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星讀みの結果は上々、運勢も悪くなかった。宴もたけなわ、皆踊ったり、酒を飲んだりして盛り上がる。
「さすが大占星家アリステラスの息子や。あいつも鼻が高いわ」
千鳥足で近寄ってきた男が言う。カサインは滅多に言われないので一瞬戸惑うが、笑顔を作って応える。
滅多に言われないのは、彼の父がもういないからだ。
占星学校始まって以来最高の天才と称えられたアリステラスは史上最年少で天文台に入り、その後天文台長になった。頭脳と行動力を兼ね備えたまさに万能人だった。
しかし〈炉心の危機〉が発生し、その原因を解明するため、自ら〈キャラバン隊〉を率いて霧の向こうへ旅立った。カサインが十歳の時だ。
そして二度と戻ることはなく、他国から来たキャラバン隊が偶然発見し持ち帰った〈遺宝〉と〈手記〉だけが遺された。
当時のカサインはそれほど悲しいと思わなかった。もともと多忙を極めるアリステラスは天文台に住んでおり、家に帰ることは滅多になかったので会う機会もなかった。
カサインは常に母と共に育った。
けれども彼の成長と共に、父の亡霊が鎖のように心臓に絡まり、人生を違う角度から眺めることを強いた。カサインが何かをする度に後ろから視線を感じた。それは批判的で合理的で差別的だった。
彼はそれに抗おうとして感情的で博愛的になろうとしたが、ここでは亡霊から逃れられないと気づき、自分に嫌気がして絶望した。
彼は父のことを愛していたが、憎んでもいた。しかし本当の父の姿は憶えていない。父に関するすべては遠い記憶である。周りは父がいないことを慮ってあまり彼の名を言うことはなく、カサインも言われて嬉しくはなかった。父の名を聞くたびに心にささくれができた。
「伝えるのが億劫だが、結論から言って君の星讀みは間違っていた」
天文台長に呼び出されたカサインはそう告げられた。星讀祭の最中だった。その老人は群青色のコートを羽織り、その顔には、人生を生き抜いたものによくある苦難と勝利を讃える数多のしわがあった。
カサインと老人は机を挟んで立ち、部屋には小さな灯りがいくつかあるだけだった。
「まあそう落ち込むな。讀み間違いは誰にでもあることだ。今日は皆祭りで盛っているから、明日になって熱が冷めるのを待ってから皆に伝えよう。運勢の結果は多少悪くなるが、大丈夫だ。私が前に立って一切の責任を負おう。君は安心して明日を待ちたまえ」
カサインは感謝を示し、気丈を装いながら台長室から出た。胸のヒメユリはいつもよりしぼんで見えた。
大失敗だった。他のみんなは大して気にしないだろうが、彼の中では一大事だ。今までの人生で失敗がないわけではないが、大抵は小さなものばかりだ。だから彼はすぐに忘れることができた。
だが意識より深い所では忘れていなかった。まるで、今まで抑圧してきた失態が一気に押し寄せてくるように感じた。底辺から頂点まで跡形もなく瓦解した。
彼の存在は真っ暗になり、今際の際に立っていた。自分の周りを闇という虚無が覆っていて、その圧力で押し潰された。彼の自我は人に見られることを恐れ、誰にも見つからない場所を探した。前向きに捉えようと、忘れようとしても、なぜか記憶を反復して思い出させる。それは彼を死に追い込むような強迫だった。
彼は街はずれまで我を忘れて歩き、亡者のように倒れ込んだ。
天空には星がここぞとばかりに憎たらしく輝いている。
そして夢の中でか細く燻ぶっている篝火と、今にも消えそうなその火を掬い上げてなんとか灯を絶えさないようにする自分が見えた。
次の瞬間、その火が蛙―それは海と陸という異なる領界を行き来できる特権的な生物―に変わり、まだ死ねないという生命の奔流にまかせて精一杯飛び回り、手当たり次第に周りにあるものを食べ始めた所で目が覚めた。
彼は無意識のうちにゴミ箱をあさり、食べ物を見つけて食べた。降り積もった雪が水で萎むのを見て、初めて頬を伝う水滴を感じた。雪は彼の体温と炎の熱を奪い、手足の感覚はなくなってきていた。