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Going Under

 夜更けの真っ只中に、愛車のNEXA(ネーザ)が颯爽と走る。

 人っ子一人いない街の中を悠々と走り抜けるのは、快感すら覚えるほどだ。

 そうしてあっという間に中央駅前まで着くと、一際濃い黒が形になってホームに(たたず)んでいた。

 周りには街中ではみられなかった周衛兵らしき奴らが、物々しい武器を持ちながら大勢で見張っている。

 ネズミ一匹入れまいとする雰囲気に、俺はどうするのかと美樹の方を見た。

 

 「だ、大丈夫だよ瑞風くん。わ、私に任せて」

 

 あんまり大丈夫そうな言い方に見えないが、隣に座る智歩ちゃんがフォローするように言ってくる。

 

 「大丈夫ですよ瑞風さん。ママはいざとなったときはスゴいんですから」

 

 「しかしどうやって行くんだ? 正面突破なんか絶対無理だぞ」

 

 「簡単だよ。……あれくらいなら、阿頼耶(アラヤ)の本気を……出すまでもないから……」

 

 引き笑いをしながら美樹が生態内臓情報端末(バイオコンピューター)を起動させると、黒一色の画面に白い梵字(ぼんじ)? みたいなものが浮かんだ。意味は分からない。

 その画面を手慣れた操作で操ると、美樹は「瑞風くん、外に出てくれる?」と言った。

 建物の影に隠れて外に出ると、美樹は緑色の画面を出して俺の上半身を映す。

 三つほどの画面をほぼ同時に操作していると、美樹は手のひら大の小さなホログラムを俺に差し出した。

 

 「なあ、何をしようとしているんだ?」

 

 「み、瑞風くん、ここに書かれていることを読み上げてくれる? で、出来るなら、いかにも偉い人っていう感じに」

 

 ホログラムを見ると、そこには何かの指令を出すような文章が書かれていた。

 どっかから引用したのだろうが、これをどうして俺が読むんだ? しかも偉い人みたいに?

 美樹は一貫してそれを読んでみてと言って、それ以上は言わせようとしない。

 俺は黙ってその文章を、要望通り偉そうに読み上げた。

 慣れない演技だからか、車内にいる智歩ちゃんが時折顔を逸らして影で笑っていた。言っている俺も恥ずかしいのだぞ。

 全文を読み終えると美樹は素早く画面を操作し、一分経たずして何かを完成させて発信させた。

 何を作ったのかと聞くと、美樹は先ほど発信させた画面を見せてくれた。

 そこに映っていたのは、国家総主のキム・カルジェスだった。

 今さっき録画した俺の姿を、そっくりそのままカルジェスへと置き換えたのだ。

 声の高低差。目の動き。息を吸うタイミング。読み上げている最中に無意識に行っていた仕草まで、全てが自然に変わっている。

 まるで俺がカルジェスになったような錯覚さえ覚えさせる。

 

 「み、瑞風くん、行こう。今ので警備の人とかは、多分電車から離れたと思うよ」

 

 車に乗り込んで遠回りに列車の最後尾まで向かうと、周囲で警備にあたっていた兵士たちが指示された通りに駅の方へと集まっていく。

 こっちとしては好都合だし、美樹が短時間で作り上げた偽カルジェスの映像が完成度高いっていうのもあるが、もう少し自分で疑うことを知らないものなのか。

 最後尾にある貨物運搬の車列に来ると美樹は手早く中の様子と、列車全体をコントロールしているネットワークを阿頼耶で特定した。

 俺たちが乗り込もうとしているところには、申し訳程度の警備が二人。それ以外は全て外出している。

 その警備が使う通信用ネットワークすら、たった今美樹が乗っ取った。

 貨物を出し入れする扉の前まで来ると、俺の合図で美樹が中にいる警備二人にコールをかける。

 中の映像では、何も知らない警備二人が搬入口へ無気力に向かっているのがよく見えていた。

 そしてこの二人を倒すのは、どうやら俺の役目らしい。

 もっとも、こんな汚れ役を二人になんかやらせたくはないから文句はない。

 カーシステムに搭載されているミュージックを適当に選んで流し、車内の防音モードをオンにした。

 

 「美樹、智歩ちゃん。俺が帰ってくるまで目を閉じていて欲しい。ほんの少しだけだから待っていてくれ」

 

 「で、でも……瑞風くん、大丈夫なの?」

 

 「大丈夫さ。信じてくれ」

 

 言ってドアを閉めると、俺も向かいの搬入口へと向かう。

 さっき中の様子を美樹から見せてもらったとき、警備の二人は完全に油断しきった状態と装備だった。

 まぁ本人たちからすれば、まさかここに乗り込んでくる奴らがいるなんて想像だにしないだろう。

 開閉ボタンを押すと、搬入口がゆっくりと開いていく。

 中にいた二人の姿を捉えると、二人が臨戦態勢になる前に上半身へとテーザーレールガンを撃ち込む。

 痺れて動けなくなった兵士から持っていたアサルトレーザーライフルを取り上げると、頭部に二発ずつ撃った。

 陸にあげられた魚のように痙攣する遺体を、脇へと蹴飛ばして道を作れば作業はお終いだ。

 これを「残酷」だとか「やり過ぎだ」というヤツは、間違いなくこの世界ではカモにされるだろう。

 向こうは油断していたとは言え、通常なら部外者を殺す気でいた。持っていた武器がその証左だ。

 武器を持った時点で、自分も殺される覚悟を持たなければならないこと。

 この世界で生きる上での常識を怠っていたのは、ひとえに向こうの凡ミスであり、取るに足らない些事として片付けられるのだ。

 さて車に戻ってみると、中では智歩ちゃんと美樹が言いつけ通り両手で目を覆って俯きながら見ないようにしていた。

  

 「ありがとうな二人とも。悪いがもう少しだけそのままでいてくれ」

 

 車を列車内へと走らせる。

 道中、未だに痙攣している遺体を横目に車内へと入ると、先に俺が降りて搬入口を閉めてから二人を下ろした。

 何か感慨深そうに周りを見る智歩ちゃんを見つつ、隣にいる美樹に話しかけようとした。

 美樹は阿頼耶を起動させていて、列車内のシステムをハッキングし終えていた。

 モーターが静かに動き始め、列車が動き出す。

 窓から外を見ると、勝手に動き出した列車と仲間の顔を交互に見やって困惑している兵士が大勢いた。

 偉い方の指示が無いと、大の大人がまともな判断も出来ずに動けないのはいかがなものか……。

 列車はあっという間に街を出て、果てのない荒地を突き進んでいく。

 追手は来ていない。今頃動いても遅いというのもあるが。

 

「で、目的地まではどのくらいだ?」

 

「おおよそだけど、この速さなら二時間……前後だと思う」

 

 俺は美樹に再度列車全体をスキャンするように言った。

 車内にいるのは俺たち三人だけ。

 罠のようなセンサーや、セキュリティロックがかかった特殊な所もあったが、たった今美樹の手によって全て無効化された。

 恐らくではあるがこの車内には、政府から支給されたブツで溢れかえっているはずだ。

 時間には余裕がある。あるものは根こそぎ調べて、使えるものは遠慮なく拝借させて貰おう。返すことは永遠に無いが。

 

「それじゃあ、先に見てきますね」

 

 智歩ちゃんが後ろ歩きで俺と美樹に言う。

 最近は見なくなったが、有毒ガスが出てくる前まで街中でよく見た光景が俺の目の前で起きている。

 

「あぁ。行きすぎないようにな」

 

 自分の子供に注意するような言い方で妙な感覚を覚える。

 それがたちまち違和感となって、次第に言いようのない孤独感に姿を変えて胸の奥から液体のように漏れ出てくる。

 体がどんどんずぶ濡れになっていくような感覚を覚え始めたときに、隣に居た美樹が俺を呼んだ。

 

 「どうした? 何か反応があったのか?」

 

 「ううん……違うの。……瑞風くん? 変なことを聞くけど……。瑞風くんは……誰か……そう、友達とかが辛そうにしてたら、どう思う?」

 

 「━━話を聞いて、しばらく側にいる」

 

 答えを聞くと、美樹は小さく微笑んで「そっか」と返した。

 何が聞きたいのか考えようとしたときに、前の車両に行っていた智歩ちゃんが走って戻ってきて、見て欲しいものがあると言ってきた。

 美樹と共に行ってみると、目に飛び込んできたのは車両一杯に整頓されて並べられているいる武器の山だった。

 子供でも持てる歩兵用の武器から重火器。

 コンパクトに収まっている可変式の機動戦車に、拠点制圧に使われるような攻撃ドローンにその他諸々。それが次の車両にも続いていた。

 この一両に収まっている武器だけで、戦争が出来そうなほどの量だ。

 しかもよく見ると、これらは全て新品ばかり。あとはスイッチを入れればいいだけだ。

 だが一番の問題は、これが政府の手が加わっている車両だということだ。

 政府の機能なんか形骸化しているとはいえ、政府が民間に武器輸出をしているなんて大問題もいいところだ。

 しかもその輸出先は、あろうことか風紀治安会という過激派の暴力組織。国家がひっくり返るくらいの大不祥事だ。

 しかしこれはまだ氷山の一角で、まだ先がある。

 ここの二両でこのレベルなら、一体この先には何があるんだ?

 怖いもの見たさと、政府が関わっている列車の真実を暴こうという使命感めいたものを抱きながら先に進んだ。

 次に待っていたのは、物々しい武器庫から一転して清潔感のある空間だった。

 殺菌灯が灯ったクリーンベンチの中には、透明な万年筆のような物が陳列していた。

 万年筆の中には二十センチくらいの、薄くて縦に長い半透明のチップが納められている。

 内容物の意味が分からないまま次の車両に行くと、そこもまたクリスタルケースの保管室だった。数はいささか増えているような気がする。

 中の物が何なのか全く見当がつかないまま更に先へと向かうと、答え合わせと言わんばかりの光景が待っていた。

 子供から成人までの裸の男女が、カプセルの中にチューブに繋がれた状態で眠っていたのだ。

 これらは全て、どこの誰で何という名前の人なのかといった情報は無い。

 ()()()()()()()()()()()

 そう、これはライフコードの注入先である無名のクローンボディであり、ここはその保管庫というわけだ。

 今しがた通った所に保管されていたあの万年筆みたいな物は、どこかの誰かから抽出した遺伝子情報(ライフコード)が記載されている記録媒体だ。

 あれを装置に挿して必要な操作さえすれば、生まれ変わった人間の出来上がりとなる。

 俺の住んでいた街もそうだったが、ライフコードに関するアナウンスが政府の方から来たことは一度だってなかった。

 一般の市民にだって、受けれるならライフコードの施術を受けたい人は山ほどいる。

 それを連中はなんの告知もしないで、限られた人たち。いわゆる上級階級に属するヤツらにしか提供しなかった。

 貧乏人には用無しっていうわけか? 不平等ここに極まれりだ。

 

 「よし、もう沢山だ。これだけで十分に政府の首根っこ掴めるくらいのネタになる。美樹、これを記録しておいてくれないか?」

 

 「も、もうとっくに記録しているよ? ここに乗り込んだときから、ね」

 

 こいつをチラつかせれば政府連中はもとより、国際宇宙連盟の奴らすら黙ってはいないだろう。

 避難先の惑星へと向かわせる手筈と、この情報を全宇宙にばら撒かれるのを選べと言われれば、間違いなく前者を取らざるを得ない。

 薄かった希望に輝きが持ち始めた、そのときだった。

 

 「そこまでだネズミども。お前たちは知り過ぎたな」

 

 急に車内のスクリーンが点くと、そこには国家総主の『キム・カルジェス』が映し出された。

 ほとんど確定してはいたが、俺の憶測に自分から答えをわざわざ出してくれるとは、テレビで見るよりもよっぽど頭が悪いようだな。

 

「お前は……千代空 瑞風か。死に損ないの亡霊が、どうしてここにいる」

 

 なんで俺を知っているんだ? それに、亡霊だと?

 画面越しとはいえ、初対面の相手に向かってとんでもない態度だなコイツ。コレが一国の総主の姿であっていいのか?

 

 「そして……美樹と、脱走した件の単眼娘か。小娘は後に置くとして、美樹。お前がどうしてここにいるんだ」

 

 美樹は目線を下げて小さく震えていた。

 カルジェスの馴れ馴れしい呼び方と、初対面とは思えない美樹の反応。

 まさかと思っていると、時待たずしてカルジェスが口を開いた。

 

 「大人しく家にいろと言っておきながら、どこの誰かも分からん男を連れて来るとは。……お前は根暗な上に尻軽ともきたか。つくづくどうしようもない女だな」

 

 その一言を聞いた瞬間だった。

 俺の脳内で弾けた石火が、瞬く間に俺を包み込んで激昂した。

 

 「お前は安全なところにいながら、美樹を三年も放ったらかしにしといて何言ってんだ」

 

 横から入ってきた俺にカルジェスが蔑視を投げてくる。

 人様の家庭に他人が口出しするのは御法度とはいえ、自分の旧友を目の前で貶されて黙っているほど腐ってはいねえ。

 

 「なんだお前。人の夫婦事情に口出しをするのか。それに……今の言葉。美樹、お前ずいぶんと口も軽いようだな? お友達が増えて調子に乗ったか。お前らしい陰湿さだな」

 

 コイツがもし目の前にいるなら、刺し違えてでも殴り殺したい。

 殺意と怒りが腹の奥底で煮えたぎってるのが自分でも分かる。

 俺の怒りをあざ笑うように、今度は智歩ちゃんの方を見ると。

 

「気色悪い目で私を見るな奇形の忌子め」

 

 それが、俺の中でコイツを許す必要がない、絶対に殺るべき相手だという決定的な理由となった。

 コイツばかりは許してはならない。

 ただスキャンダルを明るみにしただけでは、コイツは痛くも痒くもないだろう。生きてさえいればコイツにとっては勝ちなのだ。

 ならば生かしておく理由はない。

 コイツはたった今、千の理由に勝るたった一つの理由を作った。

 

 「奇形の忌子に尻軽の女。そしてその女どもに着いてきた変態志向の男。全くお笑いだ。大人しく隠れて自分の生を謳歌していればいいものを、調子に乗ったが故に自ら道を断ちにくるとは。では、期待通りにしてやろう。ここで天の裁きを受けるがいい」

 

 何を言ってんだと思った矢先に、突然前の車両が連結器を外して離れていった。

 この荒地の中で野垂れ死ねと言いたいのか、それともここいらにたむろしている風紀治安会の面々に始末させようというのか。

 しかしそれらの考えは、すぐに間違いだということに気づかされた。

 突然空が眩しく光った。

 太陽の光ではない。ならば何なのかと思って空を見上げると、列車の進路先に光の柱が轟音と共に落ちてきた。

 地面と線路を焼き尽くす極太の光。

 もしかしなくても、あれはこの星の大気圏外にある軍用衛星兵器から放たれている。

 

 「豪快な証拠の消し方だな」

 

 理性(ブレーキ)を失った列車が、レールに沿って考えもせず光の柱へと向かっていく。

 俺は美樹と智歩ちゃんを連れて、最後尾の車両に向かうように言った。

 この列車はもうダメだが、逃げる手段は、まだある。 

日記帳 シャオ・ユンファ 


▲月 ◎◉日 ⌘よう日

きょう、ミディーっていう子と友だちになった。

おはだがちゃ色いのがふしぎだったけど、あとでママにきいたら、こくじんの人なんだよって言われた。

よくわかんないけど、ミディーはとてもげん気はつらつな女の子で、あした友だちといっしょにあそぶのがたのしみ。


▲月 ◎◎日 ◇よう日

ミディーはおはなしがたのしいし、おうたもきれいであそんでてたのしい!

ひなんさきのおほしさまには、まだつかないってママが言ってたけど、ミディーやお友だちといっしょにあそべるなら、まだここにいたいな。


▲月 ◎*日 ≧よう日

きょう、おともだちとあそんでいたら、まっくろなロボットみたいなかっこうをした人たちがいっぱい走ってた。

しろいおようふくの人たちが、まっくろの人におこってた。

まっくろの人もおこってたけど、ないている人もいた。

きれいなおねえさんが、よしよしってしてたけど、なにがあったんだろう。


▲月 ◎§日 ★よう日

かくれんぼをしてたときに、きのう見たまっくろなロボットみたいな人たちがいるところを見つけた。

ミディーやみんなもいっしょに、ロボットみたいな人たちのおはなしをきいてみたら、「へんこうできないのか!」とか「ぶきがたりない!」って言ってあわててるみたいだった。

そしたら友だちの●●●が大きなクシャミをして、ロボットみたいな人たちがこっちを見たのがとてもこわかった。

ロボットみたいな人が「ここでなにをしているの?」と言ってきたけど、わたしやお友だちはこわくて言えなかった。

でもミディーが「ここ、わたしたちのところなのよ!」って言ったら、ロボットみたいな人たちが「これはゴメンね」って言ってくれた。

ママに言ったら、「こんどからそこに行っちゃダメよ?」って言われた。

もうこわいから行きたくないけど、あの人たちが言ってた「ぶきがたりない」ってなんのことだったんだろう?

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