雨音止まぬ「夏」は、大河の流れにその身を濡らす。 8
中盤部分を加筆しました。
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「……」
その頃、ログインしっぱなしだったツバキは、
「!」
一瞬だけログインした、タイガとリエータを目撃。
しかしその二人は、すぐにログイン状態を隠してしまう。
だが、ツバキにはすでに、うまくいったとわかったようだ。
「……やりたいこと、かぁ」
ツバキは口当てを再びつける。
「やりたいことを探すこともしなかった私が……その言葉を言えたなんて……
少し前の私が知ったら、驚くだろうな」
「かも知れないな」
「!?」
背後に強烈な威圧感。……アキラだ。
ツバキは恐怖からか、徐々に後ずさりする。
「安心してくれ。もう君に恨みも何もない。むしろ、君には謝らないといけない。
僕は君を、本当に亡き者にしたいと思うほど恨んでいた。
ダークリゾルブの面々に、僕の友人を再起不能にさせるくらいまでやられたからな」
「それは、私の責任でもあります。……ごめんなさい」
首を横に振るアキラ。
「憎しみは視界を曇らせる。早く君の置かれた状況に気付けてよかった。
そして、今回も、ね」
「……」
そしてアキラは、ツバキに背を向ける。
「二人が戻ってきたら、こう伝えておいてくれ」
「僕は君たちに負けるつもりはない。もし戦う機会があるなら……
全力で倒しにいく。とね。」
「無論、君もだ」
「……望むところです」
ツバキは、目に光を灯しながら言った。
「……いいぞ、その目」
「……」
「迷いも何もない目……そう言った目を作り出せるタイガ……
やはり、僕の思った通りのプレイヤーだったようだ」
そしてアキラの影は、遠ざかっていった。
その影を見送るツバキは、少し疑問に思うことがあった。
「アキラさん……なんで私たちのギルドホームの場所を知ってたんだろう……?
今回も、その前も……」
「今戻った」
鋼の心のギルドホームに、サザンがいた。
「お帰り~アキラ。で?アタシが調べたとおりだったでしょ?」
「あぁ、やはり君の偵察技術には恐れ入る」
サザンはタイガたち、虹色の万華鏡のギルドホームの場所を突き止めていた。
アキラが迷いなくそこへたどり着いたのは、それが理由である。
「恐れ入るって……ただ{お姉ちゃんとして}あの子について行っただけだよ~?
姉弟として、それぐらい読めないことないからねぇ」
と、ここでヴァルガ。
「あぁ……そういやお前……女だったな」
「ぶっ飛ばすよ?」
その二人を横に、遠い目をするアキラ。
「さて、どういった行動に出る?タイガ」
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雪山地帯の雪山の頂上にやってきた、俺とリエータ。
念のため、オンライン情報は隠密にしておく。
「……勝負って……何?」
「簡単な話だ。勝負は勝負。お前が俺に勝てたら、お前の好きにしていい。
でも俺がお前に勝てたら、俺の言うことを聞いてもらう。
……単純なことだろ?」
「……そんなの、出来るわけないじゃん!家族だよ!
お兄ちゃんの体を槍で刺すなんて、ゲームでも出来るわけないよ!
VRだから余計に!」
「そうか?でも、俺は出来るぞ」
俺は迷いなく、リエータにブーメランを投げる。
リエータは槍を振り回し、それをはじき返した。
「……ゲームだからな」
「……」
リエータは、俺がやっていることをいまいち理解していないようだった。
「……やめてお兄ちゃん。こんな事で、お兄ちゃんを傷付けたくない!」
「あと、タイガ君って呼べ。今まで通り!」
長剣を構え、リエータに駆け出す。
「……」
しかしリエータは、槍を構えようとしない。
「だから、言ってるでしょ!?おにい……タイガ君を傷付けられないよ!」
「なら、俺は斬るだけだぞ?」
「えっ?」
長剣を、振る。
リエータは『まさかやられることはないだろう』
そう思っていたのか、俺のパワースラッシュをまともにうける。
「うあぁっ……!」
リエータを、ダメージエフェクトが包む。
「た、タイガ……君……!」
しかしそれでも、リエータは構えようとしない。
「……お前は俺が兄だったら、やられるだけなのか?」
「……」
確かめるように聞くと、リエータは静かにうなずく。
「違うだろ」「そうだよ」
「違うだろ!」「そうだよ!」
声が激突する。
「じゃあ、俺が言いたいことを言ってやる」
「……」
俺はシャドウレーザーを構える。
「お前はお前だ!」
「!?」
「{俺のため}って言葉に、お前は縛られてる。
{俺のため}って行動原理に、お前は縛られてる!
俺はお前のおかげで、本当に助かってる!本当に嬉しいと思ってる!
でも、同時にそれはお前を傷付けて、苦労かけてることに違いないんだ!
だから、俺はもう、お前がこれ以上俺のために無茶するのは耐えられない!
……そう……思ったんだ!」
左手に闇の力が集まりだす。
その光景を見ても、リエータは構えようとしない。
「でも、それは違った!むしろ、何も見えてなかったのは俺の方だったんだ!
気が付けば俺は、お前の何もかもを押さえつけて、縛りつけて、
お前の考え、思いを1ミリも理解してやろうともしなかった!
……出来なかったんだ!
当たり前だよな……俺はお前を、{ただの世話焼き}としか見れていなかったから!
だから俺は、お前の存在がいつしか{当たり前}としか思えてなかったんだ!
そんな俺でも、お前は{自分が悪い}って、涙を流してくれた……
本当はあの時、自分でも信じられないくらい……嬉しかったんだ!」
闇の力が集まり、膨張し始める。
「だからこそ、俺はお前に……{俺}って楔をぶっ壊してほしいんだ!」
そして、今にも抑え込めないほどの闇が、暴発せんと左腕が震えだす。
「お前はお前、俺は俺……でも、家族は家族だ!
だからこそ……お前には{俺のため}って考えじゃなく……
{自分が楽しむため}っていう行動原理で……!」
そしてついに、闇の力が限界を超えた。
「こんな独りよがりな俺のために、自分を追い込んで、欲しくないんだよおぉぉ!」
俺はそのエネルギーを、リエータに対して放出した。
「……」
チュド~~~~~ン!!
「……」
結局、リエータはまともに受け、黒い煙が上がっていた。
「……ぜぇっ……ぜぇっ……」
そして黒い煙が晴れると……
そこに、槍を支えにして立っているリエータがいた。
「違うよ……お兄ちゃん」
「……この期に及んで……何が……!?」
「違うんだよ!お兄ちゃん……!」
リエータは、大粒の涙をボロボロとこぼしていた。
「あたしはお兄ちゃんのためなんかじゃない……!
お兄ちゃんに勝てるって、優越感が欲しかったから……!
だからあたしは、何でもかんでも、お兄ちゃんのためって言葉に逃げて!
何でもかんでも、お兄ちゃんのためって原理に逃げて!
1人でただいい恰好をしたかっただけなんだ!
だから……だから、お兄ちゃんがそんな風に考えてたのも、何にも知らなくて……!
むしろ、独りよがりだったのは、あたしの方だったんだよ!」
「……ナツキ……!」
するとリエータは立ち上がり、
「そんなあたしのために……そんなあたしのために……!」
「互いに、独りよがりは、もうやめにしようぜ。ナツキ」
俺はハイポーションを、ナツキに向かって投げて……
「あっ」
全然届かず、容器はコロコロと転がりだす。
それを拾い上げ、リエータはこう言った。
「しまらないね。お兄ちゃん」
「う、うっさい!」
蓋を開けてそれを飲み干すと、地面に突き刺さった槍を抜き、構える。
「ひとつだけ、聞かせてくれないかな」
「え?」
「本当は違うんでしょ?あの時初めて、じゃないんでしょ?
あたしがリエータだって、気付いてたの」
いたずらっぽく笑うリエータ。
「やっぱお前、勘が鋭いな」
頭をかく。
……まったく、この勘、誰に似たんだか。
「最初のバージョンアップ前のメンテ中、お前が俺のステータスを覗き込んでた時だ。
お前その時、言ってたよな?{結構しっかり考えてるんだね、お兄ちゃん}。
本当に全然わからないなら、あそこで{この能力ってどういうこと?}とか、
{お兄ちゃんってやっぱり知力が高いんだね}とか言うはずだ。
そこで{結構しっかり考えてる}つまり、どの能力がどういったものかわかってる。
その日の登校中に言った{大河君}って言葉。
それでお前がリエータだって、怪しく思った。
もっとも、確証はなかったから、第二回イベントの前に否定された時、
本当に違うのかって思ったけどな」
「……やっぱり、お兄ちゃんにはかなわないなぁ」
「現実のスクールカーストの高さも、このゲームでも負けてるんだ。
これぐらいは勝っておきたいしな」
笑みを浮かべるリエータ。
その笑顔は、トッププレイヤー『リエータ』としての笑みではなく、
普通の女の子『ナツキ』のそれだった。
「……じゃあ手厳しくいくから……覚悟してね!お兄ちゃん!」
「あぁ、望むところだ……ナツキ!」
二人でともに、雪を蹴って走りだす。
黒い閃光と赤い閃光が、雪山の天頂に交わる。
元よりリエータに勝てるなんて、微塵も思っていない。
長剣と槍、まずリーチの長さからして違う。
それにレベルの差も圧倒的だ。
だが、槍になくて長剣に出来ることはひとつある。
「はっ!」
リエータの突きを、盾を使って防ぐ。
「それ……やっぱり……!」
「あぁ、お前が死にそうな思いして作ってくれた盾だ」
青く輝く盾が、銀色に輝く槍に噛みつく。
「……お兄ちゃんに、塩を送っちゃったみたいだ……ね!」
足払い。しかし俺はそれを読み、
「{グラビティドーム}!」
「!?」
立っていられず、尻餅をつくリエータ。
「{ソニック……」
しかし……
「!?」
そこにリエータはいなかった。
リエータが尻餅をついていた部分には、大きな穴が開いている。
「ど、どこに……」
「ここだよ!お兄ちゃん!」
グラビティドームの効果が切れた直後、俺の真正面から地面を砕き、
炎の竜が飛んできた。
「{レッドドラグーン}で、地面を砕いたのか……!」
そのまま地面に、リエータが着地する。
「こんな感じで使いたくなかったけどね。{スティンガー}!」
赤い閃光が走ってくるが、とても避けられない。盾を構えるが……
「たぁ~!」
超強力な突きは、俺のクリスタルの盾を軽々と弾き飛ばし、
そのまま、俺の鎧も貫いた。
「……」
にこりと笑うリエータ。
「本当、運がいいね。お兄ちゃん」
「……」
俺は槍に武器を持ち替え、リエータの腹部を貫いていた。
加えてリエータにも貫かれるが、俺にダメージはない。
「割と苦労して取ったスキルだからな。活躍はしてくれるだろうよ」
冥府神の加護だ。
多分これがなければ、俺は一瞬で消滅していただろう。
すかさず俺は長剣に持ち替える。
「こんなこと言うのもなんだけどさ、お兄ちゃん」
「……なんだ?」
「……今、すごく楽しい」
再び純粋な笑みを浮かべるリエータ。
「……ノートに書くか?これ」
「うん。今日のステータスと同じように、ね!」
まだまだ余裕があるリエータ。
本当に底なしのスタミナを持ってるな。
でも、俺も兄として、そう簡単には負けてやれない。
そう思い、長剣を構える。
「まだまだいけそうだな」
「うん!お兄ちゃんもでしょ?」
「……あぁ!」
俺とリエータは、一呼吸置いた後、再び足元の雪を蹴飛ばした。
兄と妹のぶつかり合い。
お互い本気で楽しむためのぶつかり合いです。
次回、リエータ長編完結です。




