一章 ためいき⑦
「…………」
沈黙。
今、教室は沈黙に満たされている。
誰一人として言葉を発しない。ただ静かに事の行く末を見守っている。
「え、えっと、ですね……」
教卓に立つ教師が年に合わない、しどろもどろな声を出す。
「…………」
全生徒の無言の視線。それがプレッシャーになっているのだろうか。
何となくは分かる。生徒達の目は皆こう言っている。
(なんとかしろ)
(説明しろ)
(こいつらは何なんだ!)
「…………」
孝二自身も今、前にいる奴の説明が欲しい。納得のいくやつが。
「えっと……その、彼らは……」
「おい」
「!!」
教室の沈黙が破られ、緊迫した空気で満たされる。
「教師。高々自己紹介に何故こんなにも時間が掛かる。この高校の教師の教員免許は飾りか?」
「…………」
突然の発言。これには教師も面食らったらしく、なにか発言しようと口をパクパクと動かすが、何も出てこない。
その様子にさらに追い討ちがかかる。
「私は説明しろと言ったんだ。分からないのか? 汚らしい数本の毛が乗った頭晒して生きる度胸はあるのに自己紹介する勇気は無いのか? 惨めなものだな。貴様の性分もそうだが、その頭はさらに惨めだ。未練がましく毛を残さず、全て刈れば良いのに、何故残す? 少ないからこそ大事にするとでも言いたいのか? それが律儀だとでも思っているのか? 惨めだ、惨め過ぎる。そして哀れだ。
そんな頭じゃ家族にも敬遠されているだろ。そして何もしていないのに満員電車で痴漢扱いされ、世間から白い眼で見られ、家族には離婚を迫られ、そして寂しい老後を一人で暮らし、惨めに死んでいくのだろうな。あぁ、哀れすぎる。自分の生と頭を恨め」
「…………」
――なんたる暴言! てか、いつの間にか教師の優柔不断から頭、そして人生へとすごい流れ。もう先生の顔真っ白になってるよ。
この教師は確かに頭は薄いが、生徒達の人気は結構高い。案の定、周りから抗議の声が上がる。
「おまえ先生のこと何も知らないくせにごちゃごちゃ言うな!」
「そうだ、この自己中野郎!」
「てか、おまえ何だよ!」
それらの声を聞き、そいつは教師への暴言を止め、彼らに顔を向ける。
「威勢はいいな。名乗ってやろう」
腕を組み、明らかに偉そうな態度でそいつは言った。
「私は七神真。見てのとおり転校生だ」
そいつ、真の挑発するような眼と笑みに、殺気立った空気が教室に満たされていく。
「ちなみに私と友人関係を築きたいという望みは全て却下する。つまり気安く話しかけてくるな」
「…………」
――うわ、すごい奴来た。なんかの漫画みたい。
孝二はとりあえず真を観察する。
髪……無茶苦茶校則違反。黒い綺麗な髪を後ろで束ね、それが腰辺りまで伸びている。
顔……またまた校則違反。サングラスかけてるし。
しかもすごい長身。絶対百八十以上ある。すらりと伸びた手と足。まるでモデルのような美形男だ。髪が長いので、ぱっと見、女にも見える。そして……ここ肝心。絶対に高校生に見えない。明らかに、二十超えている。まあ、老け顔かもしれないけど。
真の観察を終え、次にその横に視線が移動する。
「教師」
再び真の言葉。教師は一瞬ビクリと肩を震わせる。
「この程度でいつまで落ち込んでいる。さっさと私たちを紹介しろ」
「は……はい」
すっかり消極的になった教師が彼らの紹介を始める。
「……まず彼は先程言いましたが、七神真君。そして――」
教師はその隣に立つ人物に、顔を向ける。
「…………」
教師は軽く深呼吸をする。覚悟を決めたようだ。
「えっとね……」
その重い口を開く。
「お嬢ちゃん。ここは高校なんだけど……」
その教師の声に、
「うん!」
と、その子は大きく頷いた。
「……あ、あの、」
「なんですかぁ?」