漫画家とは過酷なお仕事なのです。偉い人にはそれがわからんのです。
今回と次回は現実世界のお話。
VR世界は全くでないことをあらかじめお断りしておきます。
とあるキャラの長編の伏線を、この二つの回で忍ばせられれば。
終盤、とあるキャラの家に行くシーンの時刻を変更しました。
ナツキの部屋の中で、俺とナツキは宿題をしていた。
カリカリと、ペンを走らせる効果音と、エアコンの音。
「終わった……と」
俺はパタンと宿題用のドリルを閉じる。
今日は8月6日。時刻は午後3時になろうとしているところだ。
「うえっへぇ~……しんどい~……」
と言っても、俺は7月中に半分は済ませておいたので、
2日あれば余裕に終わる。
……問題は、ナツキ。
「……まだ英語と数学残ってるだろ?」
「えぇ~……そんなにあるのぉ~?」
すでに泣きそうな顔をしているナツキ。
確かに夏休みの宿題というのは、無駄に多いからなぁ。
あまり根を詰めすぎて、逆に勉強嫌いになっては元も子もない。
しかし、前のように何でも俺に聞くことはなくなった。
ナツキはナツキなりに、頑張っているんだろう。
「うぅ~……」
「ゾンビが出しそうな声やめろ」
休憩も必要だ。少し話題を変えるか。
部屋の中を見回すと、とある本が目に入った。
「なんだこれ?」
手に取ってみる。
『真面目剣士とギャル勇者』
表紙に、いかにも冴えない男が描かれている漫画。
全部で10巻まで出ているようで、ナツキの部屋の本棚に並んでいる。
作者の欄には『上弦ノ月』と書いてある。
「あぁ、それ?{週刊少年ホップ}で連載されてる漫画なんだ。
冴えない男の子と女の子が、剣と魔法の世界で活躍するってお話」
「ふうん……」
読んでみていいか?と聞くと、ナツキはこくりとうなずいた。
「まぁ俺は最近の漫画読まないからな……暇つぶしくらいに使えるか」
「む~、お兄ちゃんだって絶対はまるはずなんだから!」
「そんなわけ……」
……30分後。
「……」
俺は静かにその本を閉じた。
まずい。面白い。
「もしかして……面白くなかった!?」
「全然?むしろ面白いくらいだ。続き気になるから、次の巻読んでいいか?」
「よかった!」
すると、ナツキが2巻を持ってくる。……ところで……
「ん?」
俺は何かに気付いた。
「どうしたの?」
「なぁ、ナツキ。これ……」
その刊の表紙に載っているキャラを見ると……
……パイナップルヘア、少し焼けた肌、そして大きな大剣。
そう、ディアナに見た目がそっくりだ。
この巻から登場するキャラクター。名前も、ティアという名前らしい。
「……お兄ちゃんも思った?」
「あぁ、毎日のように顔見てたから間違いない」
「……実はね、お兄ちゃん」
すると少年ホップに載った最新号のとあるシーンを見せた。
「……!?」
そのキャラクターは、メガネをかけて、黒い鎧を身に着けていた。
……黒……だよな。カラーページじゃないからわからないけど。
「あいつらの弱点なんざ、わかってる。オレの作戦に、間違いはあり得ない」
『黒の魔導戦士団団長 ラージ・リバー』
「ラージ……リバー……」
ラージ=大きな リバー=川or河
「俺じゃねぇか!?」
「お兄ちゃんだよ!?」
兄妹二人でツッコミ。
「これ、お兄ちゃんの事なのかな?だとしたらいいなぁ。名前の元ネタになるなんて」
「いや、よくねぇよ!所属してる奴と、名前からして噛ませ犬じゃねぇか!
多分これ3週間後くらいには主人公にやられてんだろ!?
{バカな……オレのの作戦に狂いはないはずだ……!なのに、何故……!}
とか言ってやられてんだろ!?」
「お兄ちゃん……自分で考えて自分で悲しくならない?」
そして、そこで勘付く。
「……!」
――あぁもうまったく、こんな時期に{先生}は何をやっているのやら
――まぁた締め切りを無視してこんなゲームに参加して!
「……」
まさか、俺はナツキに、この漫画の作者がディアナじゃないか?
と、問いかけてみた。
「ん~、あり得るかも」
「と、とりあえずその最新話まで追いつきたいから、全巻読んでいいか?」
「いいけど、汚さないでね?」
1人で宿題をしたいというナツキに、俺は自分の部屋に戻って読書することに。
……すっかり読みふけっていた。
その結果……時刻は午後6時。
「!?いっけね!?もうこんな時間じゃねぇか!」
俺は大慌てでナツキの部屋に入ると……
「な……」
そこには、頭から煙を吹いて(いるような)ナツキの姿が。
「ナツキ~~~!」
「……まったく、だから1人で宿題なんか、無茶はやめろって言ったんだよ」
人々の喧騒が響くラーメン屋に、俺たちは来ていた。
「えへへ、ごめんお兄ちゃん……でもなんとか、英語が終わりそうだよ」
しかしナツキは、勉強を集中して出来るということが明らかになった。
そう考えると、今日はメンテナンスでよかったかもしれない。
ナツキの勉強に対する、真摯な構えが明らかになったのだから。
「で?お前はポラリスの書き込み見たか?」
「うん。メンテナンスの奴だよね。あたしはもうすぐ最上位職になれそう」
「俺もそこまで追いつきたいところだな。ギルドリーダーとして」
「それと、お兄ちゃんとして?」
こくりとうなずく。
「新エリアも続々と登場するしね。これは探索だけで3日くらいかかっちゃうかも」
「まぁ……海洋地帯は俺たちには無縁だけどな」
「うん。無縁だね!」
俺=闇属性得意。ナツキ(リエータ)=炎属性得意。
「「……はぁ」」
どうせなら全キャラクターが探索できる地帯を増やしてほしかったが、仕方ない。
「そういや今回、イベントの告知なかったな」
「そうだね。しばらくはこのままでいくんじゃないかな?」
確かに矢継ぎ早にイベントの告知をされても、準備などで落ち着かない。
だからこそ、今回は何もなくてよかった。
食事を終え、店を出た時だ。
「……あ、ごめん、電話だ」
ナツキがスマホを取り出す。
「あぁ、ここで待ってる」
「うん、ごめんね。お兄ちゃん。……もしもし?」
電話をしようとナツキが離れた瞬間、
「あ、あの……!」
「?」
入れ替わるように、見るからにわかりやすくオタクっぽい女性に、話しかけられた。
俺と同じくメガネに、黒いロン毛。
「俺っすか?」
「……」
うんうんと、首を縦に振る。
これはもしや……世にいう逆ナンという奴か!?
いや、ないない。
「そ、その……助けてください!」
「?」
するとそこへ……
「やっと……やっと見つけましたよ……先生……!」
「!?」
男が走ってきた。
こんな熱い時期なのにスーツをしっかり来て、いかにも堅物な見た目をしている。
……?
この男、どこかで見たような?
「ダメです!どうせまた見ず知らずの人に助け舟求めようとしてるんでしょう!?」
「えぇ~?黒木君、いいじゃんかぁ~。イベントに間に合わないよりましだよ!」
黒木と呼ばれた男は、その話を聞かずに……
「いいから、早く仕事場に戻りますよ!」
肩を引っ張ろうとする。
「ぎゃあ~!助けて!そこのメガネ君!」
「メガネ君……俺!?」
ここは助けるべきか?迷っていた時だ。
「……嘘、でしょ……?」
戻ってきたナツキが、目を真ん丸にした。
「どうした?ナツ……」
「上弦先生!?」
ナツキは俺を突き飛ばさんばかりの勢いで女性に近付いた。
「上弦先生ですよね!?{まじギャル}の!?」
その顔は、今まで見たことないような晴れやかな顔をしていた。
「え、そ、そうですけど……」
「単行本全巻持ってます!未だに全話読んでます!サインください!」
「あ、ありがとう……ございます……」
早速ペンを取り出す上弦先生と呼ばれた女性。
……俺にはついていけないな、こういう話題。
「も~!またそうやって見ず知らずの人と交流をして!
少しは名のある漫画家って事を頭の中に」
「ちょっと黙っててもらえますか!?」
「……はぃ」
このままでは収拾がつかなくなりそうだ。俺はあえて話を進めてみた。
「さっき{助けてください}って言ってたんすけど」
「え!?上弦先生!何かあったんですか!?」
ナツキ、少しだけ黙っててくれ。
「あ~、それが……実はですね……」
上弦先生の言う、悩みの内容はこうだった。
近く行われる大規模な漫画・アニメイベントに参加するための作品を描きたい。
だが、それを描くには、ゲームをやりすぎてもはや時間が足りない。
参加しないことも考えたが、すでに親族などには参加すると言ってしまったので、
その人たちを裏切るわけにはいかない。
……なるほどなるほど。
十中八九この人のせいだ!?
「思ったより深刻ですね……」
どこが!?ゲームに夢中になるほうが悪くないか!?
「まったく……だから言ったんです。あんな……」
「ワールドオーダーオンラインなんて始めなきゃよかったのにと」
「「!?」」
俺とナツキは、思わずドキッとした。
……ということは、いや、間違いない。
この間のイベントから続く、あの絡み……
上弦先生がディアナ。黒木がクロウだ。
今までは別に構わなくても問題ないと思っていたが、こうなれば話は別だ。
仮にこのイベントでの失敗が尾を引いてしまったら……
仲間として、そう言った事態は避けたい。
「あの」
「え?」
「……でも、本当にいいんですか?」
マンションに入り、エレベーターを待つ。
「乗り掛かった舟ですし、それに……」
俺はナツキの方を見た。
ナツキはまるで、自分で発光しているかのようにキラキラと輝いている。
……ように、見えるだけ……だよな。
「妹も、喜んでますし」
「すいませんね。先生のために、君たちのような高校生を巻き込んでしまって」
「俺の家は親があんまり帰らないし、基本放任主義なんで大丈夫ですよ」
スマホを取り出し、時刻を確認する。
すでに午後8時。これは帰るのは日をまたぎそうか……?
3階につくと、上弦先生は扉を開ける。
「あ、君たち、ここで待っててもらえますか?」
「……いいですけど……」
「いくらでも待ちます!2日くらいは!」
それだけを聞くと、黒木を呼んで、部屋の中に入れた。
「……」
様子が気になるのか、扉に耳をあてるナツキ。
「お前、子供かよ」
といいつつ、俺も耳をあてる。
――うっわ!?まったこんな散らかして……1週間前掃除したばっかりでしょうが!
――ギャー!これ消費期限2か月前の奴じゃないですか!どこに隠してたんですか!?
――あぁもう!(ピー)ホイホイ買っとけってあれほど言っておいたのに!
――え?買った!?じゃあどこ置いてあるんすか!?
――なんで炊飯器の中に入れてるんですか!ご飯炊けないでしょ!?
――ぬぐわあああ!そっち行きました今~~~!
「……」「……」
目を合わせる。
「……あの、入りますね」
俺は恐る恐る扉を開けると……
「……」「……」
目の前にある光景に、二人して絶句した。
そして、二人同時にこう思った。
((きったねぇ部屋!!))




