雨音止まぬ「夏」は、大河の流れにその身を濡らす。 6
「リエータ……なんでここに……?」
「……」
その言葉に、リエータは何も言わなかった。
「違う、とは?」
アキラの問いに、リエータはこう答えた。
「あれはあたしが勝手にやったんだもん……!お兄ちゃんは関係ない!
それに……お兄ちゃんも、反撃してよ……!
自分に何か思うことがあるから、何もしてないんでしょ!?」
痛すぎるところを突かれる。
本当に……ナツキは勘が鋭い。
「……」
そしてアキラは、静かに長剣を納刀する。
「え……?」
「リエータがここにやってきた。それはそのまま、僕が誤りだったことを指す。
すまなかった。いきなり襲い掛かってしまって」
頭を下げるアキラ。
……いや、頭を下げられる筋合いなんて……
「今日は僕と君は会わなかった。それで構わないか?」
「あ、あぁ……」
するとアキラは俺にハイポーションを手渡しし、先に洞窟を抜けていった。
「……ありがとう、リエー……」
リエータは、もうそこにいなかった。
「……」
仕方なくギルドホームに戻ると、そこにリエータはいた。
先に戻っていたらしい。
「無事だったんですね、タイガさん」
「あ、あぁ……」
「本当不安でした。ツバキさんに聞いたんですけど、
アキラさんはもうレベル60以上の猛者であると……」
また、リエータに助けられた。
リエータ……ではなく、ナツキに。
「……」
リエータは虚空を眺め、こちらへ向こうとしない。
「……タイガさん?」
「え?……なんでもない」
俺はギルドボードの前に出る。
俺がログインしていない間に、エーテル結晶がひとつ完成。
そしてエルとアレン、ツバキのレベルが1上がっていた。
「悪いな。俺が妹の世話してる間に、お前たちに無茶させた」
「タイガのためさ。無茶のうちに入らないよ」
わかりやすくちからこぶを作る様に腕を動かす。
「で、でもポラリスさん、セイントフロ」
「それ以上言うと殺すよ」
「ひぃ!ご、ごめんなさい!」
慌てるエル。……ポラリスにカエル系統の話題はご法度だな。
「リエータさんは、もう大丈夫なんですか?」
と、ツバキ。
「う、うん。ごめんね。みんなに心配かけちゃった」
「……」
じっと、リエータの方を見るツバキ。
「ど、どうしたの?ツバキちゃん?」
「……いえ、何も」
何か言いたいことがあるんだろうか?
「にしてもタイちゃん。あと2日だね。次のイベントまで」
「そうだな。てことで今日は何をするべきか……とりあえず素材集めか?」
「エーテル結晶はとりあえずツバキさんが装備しています。
僕の分は今、急ぐものでもないですしね」
……そう、話を進めるが、どうしてもリエータの事が気になる。
目線を向けるが、リエータはこちらに気付いていない。
……気付かない。……気付こうともしない。
「……なぁ、リエータ」
「……え?!」
面食らったように、俺の方を見るリエータ。
「お前は……どんな装備作りゃいいと思う?」
「そ、装備……えっと……」
何も、言葉が出てこない。
「ちょっとタイちゃ~ん!リエっちゃんもリボった直後だよ~?SSはよくないよ~」
「別に質問攻めしてる気はないんだが……」
「……」
うつむくリエータ。
執拗にリエータの方に目がいってしまう俺。
俺に話しかけられることを避けようとするリエータ。
その状況を見て……
「イベント参加、取り消してきてもらおうか!?」
ポラリスがしびれを切らした。
「ちょっポラっちゃん!?」
慌てるディアナ。
「何があったかは知らないけど、戦闘班として要のタイガとリエータがこんな仲だ。
仮にイベントに参加できても、息を合わせて高い成績を残せるとは思えない。
醜態をさらすよりはそっちの方がいいと思うけれど」
「こ、こんな仲ってどういうことだよ。別に俺は……」
……しまった。
なんで俺が言い訳するんだ。
「……」
当然、その言葉がポラリスの逆鱗に触れないわけがなかった。
「何も気付けない人には、何を言っても無駄だね」
それを喋って以降、ポラリスは俺とリエータから視線を逸らす。
……何をしてるんだ。俺は。
「え、えっと~……と、とりあえず、素材を集めつつレベルを上げましょう」
「そ、そうだね。じゃあ昨日と同じく、巨人の眠る城には僕たちが」
何とか場を取り繕おうとするエルとアレン。
それもまた、俺のせいでこうなったのに。
「じゃあ今日はウチが行こっか。で、ポラっちゃんはどうする?」
「ボクは……そうだね。ブルーエレメントのコアでも集めてくる」
「さすがにそれはポラっちゃん1人じゃ厳しいかも知れないね。
ここはタイちゃんかリエっちゃんと」
「ツバキ、お願いできる?」
ディアナの言葉を遮るように、ポラリスは声を上げた。
戸惑うツバキに何か、耳打ちをするポラリス。
「……わかりました」
結局俺とリエータで、ペアを組むことになった。
……ギルドホームを出た直後に、あるメールが届いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
雨音が、やまない。
お兄ちゃんにどれだけ吐き出しても、雨音がやまない。
「こっちで、いいのか?」
お兄ちゃんがこっちを振り返る。
「う、うん」
沈黙が重い。洞窟の中に、いたずらに声が響く。
「……」
ひたすら、無言のままで洞窟の奥へと進んでいく。
雪山地帯、大鉱脈の洞窟。
ここは出てくる敵は強いのだが、それなりに珍しい鉱石が掘れる。
あたしもつい最近、見つけだしたところだ。
あちらこちらで、太陽の光を浴びた鉱石が、光を放って乱反射させる。
「……」「……」
あの日の雨音がやまない。止むはずも……ない。
……また、お兄ちゃんにあたしが、迷惑をかけてしまったから……
「この先……か?」
「うん。この先」
と、その時敵が現れた。
巨大なコウモリのような敵……デスバットが現れた。
「……」
戦闘なら大丈夫だ。
これならお兄ちゃんの足は引っ張らない。絶対に。
……絶対に。
……絶対……に……
「何やってるんだリエータ!早く構えろ!」
「う、うん!」
槍を構える。それと同時にデスバットは、こちらに向かって飛びかかってきた。
「ふっ!」
素早く後ろにステップを踏み、キックをかわす。
「えいっ!」
そして槍を突き出すと、デスバットに命中。
うん。大丈夫。
「{プロミネンス}!」
「{ソニックブレード}!」
お兄ちゃんとあたしの技が、交互にデスバットに命中するが、まだ倒れない。
「よし、トドメはあたしが……」
「あぁ、頼む」
「{スティンガー}!」
そしてあたしの槍が、正確にデスバットを穿つ……
……はず、だった。
「えっ……!?」
ドサッ……!
転んだ。
あの時と同じように……転んだ。
「リエータ!」
そこへお兄ちゃんとデスバット、双方が近付いてきて……
「うぐっ……!」
お兄ちゃんは、背中を蹴られた。
「お兄ちゃん!」
「大丈夫だ……!{シャドウレーザー}!」
無事に撃破。いや、無事じゃない。
「がっ……!」
お兄ちゃんのHPは、残り20しかない。
「タイガ君!しっかり!」
「お、お前こそ……大丈夫か……?」
こんな時にも、お兄ちゃんはあたしを心配する。
「いいから、速くこれ……!」
ハイポーションを渡そうとした時……
「ガオォ!」
「!?」
突然背後から、炎に包まれた虎が突進してきて……
お兄ちゃんを……引き裂いた。
「……!」
その光景を、あたしは光のない瞳で眺めた。
「いやああああああああああ!!」
……気が付くとあたしは、ヘルタイガーを倒していた。
無我夢中だった。
もう、途中から自分が何をしたのかも、覚えていなかった。
「……」
その場に、膝を屈した。
結局……あたしはお兄ちゃんに恩を返すどころか……
お兄ちゃんに迷惑をかけてばかりじゃないか……
なんで?どうして?
お兄ちゃんを助けるためにお兄ちゃんの前に現れたんだよね!?
なのにどうして!?
なんでできないの!?
なんで!?どうしてなの!?
あたしは……イベントで1位になる実力があったんじゃないの!?
そう考えているうちに、あたしの頭の中はごちゃごちゃになってきて……
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「いってててて……!」
町に戻ってきた俺は、辺りを見回す。
確かリエータをかばおうとして、虎に引っかかれたんだったか。
「タイガさん!」
ツバキとポラリスが俺に駆け寄ってくる。
「タイガ、リエータは?」
「悪い、わからねぇ。俺がやられちまって……多分、まだあの洞窟の中……」
確認してみると……
「?」
いない。
このゲームから、ログアウトしている……?
「ボクの考え、裏目に出ちゃったみたいだ……ごめん、タイガ」
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・
ギルドホームを出た俺に届いたのは、ポラリスからのメールだ。
TO:タイガ(Tiger)
Subject:
どうもリエータのこの状況を打破できるのは、タイガだけみたい。
丸投げするようで悪いんだけど、タイガ、お願いできるかな?
……というか、お願いします。
タイガさんなら……きっと出来るって信じてますから。
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・
だからこそポラリスは、俺とリエータが二人きりになる状況を作り出したし、
俺とリエータから距離を取るようなそぶりも見せたんだ。
「悪い……出来なかった」
だが……俺はそれでも、出来なかった。
俺は右手を静かに見た後、首を振った。
「タイガ……さん……」
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……
ログアウトした後も、あたしはしばらく放心していた。
お兄ちゃんの足かせになる以上、あたしなんていないほうがいいのかな。
でも、イベントが……
――仮にイベントに参加できても、息を合わせて高い成績を残せるとは思えない
――醜態をさらすよりはそっちの方がいいと思うけれど
そう、だよね。
もしあたしが参加したら……きっとお兄ちゃんは……
「……うぐっ……ぐすっ……!」
あたしは顔を覆った。
あたしの心の中の雨音は、もっともっと大きく、激しくなっていった……
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
………………
「……リエータ……」
次の日、イベントまで、あと1日。
リエータはついに、ログインしなくなった。
ポラリスの考えを読んだからこそ、それに従ったタイガとリエータ。
それ故に、兄妹で大きなすれ違いが起きてしまっています。
イベントの日までに、二人は立ち直ることが出来るのか。




