言葉を聞くと、舞は首をかしげながら言った。
「え? でも今、誰もいないよ」
「いや、確かにいないけど……多分今日休みか何かなんだろうけど」
「じゃあいいね」
「いや、良くないでしょ。思いっきり」
「どうして~、今はいないじゃん」
「今いなくても、そこは別の人の席で……」
それじゃあ、と舞は人差し指を立て、言った。
「その人が来るまで私はここの席~。それでいいでしょ?」
「う、まぁ、いい、のかな?」