雨音止まぬ「夏」は、大河の流れにその身を濡らす。 5
ギルドホームに現れたとある人物の言葉を修正しました。
「わ、わーる……」
「ワールドオーダーオンライン、略してWOOだ。
ゲーマーとして、シリーズファンとして抑えとかないと、と思ってな」
……お兄ちゃんの元へ、WOOがようやく届いた。
「へー、面白そう!あたしもやってみたい!」
とりあえず興味があるふりをする。
「あ?お前に出来るのかよ」
……よかった。お兄ちゃんには、あたしがまだやってることはバレてない。
お兄ちゃんは目を輝かせながら、キットの入った段ボールを持っていく。
あたしはその様子を、遠くから見ていた。
後を追うようにログインすると、お兄ちゃんは……
「……?」
黒いコートを着た女の子……確か名前はツバキちゃん。
彼女に連れられ、武具屋に向かっていた。
「……」
どうしたんだろう。
何をためらう必要があるんだろう?
お兄ちゃんに、恩を返すんだ。
あの時の、雨の日の恩を……
……話しかけるんだ。
まず、話しかけるんだ。
そうすればお兄ちゃんは、あたしに気付く。
ナツキではなく、1人のプレイヤーとして。
「……」
……でも、それは押し売りじゃないのか?
恩を返したい。という言葉で、自分に対して感謝してほしい。
そう思っている?
……あれ?
……あれ?あれ?
なんであたしは……このゲームを始めたんだっけ?
お兄ちゃんに……感謝されたいから?
自分が楽しみたいから?
自分が少しでも……上にいたいから?
次の日、あたしはお兄ちゃんにようやく手を貸すことが出来た。
でも、相手はエキドナ。本来、ここにいないはずの相手。
例外による相手だけど、あたしの敵じゃない。
それに、お兄ちゃんとポラリス君が大分時間を稼いでくれていたみたいだしね。
「俺はタイガ。長剣使いの闇属性、よろしくな」
お兄ちゃんはあたしに気付いてない。
それもそうだよね。アバターの設定いじっちゃったし。
でも、それでよかった。
「それにしても……リエータがいて助かったよ。
あのままボクとタイガだけだったら、さすがに死んでた」
ポラリス君も、あたしに感謝を述べる。
……感謝、か。
お兄ちゃんからもらいたいのは、本当に感謝……なのかな?
「ただ1回の失敗……いや、失敗にもなってないことが何なの?
あんまり自分を責めちゃダメだよ。
だって、VRMMOって……ゲームってそういうものだもん。ね?雨宮大河君」
「「!?」」
ここであたしは、あえてお兄ちゃんの本名を言ってみた。
「な、な、ななななななななな、何のことだ……?」
「え?キミの本名、雨宮大河君でしょ?あたし知ってるよ。
メガネをかけて、タイガって言ったらその人しかいないし」
「い、いや」
「プロゲーマーの雨宮大河さん!?ですよね!?そうですよね!」
喜ぶポラリス君。
今思えばこれが、ますます追い討ちになってしまったのかも知れないけど、
このままお兄ちゃんが負い目を感じ続けるよりは……マシだと思った。
「なぁ」
第二回イベントの日。お兄ちゃんはあたしに声をかけてきた。
「リエータ。お前ってさ……」
何が聞きたいか、それぐらいわかっていた。
だって、家族だから。
「俺と会ったこと、ある?その……ゲーム以外で」
だからこそ、
「いや?」
と、即答できた。
足は引っ張りたくないもん。
ここで『そうだよ』なんて、言えるわけがないもん。
……言える……わけが……
……え?
じゃああたしって結局……お兄ちゃんを……どうしたかったの……?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「……」
ひと通り話し終えたナツキは、再びうなだれた。
「……じゃあ……お前」
「そうだよ」
指と指の間に、指を入れる。
「……わかんないんだ。最近。お兄ちゃんの役に立ててるのかとか……
お兄ちゃんの足手まといになってないか、とか……
でも、本心ではお兄ちゃんの役に立ちたいってのがあったから……
昨日みたいに、無茶したんだと思う……」
するとナツキは、ぶるぶると肩を震えさせはじめた。
「ナツキ……?」
「ぐすっ……ぐすっ……!」
そして……
「うわああああああん!」
「お、おい……」
「ごめんなさぁい!お兄ちゃん、ごめんなさあぁい!!」
大声で泣き始めた。
「待て!泣くな!悪いのは俺だ!
お前がどういうことを考えて素材集めしてるのかとか、
俺がどんだけお前を追い詰めてたとか、そんなことも知らずに」
「うんうんっお兄ちゃんは悪くないもん!お兄ちゃんはあたしの事を思って……
あたしの体調を気遣って言ってくれたもん……!
それなのにあたしが……あたしが……無茶して……またお兄ちゃんの……!
お兄ちゃんの足を引っ張っちゃったから……お兄ちゃんの……お兄ちゃんの……!」
「わかった、わかったから落ち着いてくれ」
ナツキはしばらく、泣きじゃくった。
何度も何度も『ごめんなさい』『ごめんなさい』と言っていた。
……謝るべきは俺なのに。
何も知らなかったのは、俺なのに。
ナツキを追い込んでいたのは俺なんだ。
だから……だからこそ、俺も謝りたかった。
けど……俺は謝れなかった。
どうしてだろうか……
謝れよ。俺。
それくらいできるだろ、俺。
だから俺は……ナツキに勝てないんだよ。
……同時に、こうも思った。
謝って……済むことなんだろうか?
俺のためにあれだけ無茶して、あれだけ戦って、
そんな俺が……ナツキに謝ることで、解決することなのか?
ナツキに謝ることで……ナツキが背負ってきたものは清算されるのか?
翌日……
ナツキはすっかり元気を取り戻し、食事を作ってくれた。
「さ、食べよう!お兄ちゃん!いただきます!」
「あ……あぁ……」
昼食は、ナツキが食べたいからという理由でオムライスにした。
食べながら聞く。
「ナツキ、今日はログインするだろ?」
「……ろぐいん?」
「WOOだよ」
「だぶる、おーおー?」
とぼけるように言うナツキ。
「お前……昨日取り乱した理由はなんなんだよ。
じゃあ言うか、今日も来てくれるだろ?リエータ」
「りえー……た……?」
「……」
俺は、ナツキの様子にただならぬ様子を感じ取った。
「お前、大丈夫か?」
「大丈夫もなにも、あたしはあたしだよ!ナツキちゃん元気だよ!」
「……」
・・・
明らかに様子がおかしかったナツキが気になるが……
俺はログインし、ギルドホームに入る。
「タイガ!よかった、無事だったんだね」
全員が迎え入れる。
……全員、ではない。
リエータだけが、その場にはいない。
「リエータは……?」
「え?リエータさん……僕は何も聞いてませんが」
「わ、わたしも……」
口々に、リエータの事は何も聞いていないと。
端末を見ると、リエータはまだログインすらしていない。
「リエっちゃん、おとといログアウトしてからここんとこずっとだね」
「やはり……あの時に無茶をしすぎたからでしょうか……?」
全員で考えていた……
「……何故、君はわからない」
「!?」
扉のところに振り向くと、そこにはアキラがいた。
「あ、アキラ……!?」
「……!?」
ツバキが怯えた様子で後ずさりする。
「心配するな。僕が用事があるのは彼だけだ」
「俺?」
立ち上がる。
「……場所を変えたいんだが、構わないか?」
「俺は構わないが……」
「タイガさん、罠かも知れないですよ?」
アレンが止めるが、それを制止するポラリス。
「……仮に、アキラが罠を仕掛けているとして、ボクたちが止めることなんてできない。
アキラに返り討ちに合うのが関の山だよ」
「話が早くて助かる」
俺はアキラに連れられ、ギルドホームを出た。
……アキラの目には、少し殺気が見えていた。
近場の洞窟に入る。
「話って……なんだよ」
「……」
蛇腹剣を無言で突き付けるアキラ。
「!?」
「どういうことか、説明してもらおう」
何に怒っているのか、すぐに分かった。
「おととい、リエータが倒れていたことだ。
君は体調の悪い人に、そう言ったことを頼むのか?」
「ち、違う……それは……リエータが、勝手に」
「なら彼女が言っていた{お兄ちゃん、ごめんなさい}これはどう弁明する?」
「……!」
なんで、アキラは俺の事をリエータの兄だと知っているんだ?
俺はそう聞こうと口を動かす。
「アキラ……お前、なんで……」
「言い訳を聞いているんじゃない。僕は答えだけが聞きたいんだ」
「……」
何を言っても……無駄なんだろうか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「よし、ここでいいだろう」
町に戻ってきたアキラは、リエータの緊急ログアウトを要請する。
「お、お兄ちゃん……」
「?」
その時、リエータが言おうとした。
「お兄ちゃん……ごめんなさい……」
「お兄ちゃん」
お兄ちゃん。つまり、タイガの事だ……
「バカを言うな。君は悪くないだろう?」
「うぅ……うぅ……!」
その時。
「緊急ログアウトの要請ですねぇ?」
ルビーだ。
「あぁ。熱がすごい。おそらく現実のリエータが、体調を崩したのだろう」
「……バイタルデータの異常を検知出来ましたぁ。ログアウトさせまぁす」
リエータの体は、光に包まれて消えていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「……そ、そんなことを言っていた……のか……」
「……」
そしてアキラは、蛇腹剣を振りかざしてきた。
「!?」
間一髪よけた。
……はずが、文字通り蛇のようにうねり、俺を捉えてくる。
「ぐっ……!」
体を薙がれる。
「無駄だ。ヤトノカミから逃れられると思わない方がいい」
ヤトノカミ……この蛇腹剣の名前なのだろうか?
「ツバキの無実を晴らし、レックスが率いるダークリゾルブを壊滅させた……
素晴らしいプレイヤーと思っていたのだが、僕の見込み違いだったようだ」
そして恐ろしいほどの殺気で、目を真っ赤に染め上げたアキラが、俺をにらむ。
「リエータは、僕が初めて敵わないと思ったプレイヤーだ!
僕の……目標でもあった!
その彼女によりにもよって、君が無茶を言ったのか!?
彼女が倒れるほどの無茶を!兄である君が言ったのか!」
「……ち、違う……!違うんだ!俺は……」
……待て。何が違うんだ?
今回の事は違うにしても、彼女の行動意欲は間違いなく俺だったはずだ。
「結局……言い訳か!」
今度は長剣を持って、俺に迫ってくる。
俺も長剣を構えるが……
「!?」
……速すぎる。そして……
「{ジンライ}!」
金色の剣閃が、俺の目の前で輝く。
作りたてのクリスタルの盾で、何とか防ぐ。
……だが、あまりもの衝撃で、俺は激しく吹き飛んだ。
「がっ……!」
壁に激突する。
「……」
すぐにアキラは、俺に対する違和感に気付いた。
「何故僕に反撃しない?」
「なんで……だろうな」
「今更贖罪か。なら最初から……リエータにあんな無茶をさせるな!」
長剣が迫り、俺が盾を構えて受けようとした時だ。
ガキィン……!
「!?」
目の前に、見覚えのある背中が立っていた……
「違うよ……アキラちゃん……!
違うよ……!お兄ちゃん……!」
その言葉に続くように、槍で受け流した。
「……何が違うんだ。リエータ」




