マネーイーター
*この作品はノンフィクションで、習作のために書いたものです。深い意味はないので軽い気持ちでお読みください。
バーモント州の片田舎。
人口3000人にも満たない小さな町に二人の銀行強盗がやってきた。
「なあ、本当にやるのか?」
「当たり前だろ。2ヶ月かけて探し回ってようやく良さそうな所を見つけたんだ。時間を無駄にするつもりか」
目隠し帽から見える垂れ目の男が自分よりも少し小柄で肥えた男に言う。
手にはスレッジハンマーを持ち、もう片方には道具箱を持つ。
「でもここ蛇が出るって有名なところだろ?」
肥えた男は不安で垂れ目の男のほうばかりを見つめながら言った。
「蛇が出るからなんだ。強盗するやつが蛇ごときで怖がるな。お前苦手なのか?」
「い、いやそんな可愛い蛇じゃないんだ。大きな、巨大な蛇がでるって」
「はぁ?」
ここは南米でも東南アジアでもない。
肥えた男は震えながら言う。
「やっぱりやめようぜ。まだ俺たちの事を見たやつはいないんだ」
周辺の住宅からは明かりが一切消え、時計は午前2時をさす。
まるでゴーストタウンのように街路灯ですら銀行周辺には建てられておらず、遠くに見えるものは距離にして500メートル先だ。
銀行の明かりは店内の非常口の小さな明かりだけで、中には当然だれもいない。
確認できた場所では防犯カメラの類は一切ついておらず、無防備もいいところであった。
「いいや。俺はやるぞ。嫌ならお前だけ帰れ。そのかわり分前は無しだ」
垂れ目の男は肥えた男の事情を知りながら意地悪そうに言った。
肥えた男にはビジネスで失敗した借金と妻子の扶養、おまけにアフリカにいる親戚達への仕送りがある。
嫌だとは言わまいと確信があってこその発言であった。
「そ、それは……」
目を泳がせながらする相方の尻に蹴りを入れてやる。
引いていた腰が気持ちよく伸び、少し不安が残るものの弱音を吐くことはなくなった。
「さっさと取り掛かるぞ。夜明けまで時間があるなんて考えるな、淡々とこなして逃げる。それだけだ」
二人は正面から裏口へとまわった。
建物の後ろは垣根が生い茂り、敷地内は外から見ることはできない。
簡易な構造のドアは肥えた男にとっては朝飯前でピッキングを袖下より出し、数秒足らずであけてみせた。
得意げな顔をするもそれを無視して垂れ目の男は廊下を慎重に凝視する。
防犯の類はカメラだけにあらず。人感センサーが天井やドアの裏側、はたまた巾木の上に存在していることは過去の経験で学んでいる。
中には擬態するかのように内装の色に合わせ、時には家具の影などに仕込まれていることもあり油断できない。
「早く入ろうぜ」
目を細めて観察する合間、周囲を不安そうに見ながら肥えた男が急かす。
「もう少し待て……よし」
納得したところで建物内に侵入するために準備を始める。
足跡がつかぬよう靴裏に安い分厚いスポンジをテープで巻き付け、髪の毛一つ落とさぬよう上下一体の雨具を着る。
防護メガネをし、手袋は二重にしたうえで肌が露出していないことを互いに確認した。
「ここまでする必要あるのか?」
「必要なことだ。我慢しろ」
肥えた男が呼吸する度にメガネの内側に曇りが発生するのを見ながら、ついに中へと入った。
短い廊下に扉が2つ存在し、下調べをしていたおかげで奥に存在するものは窓口の待合室へと繋がる事は把握していた。問題は手前の方でおそらくは受付の奥側へと繋がっているものだと思われる。
先頭の垂れ目の男が慎重にドアノブに手をかけた。
ゆっくりと回し、僅かに隙間を作る。
そこから小型のペンライトで部屋の中を少しずつ確認しながら開いていく。
ドアが半分まで開き切ると今度は天井、壁とここも念入りに探りを入れた。
「金庫はあったか?」
通路で待っていた肥えた男が後ろから小さな声で聞いてきた。
「この部屋じゃない。だが、ここからまっすぐと向かった先の途中の左手に別に続く場所があるみたいだ。あの先が金庫でまず違いない」
「おお」
二人はするりと隙間に入るこむように中へと入り、通路を曲がった先に重厚な扉を発見した。
待ってましたとばかりに肥えた男と位置を変わり、少し苦戦したが鍵の開く音が聞こえた。
「開けるぞ、少し離れてろ」
操舵のような形をした部分を両手で掴むと全身を使ってゆっくりと開けた。
すかさず明かりを照らすと無数の小さな小窓が現れる。縦横15cmほどで一つ試しに開けると、奥行は指先から手首までしかない。
どうも個人の私物さえも保管しているようで、金庫ではあるが紙幣などは別にあるのだろう。
「お前は左から始めろ。俺は右をやる」
道具箱から分厚い折りたたんだ布袋を取り出し、二人の間に口を拡げて置いた。
「一つずつ丁寧に素早く見るんだ。決して取り逃すな」
一段と低い声で伝えると、二人は盗みを始めた。
手始めに右上を開けると小切手で滑りながら顔を現した。
ついでダイヤのネックレスが2つ程、丁寧に折りたたまれており流れ作業のように袋へと投げ込む。
次々と装飾の類、稀に小さな金塊も姿を見せ、半分が終わる頃には袋の半分まで溜まっていた。
「思ってたより少し少ないな」
期待外れとまではいかないが物足りない気持ちで垂れ目の男が言う。
「そうか?俺はもう十分だとおもうけどな」
「お前は場数不足なんだよ。今まで襲った銀行はこんなケチじゃなかった」
「けどもう金目のある場所はなさそうだぜ」
小窓は既に全部開けられており、それらしき場所はまだ見当たらない。
垂れ目の男はまだなにかあると勘づいていた。
気になるのは右上の3段目の小窓で他のものとは少し造りが違う。
奥行の形が妙に狭く奥壁を抑えるを少し大きなひび割れに手袋をひっかけた。
「少し待ってろ」
指を何度も往復させながらその小窓の異変を探る。
やがて――見つけた。
「こいつか」
工具より小さなバールを取り出し、ひび割れに入れるが少し大きすぎる。
仕方なくゴムハンマーで叩いて無理やり押し込み、奥まで入る手応えを覚えテコの要領で動かすと木割
れする音がした。
「おいおい」
「大丈夫だ。……ああ、こいつだな」
奥壁が壊れた先にバルブのような小さなものが現れた。
肥えた男に明かりを頼み、腕を伸ばして回す。
管理が行き届いているのか十分に潤滑がきいており、素直に力なくまわすと反対の左側の小窓の縦3列分が接している左壁へと収納されていく。
跡には鉄製の扉が姿を見せ、二人はそれが本命だと察した。
「おお!よくわかったな」
「ふっ。踏んだ場数よ」
二人は逸る気持ちを抑えつつ、施錠されていないドアノブを回しわれ先にへと中へと入った。
金庫部屋の3分の2を埋め尽くす100ドル札束が山積みにされており、生唾が出そうになる。
「す、す、すごい」
「……ああ。美しい」
恍惚な表情を浮かべ、思わず飛び込みたい気持ちになるほどにその姿は誰しもが一度は夢見る光景であ
った。
しばらく突っ立っていた見惚れていた二人だが先に肥えた男が我にかえると、置いてきた袋を取りに戻り、持ってきたかと思うと死にものぐるいで片っ端から袋へ投げ込んでいく。
既に半分程入ってしまっており、全部は持って帰れそうにない事は分かっていた。
「集めてろ。予備の袋を持ってくる」
垂れ目の男は大急ぎで建物の外へと飛び出し、生け垣の下に隠していた袋を取りに走る。
ふと夜空を見上げる。
天気予報通り月は強盗に味方しているようで相変わらず雲隠れをしている。
袋の傍で邪魔になっていた腕時計確認すると午前3時を少し過ぎた所でまだ余裕はある。
ずらかる時間も入れれば4時には引き上げなければならないが、間に合うだろう。
手にした金でまずはなにをしようかと今から楽しみでしかたなく、少し浮き足立つ勢いで建物に入ろう
としたときであった。
「う、うわああああああああ!」
肥えた男の叫び声が耳に入り、身体が瞬時に止まった。
宝を前にした時の高鳴りは不安な空気にあてられて、別の意味へと変わる。
唾を飲み込み、足音をたてないように小窓の部屋へともどる。
そして、金庫部屋をゆっくりと覗いた。
札束を詰め込んでいた袋が力なく倒れているだけで肥えた男の姿はどこにもない。
一体どこへいったのか、と部屋に入った瞬間であった。
前触れもなくドアが勢いよく閉まり、振り返り必死であけようとするもノブが回らない。
「おい!おい!」
扉面を叫びながら両手で叩いて訴えるも深夜の銀行には二人以外には誰もいるはずもない。
はずもないが、背後で何かがすり寄る音に心臓がとまりかける。
冷や汗が首筋から背を伝いながら落ちていく感覚を疎ましく思わないほど、張りつめた空気と纏う異様
な存在感を放つなにかがいることはわかった。
微動だにできず立ち尽くす垂れ目の男を急かすかのように、何かが左右に身を振る音をたてる。
次第に息も短くなりはじめ、緊張と恐怖で思考も白くなる。
ついには防護メガネを取り外し、目隠し帽さえ脱ぎ捨てた。
時間をかけて深呼吸を行い、ようやく背後にふりかえった。
「ああ、ああ」
語彙が抜け落ち、母音のみが出てしまうほど目の前に居座るそれに唖然としてしまう。
間抜けに口をあけ、見上げる先に力なく手足を垂れて絶命した肥えた男の姿が目に留まった。
まるで興味本位で殺したかのように目線が死体に向かった事を楽しむが如く、口を離して床へと落とし
た。
破裂音のようにして床に死体の腹の贅肉が打ち付けられる。
ただの肉塊へと変わった人の姿を哀れむ暇もない内に標的が移ったと悟る。
「どうなってるんだ」
無数の舞い上がった紙幣の集合体というべき姿に強盗前の言葉を思い出す。
大蛇とはよく言ったもので、目の前のそれは紙幣によって構成された超大型の爬虫類、蛇そのものであ
った。
逃げ場などどこにもなく、頭の中は死で埋め尽くされている。
目に涙を溜め始め、祈る事さえ許さぬうちに大蛇は襲いかかった。
一瞬の出来事で気づけば宙に浮いている。
何枚も折り重なった紙幣は人体を圧迫させるには十分な力があり、それは鋭利なプレス機が背と腹の両
側より迫り、内蔵が押しつぶされていく。
声をあげようにも肺が押しつぶされてしまい、息を吸い込む事すら許されない。
喉から血がこみ上げ、口内が鉄味で満たされるとすぐに出口を求めて溢れ出る。
視点が霞み始め、暗転を迎えるた後、垂れ目の男は絶命した。
夜が明け、早出の従業員が出社し、惨事に気づいたのはすぐのことだった。
地元の新聞は警察の許しのもと、取材を行った。
管理されていた金庫室で強盗二人の死体が転がり、死因は圧死。
犯人の手がかりとなる痕跡は存在しておらず、誰しもが首をかしげる。
個人の預かり物を納めていた小窓は全て開けられており、これらは強盗のよるものだと断定。
ただ束ねていたはずの紙幣が一つ残さず解けて山積みになっており、二人の死骸は円を描くようにおかれていた。
お読みいただき、ありがとうございました。