闇に沈む「椿」の花は、希望の光に焦がれて。 4
引き続き、ツバキの回想です。
少し長め。
まるで歩道に捨てられた空き缶のように、私の家族写真は投げ捨てられた。
私はそれを、必死になって拾った。
「お?いいぞ?拾ってみろよ全部、はははははは!」
兄さんはそんな私を、お笑い芸人のネタを笑うような軽いノリで笑い飛ばした。
しかし、現実は兄さんの思い通りにいかなかった。
「あいつ……!クソがぁ……!」
リエータさんがタイガさんとポラリスさんを襲っていたエキドナを撃破。
まして、タイガさんが証装備を手にするという、兄も驚く事態となった。
そして兄さんは……
ドゴッ!
「うっ……!」
ついに私に、拳を出した。
「全部お前みたいな役立たずがあいつに負けて調子付かせるから悪いんだろうが!
お前が!お前があああ!」
金切り声を上げながら、横たわる私に右足を突き出し続ける。
「う……うぐ……!」
でも私は耐えた。
私は……家族写真は命の次に大事。
だから、だから……
「それをしたら今度こそ犯罪者じゃぞ?」
「!?」
ディグさんの声。
「今までお主の行為は散々不問に処してきた。じゃが、他人が入手した装備を盗む。
これは立派な規約違反じゃ。
どうせこれもお主の兄の差し金じゃろうが、お主はそれでよいのか?」
「……」
わかってる。これがダメだってこと自体、わかってる。
でも、写真を人質に取られたら……
「ワシは信じておる。ツバキちゃん、お主はまだ、完全な悪ではないと」
「……無駄です。私は兄の操り人形……あなたの言葉は届きません……」
「ツバキちゃん!」
結果的に失敗に終わった。いや、失敗に……終わらせた。
ディグさんが止めていなければ、私はやっていたのかも知れない。
兄さんに対する恐怖、
そして、『兄さんのため』と言う隠れ蓑で、平気でこう言った行動をとろうとする自分自身への恐怖。
二つの恐怖が混ざり合って、ごちゃごちゃな頭になっていた。
『だれか わたしを たすけて』
……本能的に、必死にテープで補強した家族写真に、その文字を書いた。
……これをしても、意味はないのに。
証装備奪還の失敗が兄さんに知れると、今度はタイガさんを妨害するよう兄さんに指示された。
でも……
「で、集める素材って……なんだ……」
「ん~、コーラルロッドはバブルクラブの甲羅が4つ。青いサンゴが2個。
そして……う~、しまったな。上質な黒鉄が4つ必要だ」
「!?」
海岸地帯に来ると言っていた兄さんの提案通り、その近くの森に身を隠していると……
そういった声が聞こえた。
でも、どうして兄さんはタイガさんがここに来るとわかっていたんだろう……?
「……」
襲い掛かろうか、襲いかからざるか、迷った。
だが、その時だった。
「?」
突然背後で、カラカラと乾いた音がした。
手に取る。これは……上質な黒鉄だ……
でも、どうしてこんな場所に……?まるで、『私に渡せ』と言っているようなものじゃないか。
「……」
いや、でも、兄さんのために……
私は装具をはめ、タイガさんの方を見る。
「おっあいつお目当てのカニじゃねぇか?今夜はカニ鍋にするか陰キャメガネ!」
「陰キャメガネ!?俺か!?」
「オメェ以外に誰がいんだよ!それともオメェは陽キャとか言うのか?」
「少なくとも陰キャではねぇわ!」
……違う。
「違うよアレン。落ち着いて。敵の動きを引き寄せてから避けるんだ。
……そう、そんな感じ。あんまり大きく動きすぎたら、回避盾の意味がないよ」
「ありがとうございます。ポラリスさん。おっと」
「{アローストライク}!」
「す、すごい……1撃……!?」
「まぁ、弓が強化されたのもあるし、ね」
……違う。
「やったな!兄貴!」
「いや、これもタイガさんやポラリスさんがいたから。だよ」
「……あぁ、そうかもな。オレもいつか、あの二人みたいになりてぇぜ」
「ははは、これからゆっくり、強くなっていこうよ」
……違う……!
まぶしい。まぶしすぎる。
私とは、楽しみ方が違うし……何より、心の底から楽しめている。
……うらやましい。本当に、うらやましい。
私の目は、この4人に釘付けになっていた……!
「さて、次は上質な黒鉄を……」
「!?」
ここで仕留めないと、兄さんのためにならない。
しかし、私は……この4人と戦う価値はあるのか?
心の底から楽しんでいる4人。そして、何も楽しみがなく戦っている私……
いや、恐怖に支配されているだけで、戦っている。とも言えないじゃないか……
私は、自ら置かれている立場を考えると、
上質な黒鉄を海岸へ投げ、そのまま走り去った。
「いい加減素直になったらいいのに」
「!?」
その帰り道、リエータさんに会った。
「本当はレックスの……ダークリゾルブの悪行に手を貸すなんて、嫌なんでしょ?
自分の力で戦いたい。自分の意志でやるべきことをしたい。……違う?
だって、キミの顔を見ればわかるもん」
……見破られている。それに、痛いところまでついてくる。
「黙ってください……!」
私は反抗して、何とか自分の存在意義を踏みしめる。
「タイガ君やポラリス君の手助けをしたのはどうして?」
本当はそうしたいから。じゃないの?」
「……黙ってください!あなたに何がわかるんですか!」
そして仕方ないのに、リエータさんに感情を爆発させてしまった。
「最初のイベントで優勝して、トッププレイヤーに躍り出て、このゲームで何も不足なく遊べて、
束縛するものも何もなくて、自分の意見を押し通せて、自分の力でなんだってできる……
そんなあなたに何がわかるんですか!」
「わかんないから言ってるんでしょ!?」
「!?」
至極まっとうな反論だ。でも、私はそれ以上言われると壊れてしまいそうになる。
「……話してる途中に蹴りを入れてくるなんて、案外キミも血の気が多いね」
渾身の蹴り。しかし、リエータさんには当たらない。
「うん。それがキミの答えなら、……付き合うよ。ツバキちゃん」
リエータさんは、穏やかな顔でそう言った。
「……ひとつだけ、聞かせてください。あの上質の黒鉄って……」
「あたしだよ。ツバキちゃんが見えたから、これを渡して……
何らかのきっかけになってほしいなって。ツバキちゃんに。
でもツバキちゃん……出来なかったんだね。いや、渡しはしてたけど……
そういう感じで渡してほしくなかったかな」
……見透かされている。
私の奥底に眠っていた。本当の『私』を。
結果として、惨敗と言っていいくらい、簡単に負けてしまった。
しかもそのついでに、家族写真までなくしてしまった。
……何をやってるんだろう、私は。
勝てないとわかっていたのに。どうして……
「また失敗したのか。無能」
「……」
北の洞窟の内部を改造したダークリゾルブのギルドで、私は兄さんに報告した。
「能無しをここまで抱え込むなんて、本当にオレは菩薩級のやさしさを持ってるぞ?え?」
「……」
兄さんの裏拳。
「え?って言ってんだよ。感謝の言葉くらい言えゴミ」
「……」
「仕方ねぇなぁ。ならお前に最後のチャンスをやる。これが失敗したら……わかるよな?」
「……はい」
はい。
その言葉を発してしまった。
そして兄さんの言うとおり、先に結晶鳥の巣の中へ。
そこにある証装備を誰よりも早く入手する……それが私の任務だった。
でも……
「ぐっ……!」
「グオォ!」
「きゃあ!」
兄さんの改造によって無理矢理引き延ばされた身体能力は、悲鳴をあげていた。
なんてこともないさばくワニですら、まともに倒せないくらいに。
しかも兄さんは私に回復アイテムを何も持たせなかった。
もしかして、わざと失敗させようとしている……?
……でも、そんな時ですら。
「ツバキ!」
タイガさんは助けに来た。
「……た、タイガ……さん……?」
「グワアァ!」
「もう、仕方ないなぁ……{ミルキーウェイ}!」
「レベル19くらいならまだ何とかなるはずだな……{シャドウレーザー}!」
ポラリスさんとともども、私を助けるために、さばくワニに戦いを挑んだ。
その姿が、またまぶしく見えた。
そして、私の傷をタイガさんが癒した時も、タイガさんとポラリスさんは……
「どうして……どうして私を助けるんですか……?」
「さっき言ったとおりだ」
「同じく。タイガの恩人ならボクは助けるよ。
……キミの行ってきたことは、多少なら目を瞑る。だから……
ボクたちを信じてほしい」
……まぶしい……
どうしてそんなにまぶしいの?
どうしてそんなに……他者のために無茶ができるの……?
私には、わからなかった。
そして、アストライオス戦、私はタイガさんと、ポラリスさんの力を借りて……
「{スパローキラー}!」
「……大丈夫、至近距離なら外さない!{烈風脚}!」
「アギャアッ!」
「{シャドウレーザー}!」
……無事、撃破した。
こんなことを言うのもなんだが、『楽しかった』と思えた。
このゲームを始めて……久しぶりに芽生えた感情。
でも、その感情も……あっという間に消えた。
「……」
結晶鳥の巣を抜けた先にいた兄さん。
「……おかしいなぁ。何にも入手出来てない意味が分からないぞ?」
「……ごめん、なさい……」
私は自分の身を守るために……
「た、タイガさんと、ポラリスさんに邪魔されて……」
……あぁ、最悪だ。……最低だ。
自分の身を守るために、嘘をついてしまった。
しかも、タイガさんとポラリスさん……二人を巻き込むように。
私は……最低だ……!
「言い訳なんて聞く必要もない」
でもその嘘をまるで聞いてから言うように、兄さんは言う。
「ご、ごめんなさい!次こそ必ず……必ず……!」
「……」
その言葉を聞くと……
「次に失敗した時が、お前の最後だ。いいな?」
私の涙をせせら笑うかのようにそう言った。
でも、私はそれで救われた……助かったと思った。
……思ってしまった。
「……ど、どういう……ことですか?」
第二回イベントの当日だ。
「だから言ってるじゃないか。お前はもう用済みだって」
「用済み……で、でも依然、兄さんは私に次が最後と」
そう言うと、兄さんは私を部屋の隅に追いやって……
「いつ、そ・ん・な・こ・と・を・言っ・た?言ってみろ」
「……!ま、前、結晶鳥の巣に行った時に」
「証拠はあるのか?オレが{お前ごとき}にそう言った証拠」
「……!?」
悔しいが、兄さんがそう言ったという証拠はない……
「役に立たない{ゴミ}は、存在自体許さんのだよ。だからこそ……」
パンパンと、二回手をたたく。
部屋の中にスタスタと、誰かが入ってくる……
「……!!?」
それは、黒いコート、赤い装具、そして私と同じ黒いポニーテール。
顔を黒いフルフェイスで隠した女性。
「……こ、これは……!?どうして私と同じ装備を……」
「決まってるだろう?改造ができるなら複製も容易だ。
お前の代わりなんて、いくらでも{作れるし使える}。
……ところで私って誰だ?彼女は{ツバキ}って言うんだよ。
お前もツバキって、名前なのか?」
「えっ……」
「違うな、オレのギルドにツバキなんて名前の奴は二人もいない」
そしてその女性は、私に向かって構える。
「マネをするな。{失敗作}が」
ギュンと鳴るくらいの風を切り方で、その女性は私に近付いて……
「……!?」
グシャ……!!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
……ツバキはすべて話し終えた。
「気が付くと、私は洞窟の外にいました。
私の装備は、すべて奪われていました。
きっと、私が装備していれば、違和感が生まれるから……でしょう。
兄さんは、私を利用するだけ利用して、そして私を……家族である、私を……!」
再び顔を覆うツバキ。
「大丈夫。大丈夫だからね。ツバキちゃん」
背中をやさしくなでて落ち着かせるリエータ。
「……」
歯を食いしばり、握りこぶしを作るポラリス。
これほどまでに感情を露にしているポラリスを、俺は見たことがない。
……俺だってそうだ。
家族が失敗作?……冗談じゃない。
そしてツバキをここまで追い詰めたレックスを、俺は許さない。
許せる……はずがない。
「……バキっちゃん、ごめん」
「えっ……?」
「最初のイベントで、バキっちゃんが改造してるって、一番最初に言ったの、ウチなんだ。
……ごめん、バキっちゃんが、そんな風に追い込まれてたなんて、何も知らずに……」
ディアナのその言葉に、ツバキは黙って首を横に振った。
「それはすべて事実の事……兄さんの改造を、黙認していた私も私ですから」
「……」
顔を伏せるディアナ。
「……タイガさん」
「どうした?エル」
「……わたしは……ツバキさんを助けたいです」
強いまなざしをこちらに向ける。
「悩んでることがあったら、遠慮なく。……そうですよね、タイガさんっ!」
「僕もエルと同じ意見です。同じ兄の身として……レックスさんのやっていることは許せません」
それに続くように、
「ウチだってそうだよ。クロなのにシロ、で、被害者をクロってアピるとかありえんてぃーだし!
激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームだし!」
「あ~、要するにものすご~く怒ってるって事だよ。ボクだってそうさ。
久しぶりに、心から冷酷になれる相手になりそうだね」
「ここまで乗りかかってる舟だから、今更降りないよね。タイガ君?」
仲間たちに強い目の光が見える。
「……」
俺は右腕を高々と掲げた。
「……あぁ!」
その姿を見て、ツバキは……
「ありがとうございます……!」
深々と頭を下げた。
「とはいえ、相手は巨大ギルド。それに他のギルドの人も掲示板に書き込みしている可能性がある。
ボクたちだけで何とかするには、どうしようもない相手であることも確かだ。
タイガ、どうするの?」
「……」
俺は腕を組んでこう言った。
「目には目を、歯には歯を、チートには{チート級}を。だ」
目には目を、歯には歯を。
タイガが言う勝算とは……?




