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すぐ恋に落ちる先輩と塩対応の後輩〜先輩の言い分

作者: 理兎

リゼットとの最初の出会いの時、僕はちょうど失恋をしたところで、中庭の四阿で一人泣いていた。

初恋の先生が結婚するというのだ。


子どもの幼い恋心だったけど、それは初めての悲しい経験で、泣いても泣いても涙が尽きない気がするぐらいだった。


人目を避けて泣いている上級生の男子になんて、普通は近寄ってこないと思うのだけど、通りがかっただけの優しいリゼットは「そんなに泣いている人を放っておけません」と言って、僕にハンカチを貸してくれ、泣き止むまで傍に居てくれた。


後で聞いたところによると、僕の友達のエリオットの妹だという。

初対面なのになんとなく親近感があったのは、少し彼と雰囲気が似ているからかもしれない。


そうして、初めての失恋の傷が癒えるころには、僕のことを好きだと言ってくれる女の子もちらほらいて、新しい恋を始めることができるようになった。


でも、新しい彼女たちはお付き合いをして暫くすると、口を揃えたように「思っていたのと違う」と言って離れていってしまう。見た目の秀麗さと中身が合わない、ということらしい。


そんな風だから失恋記録は更新されることになり、その度にリゼットが話を聞きながら慰めてくれた。


僕の見た目や、侯爵家という肩書きに擦り寄ってくる子はたくさんいたけれど、僕のみっともないところを受け入れてくれたのはリゼットだけだ。


借りたハンカチが10枚になろうかという頃、返せるのになぜか返したくない洗濯済みのそれらを前にして、もしかしなくても僕はリゼットのことが好きなんだ、と自分の気持ちに気がついた。


それからは、どうやってリゼットに僕を好きになってもらおうか、一生懸命考えた。


お互いに貴族だから、誰かとの婚約は避けられない。

それなら、僕がリゼットの婚約者になればいい。

彼女は辺境伯令嬢だけど、家はエリオットが継ぐだろうから僕のお嫁さんになることは問題ないはずだ。


それなら親に頼み込み、リゼットの家に婚約申込みをしてもらえばいいのだけど、彼女のことだから相手が僕だとわかったら断ってしまう気がする。


一度断られたら、続けて申し込むのは難しくなる。


その事態は避けたいので、しっかり根回しをして選択肢が僕しか無い状態にしてから進めようと決めた。


根回しには協力者が必要だ。

エリオットには最初に僕の気持ちを打ち明けた。


僕の話を聞いたエリオットは「計画的すぎて引く」と言っていたけれど、万全を期したいので頼み込んだ。


リゼットに他の婚約話が出ているとエリオットから聞く度に、その相手に別の女の子が出会って恋をするように仕向け、その間、失恋報告と称してはリゼットの前では傷ついたように振る舞い続けた。


そうして、そろそろ目ぼしい相手はあらかた潰したと思っていたのだけど、今日のお昼休みにリゼットが「婚約者ならいますよ」なんて言うので驚いて、エリオットに詰め寄った。


「どうして教えてくれなかったの、エリィ」

「変な呼び方をするな、誤解される」


何を誤解されるんだか知らないけど、今そんなことはどうでもいい。


「リゼットに婚約者がいるって?」

「……口止めされていたからなあ」


だいたいお前がぐずぐずしてるのが悪いんじゃないか、と言われては返す言葉もない。


「リゼだって親に進められている以上、断りきれないだろう。今回は相手に目ぼしい女性の影もないし、いつものようにはいかないと思うぞ」


そんな。どうしたらいいんだろう。

このままリゼットが誰かのものになってしまうなんて嫌だ。


ぐるぐる回る思考で打開策を考えていたら、いつの間にか放課後だった。


---


その日の帰り道、まだ候補だということと、相手の素性を知ることができた。


グラニエ伯の息子だというドミニクには心当たりがある。


いつだったか、僕のことを上級生の女性と勘違いして話しかけてきたうちの一人じゃなかっただろうか。


黒髪の、凛々しい眉毛をした、なかなかハンサムな子だったと思う。


試したことはないけれど、男性相手にも色仕掛けが効果的かもしれない。自分の容姿がこんなことに役立つなんて思ってもみなかったけど、やってみる価値はありそうだ。


次の日、早速ドミニクを待ち伏せて出会いを仕掛けてみた。


支えられた腕に手を添えて、少ししなだれかかりながら上目遣いで見つめてやれば、ドミニクは男相手に赤面している。

……どうやら脈ありだ。


それからは、出来るだけ会う回数を増やし、徐々に距離を詰めていった。その間、リゼットに会えないのは残念だったけど、この時はとにかくドミニクとの婚約を進めさせたく無くて、自分のことについては少し油断したかもしれない。


その日、グラニエ家から断りの申し出があったことをエリオットが教えてくれたので、今日あたり茶番も終わりににしよう、と、ドミニクと2人で帰路に着いたのだけど、いつの間にか人気のないところに誘い込まれていたようだ。


僕だってそれなりに身体が大きいはずなのに、それより更に背が高い彼に、壁際に追い詰められて迫られた。


息が荒い。僕よりずっと男らしい顔つきの彼が、欲を剥き出しに迫ってくる姿が怖くて、キスをしようとしてきた顔をがっつり掴んでしまった。


「乱暴なのは嫌だよ」


耳元で囁いて、さっと腕から抜け出す。

そろそろ潮時みたいだ。


充分離れてから、


「君のことは友だち以上には思えないから……ごめんね?」


と、茶番の終幕の台詞を告げた。


去り際に振り向くと、呆然と立ち尽くしたドミニクが見えた。


本当はもっと穏便に終わりにするはずだったのだけど、突然のことでかわいそうなことになってしまった。


結果的には彼の心を弄んでしまった罪悪感で胸がちくりと痛む。

ひどいのは僕で、ドミニクは悪くない。彼には近々素敵な女性を紹介してあげようと思う。


---


昼休み。

四阿で待ち伏せて、しばらくぶりにリゼットに会えた。


泣きべそをかきながら、「少しだけ、意見を言っただけなんだよ?キスをするときに、もうちょっと丁寧にして欲しいって」と、事実を捻じ曲げて愚痴る僕に、棒読みの定型文だけど付き合ってくれるリゼット。


いつものようにハンカチを貸してくれながら、


「もうそろそろ、運命の相手探しは諦めたらどうですか」


なんて言う。


リゼットがいつもと違うことを言うので、僕もうっかり口を滑らせた。


 「……だって、リゼットは僕の運命にはなってくれないでしょう」


言ってしまった後、しまった、と思う。

ここで、そうですよ、なんて言われたら今までの苦労が台無しだ。

動揺して、ハンカチから顔を上げられない。


そんな僕の心を知ってか知らずか、


「運命にはなれませんけど、幸せにしてあげますよ」


とリゼットが言った。


「えっ?」


あまりにも意外で、間抜けな顔をしていたと思う。


リゼットはそんな僕をまじまじと見つめて、僕のことを好きだと言った。

いつも塩対応のリゼットが、僕のことを好き?本当に?

夢見ているんじゃないだろうか?


混乱する僕の手を取り、青く澄んだ瞳で真っ直ぐ見つめてくる。


「だいたい、先輩だって私のことが好きでしょう」


恥ずかしいのに視線を外すことができない。

徐々に顔に熱が上がり、赤くなっているのがわかる。


「そんな、こんな風に君から言われるなんて予定外だよ。他の逃げ道を潰して、僕からちゃんと好きだよっていうつもりだったのに、ひどい!」


僕しか選べないように、根回しして、確実に捕まえるつもりだったのに。

先に告白された上に、僕の気持ちも知っていたなんて。

なんだか格好がつかない。


リゼットはそんな僕の動揺を軽くあしらって、手を引っ張り、


「丁寧にすればいいんですね?」


そう言って僕にキスをした。


柔らかな唇が触れた瞬間に、心臓が破裂したかと思うぐらい動悸が激しくなる。

リゼットの顔を見れば、彼女も真っ赤だ。

目が合うと優しく微笑む。


ああ、すごく可愛い。

僕のリゼット。


「ああもう……大好きだよリゼット、僕の運命!」

「しっかり現実で幸せにしますから、夢見る乙女発言は自重してください」


かっこよく僕にキスしたくせに、赤面してるリゼット。

恥ずかしがってるくせに、塩対応のリゼット。


「そういう君も好きだな」 


愛しさが込み上げて、今度は僕からキスをした。

調子に乗って、もう一度、とねだったけれど、


「急にがっつかないでください。これからいくらでもできますよ」


と言ってくれたので、今日のところは我慢した。


こうして、ずっと好きだった僕だけの女の子が婚約者になった。

もう、借りているハンカチが増えることはなさそうだ。

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