転換
ターニングポイントはやって来ます。
誰にでも必ずやって来ます。
病気や怪我、近しい人の死、挫折、ある人は部屋から一歩踏み出すだけでもターニングポイントになるでしょう。
いつの間にか開演時間が近づく。
「じゃあ行きましょうか」
ミズタニがそう言うと、2階にある関係者席に案内される。
大概こういう席は客席から丸見えなのだが、今日の箱も例に漏れずそうだった。
なんだか、客がチラチラこっちを見ている気がする。
ミズタニを見ているのかと思ったが、違和感がある。
「注目されてますね」
「何なんです?一体?」
「後でゆっくり話しますよ」
「・・・・・後で?」
そうこうしているとライブが始まる。
やはり、凄い。
ハスキーなようで甘ったるい、しかし何者も連想させない、この声は神からのギフトに相違なかった。
そこにいるすべての人が吸い込まれてゆく。
タカハシに芽生えた感情も少しずつ大きくなるが、まだ気付けないほどだ。
アンコールを終えると、夢から覚めたような気分になった。
「さて、行きますか」
「何処へです?」
「決まってるでしょう。ハルのところですよ」
「・・・・・・なんで?」
またもやスタッフルームで待たされている。
まあ、仕方がない。自分と違って責任ある立場の社会人なのだ。
まず入って来たのはミズタニだ。
「お待たせしてすみません」
「いえ、とんでもない」
口ではそう言ったが、内心帰りたかった。
さっきの観客の態度も気になる。
「ナツさん、今の状況わかってないでしょう?」
「状況って?」
笑顔のままだが、いつもとは空気が違う。
「Twitter・・・・・やってないんですよね」
「友達いないんで」
ミズタニがまた笑う。失礼なんだろうが、なぜか悪い気はしない。
「ナツさんね、ファンの間で、ちょっとだけ有名になってるんですよ」
「・・・・・・言ってる意味がわかりません」
「ほら、Twitterで探しちゃったでしょ?ナツさんのこと。タトゥーのことも書いて」
だから、Twitterやってないんだけど。
「ちょっと聞いたことはあります」
「ファンに絡まれるかもしれませんよ」
「・・・・・・・何故です?」
「ハルが直接お礼言ったじゃないですか?」
「その時のことが、なんというか、歪曲して広がりまして」
「目立つじゃないですか、ナツさん」
「それだけですか?杞憂ですよ」
「うーん、実はそれが本題じゃなくて」
「ハルがね、どうやら・・・・」
ミズタニが口ごもるのは初めてだった。
「気になってるみたいなんですよ。ナツさんのこと」
「そんなわけないでしょう」
「あるんです。見ててわかりませんか?」
「わかりませんよ」
と言ったその時、初めてステージ上のハルと目が合ったことを思い出した。
「あ・・・・・」
「でしょう?最近変わったんですよ」
「もう来るなってことですよね?」
無感情な声だったが、気分はこの上なく沈んでいた。資格試験に落ちた時より圧倒的に深く沈んだ。
「いや、逆です」
「・・・・・・あの、さっぱり意味がわからないんですが」
「言ったはずですよ、アーティストの意向は尊重するって」
「この前の新曲、良かったでしょう?ナツさんと知り合ってから凄く良い状態なんです。ライブも劇的に良くなりました」
「できるだけハルと話して欲しい。もちろんプライベートでは無理だし、連絡も私を通じて行います」
「それに、他のお客さんが気にしてるのは本当なんです。今日も関係者席にいたわけだし・・・・」
「何かされたら訴えますよ。なんでコソコソしなきゃならないんですか」
「そうくると思いましたよ。ただね、ハルのことも考えて欲しいんです」
「ここだけの話なんですが・・・・・」
いつもの笑顔はない。
「彼女、家族と上手くいってないんですよ。学校でも浮いてるんです」
「嘘ですね」
間髪入れずに答えた。