闇に沈む「椿」の花は、希望の光に焦がれて。 2
終盤を多少修正しました。
ツバキは防具や武器を外され、いわゆるインナーのような服しか着ていない。
「……」
足に力を込め、逃げるツバキ。
「お、おい!待てよ!」
ある程度走ったところで、ツバキに追いついた。
……いや、ツバキが走るのをやめた。と言ったほうがいいだろう。
俺の体力と足では、ツバキに追いつくことなんて本当は出来ない。
そう分かってはいたのだから。
「ツバキ」
静かに声をかける。不思議と、冷静になれていた。
「ダメです……こうなった以上、私と一緒にいては……」
「{俺を巻き込ませるわけにはいかない}ってか?」
黙ってうなずくツバキ。
背中越しにもわかる、彼女の悲愴感。
「みんな兄さんの動画に賛同して、私に対して、一方的な勝負を挑んできて……
一方的に私を蹂躙してきました。
これが兄さんの違法行為を止めずに、黙認してきた私に対する罪……
だから、タイガさんまでその罪を負う必要なんてないんです」
ツバキの声は、今にも消えそうな声だ……
「ああ、わかった。……なんて言えるかよ」
「……!どうして!?」
目に涙を浮かべながら、ツバキは反抗する。
「これは私の問題なんです!そもそも私が兄さんを許してしまったから……
こんなことになってしまったんです!
これは私だけが背負うべき事なんです!タイガさんは背負うべきではありません!」
「……」
「……そもそも、私の言うことなんて、誰も信じてもらえないですし……」
落胆するツバキ。
「俺は信じるぞ」
「……!」
その言葉に、ツバキは俺の肩を掴んできた。
「他の人……特に掲示板で私と共犯と言うことになってしまった、
タイガさんやポラリスさんを守るために、
私が罪を背負って、私1人が消えればそれでおしまいなんです!
決意を揺らがせようと……しないで……!」
「……それは本当に、お前の{やりたいこと}か?」
俺の言葉にツバキは力なく、両腕をだらりんと垂らした。
「やりたいことなんて、選ぶ価値もないんです……!」
「お前を信じる俺を裏切ってまで、やることなのか?」
「……」
だがその時だ。
「やっと見つけたぞ……!」
「!?」
背後から武器を持った男たちが殺到している。
「こんなところにいやがったか……!」
「お、おい!?タイガまでいるぞ!」
「一体何のつもりだテメェ……!?」
殺気立った男は、俺に対して斧を向ける。
「何のつもりも何も……こういうつもりだよ」
左右を見回す。……30人はいるだろうか……
「ふんっ、イベント5位とか言って図に乗ってんじゃねぇぞコラ!」
怒りの熱で、地面が沸き立つようだ。
「……レックスの言ってることが本当だと思ってんのか?あいつは」
「改造してる奴の言うことなんか聞く必要あるか!やっちまえ!」
怒涛の勢いで男たちが駆け出す。
走る時の地面を蹴る勢いで、軽く振動が起きている。
今は、話すだけ無駄なようだ。
「……やっぱり戦闘中は使えねぇか」
当然ながら戦闘が始まった後でホームワープは出来ない。
覚悟を決めて前方の人の波へ、俺は目線を向ける。
「ダメ!タイガさん!逃げて!」
「……それはこっちのセリフだ、ツバキ」
「どうして……!?」
俺は左手を掲げ……
「本当はやりたくねぇけど、仕方ねぇ……{シャドウレーザー}!」
黒い光線が、中央から波を両断する。
「うおおおおおおおお!」
左右から獣のように咆哮する男たちが武器を振る。
盾を作っていない状況なので、俺はブーメランを投げて応戦。
「……!」
横一線にブーメランが飛ぶ。プレイヤーキルは多少は出来るが……
「おおおおおおおおお!」
声はやまない。それどころか、騒ぎを焚きつけて更にプレイヤーが殺到している……
「くそっ……」
背後には、不安そうに見守るツバキ。
「……」
どうする。そう、迷っていた時だった。
「ぎゃああああああ!!」
「?」
突然、その波の後方から、悲鳴が聞こえだす。
「ぐわああああ!」「のわあああああ!」
なんだ……?そう、考えていた時だ。
『つかまって!』
翼の生えた巨大な赤いドラゴンが、人の波をなぎ倒し、こちらに向かってまっすぐ飛んでくる。
「……」
状況がまったく飲み込めなかったが……
「ツバキ!」
「えっ……?わっ」
俺はツバキの腰から右腕を回すと、そのドラゴンの伸ばした腕に左手でつかまった。
その後、ドラゴンの腕から俺は背中に乗せられた。
バサバサと、そのドラゴンは羽ばたいている。
しかし、ここまで人間に人懐っこいドラゴンがいる……のか……?
と、思って改めて頭を見ると……
「ん?」
見覚えのある焔色のツインテール。
『よかったぁ。どうにか間に合ったよ』
そしてこの声……まさか。
「り、リエータ……か?」
『うん、そうだよ。初めて試したスキルだけど、うまくいってよかった』
……なんでドラゴンに変身しているんだ。
そんな疑問はさておき……
「……」
ツバキは顔を真っ赤にしている。
「……あっ」
俺はようやく、ツバキの腰から回した腕に気付き、
「わ、悪い!」
「い、いえいえ……」
慌てて手を戻す。
『とりあえず、どこかのエリアに降りるね。このスキル、結構疲れるし』
「あぁ、わかった。そうしてくれ」
雪山地帯の竪穴の前で、リエータは着地し……
『解除!』
俺たちが下りると、リエータは巨大なドラゴンから、元の姿に戻った。
「はぁっ……はぁっ……」
肩で息をするリエータ。
「大丈夫か?」
「う、うん……スヴァローグの超覚醒スキル、せっかくだから使ったんだけど……」
竜神降臨 消費SP:100(スヴァローグ装備中以外はさらに+50)
【自らの姿を巨大な竜に変える、竜槍スヴァローグ超覚醒スキル。
HPが1000上昇し、腕力、体力、精神も50上昇する。
また、飛行やそれによる攻撃も行える。竜の色は得意属性によって変わる。
1ログインで3回使えるが、使用後フレンドワープ、ホームワープ以外のスキルが
クールタイム中一切使えなくなる。クールタイム:10分】
「さすがに操作も難しいし、結構体力いるなぁ」
リエータでこれだ。俺が使ったら……想像に難くない。
「……どうして……」
「ん?」
「どうしてここまで私をかばうんですか……?リエータさんもタイガさんも、
私を放っておいて逃げていれば……」
それを聞いた俺は、リエータに目配せをして、彼女がうなずいた後、
「……!?」
紙を取り出した。それは、ツバキの家族写真だった。
「ど、どうして、これを……!?」
「リエータに渡すよう言われたんだよ。
結果的に、リエータが見てる前で渡すことになっちまったけどな」
ツバキの目の前に、その写真を向ける。
しかしそれでもツバキは……
「でも、私と共にいても、タイガさんには不幸しかまき散らしません!
私がいたら、タイガさんは落ち着けないんです!
タイガさんにまで、私が持つ闇を背負わせるわけにはいかないんです!」
「仮に俺が、ここでこの写真を捨ててもか?」
「!?……それでもかまいません……私は、もうすでに何もかもを諦めた身……
だから、私側の意見なんて、何も」
そう言った後、ツバキはこちらに背を向け、黙り込んでしまった。
「……」
「……どうか、私の事は放っておいて」
言葉を紡ごうとした時、リエータがツバキを振り向かせ……
バチン!
「!?」
平手打ち。
「……いい加減にしてよ、ツバキちゃん。自分の気持ちに、正直になったら!?」
「……正直……に……?」
「……俺からも、頼むよ、ツバキ」
ツバキの目に、涙が溜まる。
それは痛みと、気持ちの整理がつかない状態との涙が、混在していた。
「……私のために……なんでそこまで……!?」
「当たり前だ。俺はお前を信じてるからだよ」
そして俺は、ありったけの気持ちを込める。
「お前がどれだけ俺を拒絶しても、お前がどれだけ言っても、
俺はお前を信じてるんだよ!
お前がどんな目にあってきたかも、もうわかってるんだよ!
だからこそ俺は、お前を助けたいんだ!
お前がここで俺を裏切ったら……誰もレックスを止められなくなるんだぞ!?
俺はそれだけは嫌なんだよ!真相が闇に消えたままなんて、嫌なんだよ!
それに……お前に助けてもらった恩、いまだに忘れてねぇからな。
武具屋の位置がわからなかった時も、スキルの仕様が変わった時も、
結晶鳥の巣でのことだって……
だから、頼む、ツバキ。あの時みたいに俺を……俺たちを信じてくれ!」
「……」
――今は俺たちを信じてくれ
「あなたがたを信じたって……もう……遅いかもしれないのに……!」
「遅くねぇ」
俺は自らの胸に手を添えた。
「俺たちがついてる」
「!?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ツバキの頭の中に、様々な思い出がよみがえる……
「あの、すいません」
「え?」
「あ、すいません。実は今このゲーム始めたばかりなんですけど、
武具屋がどこにあるかわかんなくてっすね」
初めて会った時は、本当に初心者の存在で、
「……あれ?どうしてスキルを{装備}しないんですか?」
「……え?」
「あぁ、今回から仕様が変わって、スキルは装備しないと使えなくなったんです。
私も最初……使おうとして……使えなかったんで……」
スキルすら満足に使えない。そんな人だった。
でも、もう一度会った時……
「……お前、俺に何か隠してるだろ」
「隠し事なんて、ありません。それに話すこともありません。
これ以上、私に構わないで!」
「……」
キラン……
「!?何をやってるんですか!?」
「何って……お節介?」
「そんなこと、しなくて」
キラン……
でも、もう一度会った時、私を癒してくれた。
「……どうして」
「どうしてもだ。俺は初めてログインした時とか、魔法が使えない時お前に助けてもらったろ?
だから。それが理由じゃダメか?」
しかも、こんな不釣り合いな理由で……
もしかしたら、私は……私が欲しかったのは……
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「……う……ぐ……!」
そしてツバキの抑え込んでいたものが……
「つ、ツバキ?」
「ううぅあああぁぁぁ!!」
……爆発した。
彼女は子供のように、俺の胸の中で泣きじゃくっていた。
「ツバキ……」
「うわあああぁぁぁ!!」
涙を流すツバキの顔は、くしゃくしゃになっていた。
相当、辛かったんだろう。
相当、追い込まれていたんだろう。
相当……絶望していたんだろう。
「……」
それを見ていたリエータ。
(……本当、昔からおひとよしなんだから)
「?」
俺の視線に、『なんでもない』と黙って首を横に振るリエータ。
「そういうことだよ。ツバキ」
「……!?」
ツバキの視線の先に、フレンドワープで移動してきたポラリスたちがいる。
「お前ら……来たのか」
「さすがにタイガへのヘイトも高まってるのに、これほど戻らないと不安になるよ」
「そ、その……いいところだったのに、ごめんなさい」
エル、それは……勘違いだ。多分。
「すでに僕たちも、ポラリスさんの力で色々調べた結果、あなたが置かれた状況はわかっています。
どうか、力を貸すことをお許しください」
「こんなに色々知った人がいっぱいいるんだからね。バキっちゃん。ウチらにもかまちょ!」
……どうやら、全員の意見は合致したようだ。
「まぁ、そう言うことだ。今更{でも}なんてなしだぞ。ツバキ」
俺は写真をもう一度、ツバキに向けた。
「……」
ツバキはそれを、何も言葉を発さず、こちらの目を見ながら受けとった。
「ほら、お前も」
「え?」
「もっとも、首突っ込む気満々で俺たちを助けたんだろ?」
そう言われたリエータは、後頭部をポリポリと掻いた。
「……も~。鋭いなぁ。そうだよ。……だから、あたしも案内してくれる?」
「あぁ、わかった」
俺たちは一度、ギルドホームに戻ることにした。
リエータが完全に人間をやめています(笑
と言っても、相当追い込まれないと使用しないようにしていますが。




