雨に唄えば
SRJの事務所でタカハシが歌っている。
SOL名義の新曲「Summer In The Rain」だ。
ハルもスタッフ達も真剣に聞き入っている。
「・・・・・ナツってさ・・・・」
「うん、どうかな?」
「やっぱり才能あるよ。作曲もボーカルも」
「天才に言われるとはね。光栄です」
「ギターは全然上手くならないね」
「うぐ・・・・自覚してるよ」
「いい加減、スケール覚えたら?」
「だって・・・」
「だって何よ?」
「覚えられないんだもん」
「・・・・・ある意味ナツのほうが天才的だよ。この展開、わたしじゃ思いつかないよ」
同席していたハルのマネージャー、ヒグチがどこかへ電話を掛け始めた。
どうやらハルのスケジュールを調整しているようだ。
「はい、後日改めて・・・・・」
ハルが不思議そうに尋ねる。
「ヨーコさん、今日はボイトレでしょ?」
「いや、ミーティングにしましょう。今の曲、凄く良いです」
「・・・・・やっぱり・・・・そんな気がしましたよ」
「ナツさんのボーカルも入れましょう」
「いいね。ナツも世に出るべきだよ」
「僕はいいよ」
「もう決定したことですので」
「・・・・・・やっぱり?」
既に頭が上がらなくなってきている。
この2人はいつもこんな調子だ。天才音楽家とそれを支える敏腕マネージャー。
凡人のタカハシには辛いものがある。
2人が荷物をまとめ始める。
「あの、もしかして・・・・」
「カネゴンさんは当然として、こんな急に捕まるエンジニアはいませんよ」
「やっぱり、ウチですか・・・・」
ヒグチは宅録歴10年のベテランだ。
タカハシ宅のDAWで仮録をすることも多々ある。
無論ヒグチも自宅にDAWを導入しているが、女性の部屋に入るのはどうも抵抗がある。
結果、こういう時はタカハシ宅が溜り場・・・・・もといミーティングスペースとなるのだ。
「キマタ君、車出してくれる?」
キマタと呼ばれた若いスタッフが大きな返事と共に現れる。
「いいッスよ!ホントはボクも参加したかったけど!」
「キマっちはこの前泊まりにきたでしょ」
「楽しかったッスね〜、ダムド祭り!」
このキマタ オサムも仕事仲間を超え、タカハシの友人となったひとりだ。
「キマタ君は自分の仕事があるでしょ。まだ1年目なんだから」
シュンとするキマタを見て、何故かシンパシーを感じるタカハシなのだった。
(・・・・自分だって2年目じゃ・・・・・・)
「聞き違いかしら?」
「聞き違いです」
「じゃあ10分後ね」
「押忍!」
悔しい。何でこんなに面白いのだろう。
ハルもタカハシもこの掛け合いがチョコレートパフェより好きなのだ。
腹を抱えてクスクス笑っている。
キマタの運転する車に乗り込むと、やはり音楽談義に花が咲く。
「ビーチボーイズはどれがいいッスか?」
「難しいけど・・・・・・サンフラワーかな」
「わたしは絶対ペットサウンズ!やっぱりあれだよ!」
「私も最終的にはそこになるわね」
「今あるんで掛けますよ」
「うーん、やっぱこれだなあ・・・・」
この日は何度目かのビーチボーイズ談義だった。
性別も年齢も、生まれも育ちもバラバラの4人が同じベクトルを持つ。
今日の録音にもきっといい影響を与えるだろう。
「『Summer In The Rain』か・・・・早く歌いたいな」