雨音止まぬ「夏」は、大河の流れにその身を濡らす。 2
回想の後半部分で、1話と矛盾が起きてしまったので、少し加筆修正しました。
「……」「……」
兄妹二人の時が止まる。
「……な、ナツキ」
先に口を開いたのは、俺だった。ベッドから体を起こしたナツキに話しかける。
「お前……リエータ……だったのか」
「……」
ナツキは少しだけうつむくと、こくりとうなずいた。
もう隠し通せないと思ったんだろう。
「……お兄ちゃん、あたしのノート、読んじゃったんだね」
「……そうじゃないだろ」
「え?」
俺は感情をむき出しにした。
「お前、昼飯の時から体調悪いって言ってたよな!?だったらなんで……
なんでゲームなんかしてるんだよ!向こうでも言っただろ!?
今日は無理せず休んでろって!イベントの前に風邪でも引いたら大変だろって!?
なのに何、勝手にまたログインして勝手に素材集めてんだよ!
お前自分自身の体調とかそう言うの度外視してんのかよ!」
「だ、だって……やっとWOOでお兄ちゃんと一緒になれたんだもん!
それが嬉しくて……だからあたし張り切っちゃって……
ただでさえこの間の巨人の眠る城で迷惑かけちゃったから……!
だからその埋め合わせを……したかったから……!」
ナツキは泣きそうな顔をしている。……いや、ここは引いてはいけない。
ここで引いては、こいつはまた繰り返す。
「そりゃ、お前には感謝してもしきれないくらい世話になってる。
でも、体調まで崩されたらそんなもん世話でも何でもねぇよ!
そっちの方が迷惑だ!ただの迷惑って言ってるんだよ!」
「……!?」
するとナツキは……
「そこまで……言わなくていいじゃん……」
「……は?」
「そこまで言わなくていいじゃん!あたしはただ……お兄ちゃんや、
お兄ちゃんの仲間の人たちを思ってやってきたんだよ!
だからあたしの体なんて、どうなってもよかったんだ!だから……だから」
「どうなってもいい奴なんかいるかよ!」
その言葉に、ナツキはうなだれた。
「な、ナツキ……?」
「わかってない……」
「え?」
「わかってないよ!お兄ちゃん!」
まさかの逆ギレ。
「あたし、お兄ちゃんの事を思ってずっとずっと、WOOやってきたんだよ!
初めての事でわかんないことばっかりだったし、色々と迷ったりもしたけど……
全部、お兄ちゃんが始めた時に楽になる様に、色々がんばってたんだよ!?
お兄ちゃん、あたしの努力を無駄にする気なの!?」
「……」
俺は再び、感情を爆発させた。
「努力!?ふざけんな!他人に負担かけるような行動の、何が努力だ!
何が{俺が楽になるように}だ!そのお前の勘違いが、一番迷惑かけてんだよ!」
「……!?」
再びナツキは黙りこくった。
「もう、いい」
「……は?」
「もういい!お兄ちゃん!出てって!」
それだけ言うと、ナツキは布団で顔を覆ってしまった。
「……なんだよ、お前!」
……なら、俺ももういい。
俺はナツキの部屋を出た。
「……入るぞ」
その後、俺は晩御飯用のおかゆを持ってきた。
ナツキは窓の外をぼんやりとみている。……外は雨だ。
「……どうした?」
「ちょっと、昔の事を思い出してたんだ」
「……そうか」
熱は完全に下がって、咳も出なくなっている。
頭の痛みものどの痛みも、完全になくなり、だるさもなくなった。と言っている。
これは俺が証明できることではないが……
まぁ、ナツキは薬を飲むような風邪、久しくひいてなかったしな。
「……明日から、またやっていいからな。それと……
明日潜ったら、ナナシドラゴンって人に、感謝しとくんだぞ。
掲示板で見たんだよ。お前が倒れた後、町まで送り届けて……
強制ログアウトさせてくれたらしいからな」
「うん……」
空気が重い……
改めて、ナツキの部屋を見回す。
「あっ」
俺はあるものを目にした。
「これ……」
それはチェーンの部分が引きちぎられた、ワニのキーホルダーだ。
「……覚えてる?お兄ちゃん」
「あぁ、ぼんやりと、だけどな」
「あの時から、あたし、お兄ちゃんの事が大好きだったんだよ」
・
・
・
小学校5年生。
「うぐ……えぐっえぐっ……!」
運動会のあった日。
あたしはせっかくお兄ちゃんと同じチームになれたのに、
リレーの競技で、アンカーであるあたしが転んでしまって……
……お兄ちゃんはずっと優勝できてなかったから……
最後くらい、優勝させてあげたかったな……
すでに周りの生徒はほとんどが帰っていて、教室にはほとんど誰もいない。
「お~い!どんがめさ~ん!」
「お~い!聞こえてるか~?」
そんなあたしに、追い打ちをかけるように、男の子二人が……
「お前のせいだぞ!お前のせいで俺たちは負けたんだ!」
「そうだ!お前のせいだ!」
すると男の子が、私のランドセルに手を伸ばして……
「!?やめっ」
ブチッと、ランドセルに付けていたワニのキーホルダーを引きちぎった。
「罰ゲームだ!」
「そうだ!罰ゲームだ!」
「ちょっやめて!」
大声を上げて止めようとする。でも、その反応を楽しむみたいに、男の子二人は……
「キャハハハハ~!」
大きな声で笑っていた。
「ヘイヘイパ~ス!」
「ヘイヘイパ~ス!」
男の子二人が、あたしのキーホルダーを投げて遊んでいる。
「返して!返してよ~!」
「や~だよ~!こんなワニのキーホルダーなんかどれも一緒だ……ろ!」
その男の子は、廊下の窓から、あたしのキーホルダーを投げ捨ててしまった。
3階から、中庭の方に向かって……
「あっ……!」
「「キャハハハハ~!」」
そのまま男の子二人は、どこかに去っていく。
「ど、どうしよう……あたしの……お兄ちゃんが買ってきてくれたキーホルダー……」
雨が降る中、憔悴しきったまま家に帰ってくると……
「え?」
さっきの男の子二人が、玄関に立っていた。
その隣には、あたしの担任の先生もいる。
そして……何故かずぶぬれになっているお兄ちゃん。
顔に殴られた痕のある……お兄ちゃん。
「お、お兄ちゃん……?」
「あ、あぁ……ナツキ。お帰り」
「ご、ごめん、雨宮……こうなるとは、思わなくて……」
男の子二人が、泣きそうな顔をして頭を下げる。
「君のお兄ちゃん、本当すごいね。雨宮さんのキーホルダー、取られたのを見てたらしくて、
傘もささずに、中庭中探し回ってたらしいの。
そのあとこの二人が勝手に見つけるなって、この子に殴りかかって……
でも、この子、殴り返さずにキーホルダーを守っていたの。
そこへ私が通りかかって……」
「お、お兄ちゃん……!」
「……」
お兄ちゃんは何も言わずに、じっとこっちを見た後……
「へっくしゅ!」
「お兄ちゃん、体中ずぶぬれだよ!着替えてこなきゃ!」
「あ、あぁ……」
父さんも母さんもお仕事で家にいないことがほとんどだったから……
あたしは家事をほとんど全部出来るようにしていた。
そのほうが、お兄ちゃんのためにもなるから。
「……お兄ちゃん」
洗濯機を動かした後、あたしはお兄ちゃんに背を向けながら話しかける。
「どうした?」
「ごめんね」
「さっきの事か?」
あたしは首を、黙って横に2回振る。
それと同時に、もう一度申し訳なさが押し寄せてきて……
あたしは、涙を流していた。
「……もしかして、今日の運動会の事か?」
「だ、だって……だって……お兄ちゃん……!」
さらに泣き続けるあたしに、お兄ちゃんは……
「……運動会なんて、あったか?」
「……え?」
「こんな雨降ってるんだぜ?今日は運動会、中止だっただろ?」
「ち、違うよ、あたし……あたし……!」
と、その時だった。
「心配するな!」
「!?」
お兄ちゃんが大声を出した。
「お前がもし悲しんだって、俺が何回でも助けてやる!だから、大丈夫だ!」
「お兄ちゃん……?」
「もし何か挫折するようなことがあっても、俺が助けてやるから!
だから元気出せよ!」
と、言った後で……
「くしゅっ!」
大きなくしゃみ。
「お、お兄ちゃん……」
あたしに、少し笑顔が戻った。
「しまらないね」
「う、うっさい!とにかく……」
お兄ちゃんは親指を立てながら、あたしにこう言った。
「いつでも俺が、助けてやるからな!ナツキ!!」
その後もお兄ちゃんは、あたしのことをずっと気にしていてくれた。
悩んだら相談を聞いてくれたし、勉強でわからないところがあれば教えてくれた。
あたしの中でお兄ちゃんは……心の支えになってきたんだ。
気が付けば、あたしは多くの友達と一緒になれていた。
そして、高校1年生……つまり、今年に入った、6月の事……
「{ワールドオーダーオンライン}?」
「そ!聞いたことある?」
前の席の女の子……エミがあたしに言ってきた。
「……そういえば、お兄ちゃんが好きなゲームでそんなゲームあったような気が」
お兄ちゃんが、日本の中でも有名なゲーマーである事は話していない。
もし知らない人に話してしまって、お兄ちゃんに迷惑がかかる可能性もあるから。
「なんでもさ、VRMMOらしいよ!ナツキもやってみたら!?」
「え~……でもゲームなんてほっとんどやらないしなぁ……」
お兄ちゃんと違って、あたしはゲームは素人同然だ。
ひげを蓄え帽子をかぶった人を動かすゲームはステージ3以降クリアできた試しがない。
緑色の勇者を動かすゲームは最初のダンジョンに入ることすら出来なかったほどだ。
そんなあたしに……出来るんだろうか?
「でも、あたし、ゲームは」
「大丈夫!色々チュートリアルも充実してるし!」
「……ゲームは」
「それに、ナツキ自身がプレイヤーになるんだよ!楽しいと思わない?」
ダメだ。
こうなったらエミ、何も話聞いてくれないパターンだ。
結局エミに押し切られる感じで、貯めていたお年玉をはたいて購入を決めた。
その日の夕方……
「品切れなんだな……これ……」
リビングにパソコンを持ってきているお兄ちゃんが言った。
「え?何が?」
あたしはそのパソコンの画面を見て……
「……!?」
目を真ん丸にした。そこに載っていたのは……
あたしが購入を決めたワールドオーダーオンラインだ。
「あぁ。VRMMORPGとして1週間後にサービスが始まるんだけどな。
俺もこのシリーズのファンだから、買おうとは思ってたんだけど……
勉強も大事だから、予約を後回しにしてたんだ。
ジャンルがジャンルだけに好み分かれそうとは思ってたんだが、こんな予約多いとはな……どうした?」
お兄ちゃんが、あたしの顔を覗き込む。
「……」
やってしまった。
お兄ちゃんが楽しみにしていたゲームを……あたしが先に買ってしまったんだ。
あたしが買わなかったら、お兄ちゃんが出来たかもしれないのに。
「な、なんでも、ない」
「まぁ、仕方ない。勉強でもして待つさ。それよりナツキ、飯にしてくれ」
「う、うん!」
とりあえず何を頼んだか、見てないふりをしておこう。
1週間後。
「こ、こんな感じなんだ……」
部屋の中で、早速キットを広げる。
説明書や使い方を読み、あたしは設定を……
「!?」
と、思った瞬間ノックの音だ。
「お、お兄ちゃん?」
あたしは部屋の外にわざとらしく出る。
「な、なんだよナツキ……お前……」
「な、なんでもないよ!どうしたの!?」
「いや、もうすぐ期末テストも近いから、俺が勉強教えてやろうって思ってな」
「だ、大丈夫!」
あたしは逃げるようにドアを閉めた。
「お、おい、ナツキ!」
ごめん、お兄ちゃん……
「……わかった。お前ひとりで頑張るって言うんだな?俺は応援するぞ!」
「ありがとう!お兄ちゃん!」
……ますますごめん……
と、とりあえずこれでお兄ちゃんはなんとかまけたはず……
あたしはVR機器を頭からかぶり、意識を集中させた。
今回からナツキの回想。
しばらくはナツキの一人称「あたし」で進みます。




