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Lux aeterna

 半開きのドアを開くと、待っていたのは散らかった玄関だった。

 高そうな靴や、シャレた箱。靴磨きの道具一式が無造作にばら撒かれている。

 リビングに続く廊下もひどく散らかっていて、開けっ放しのドアが外からの風で小さく動いていた。

 俺の胸の中が、一歩進むたびにポッカリとした穴が広がっていく。

 重力が穴の上にのしかかり、冷たい風が穴の中から体全体へと広がっていく心地がした。

 室内を見るとやはりそこも散らかっていた。

 リビングもまた同じだった。

 美樹も智歩ちゃんも、旦那さんもいない。

 中途半端に開いた窓から吹く風が絶望となって俺を飲み込み、体から力を失くさせた。

 言葉すら出ず、ただ天井を仰いて悲観に暮れていた。

 二人がこのリビングで、どんな最後があったのかと考えたときだった。

 多くの荒廃した場所に行ってきたから分かる違和感が、広がりつつある絶望に待ったをかけたのだ。

 何が違和感を感じさせるのか?

 物の散らかり方が不自然なのだ。

 これはあくまで俺の経験則だが、ここは争ったというよりは、そう見えるようにわざと散らかしたという感じだ。


「美樹? 智歩ちゃん?」


 返事はない。

 広いリビングで、二人が生きていたらどこに行ったかという徒労に終わりそうな調査をしていた。

 そのとき、廊下の突き当たりにある部屋から、重い物が落ちたような音がした。

 テーザーレールガンを取り出して、ゆっくり音がした部屋へと向かう。

 美樹たちではと思う気持ちと、ただ物が落ちただけではという気持ちが交互に脳内で浮かぶ。

 部屋のドアには鍵がかかっていなかった。

 ドアが開くと、そこは広い子供部屋だった。

 ここも不自然に散らかっている。

 今どき珍しい手動のスライドドアで出来た押し入れに目が止まった。

 壁に背をつけてスライドドアの取手に手をかける。

 そのまま開けると、何か嫌なことが起こると予感がしたからだ。

 呼吸を整えてドアを開くと、中から光線銃独特の高音が鳴って向かいの壁に綺麗な円がいくつも作られた。

 発砲したと思う美樹に、恐る恐る声をかける。


「美樹?」


瑞風(みずか)……くん?」


 中を覗くと、ひどく怯えた美樹が智歩ちゃんを後ろに隠しながら銃を握り締めて、女の子座りをしながら見上げていた。


「すまんな、驚かして」


「ど、どうやってここに来れたの? エントランスのドアは鍵がないと入れないはず」


「心優しいご老人に救われたのさ。智歩ちゃんも無事なようだな。よかった」


 智歩ちゃんが不安げな顔をしながら俺の方を見たが、そっと微笑むと強張った顔から緊張が抜けたのが見て取れた。


「その……あとはだな。旦那さんはどこにいるんだ? まだどこかに隠れているのか?」


 すると美樹は沈んだ面持ちになった。

 マズい。地雷を踏んだようだ。

 きっと連れ攫われたか、すでに始末されたか……。


「ゴメン、軽口が過ぎた」


 言ってしまったからにはもう遅いが、俺は美樹に謝る。

 しかし美樹の口から出たのは意外な言葉だった。


「夫は、三年くらい前に……もっと安全な場所に行ったの。それ以降音沙汰もないし……ね」


「三年も前に? どうして美樹を連れて行かなかったんだ?」


「夫が、重要機密が関わっていることに携わっているから、だよ。でも、本音はきっと……私のことが単に鬱陶しかったのだと……思うの」


 俺は美樹の背後にいる智歩ちゃんに目を向けた。

 智歩ちゃんと美樹が出会ったのは、旦那さんと別れたその後なんだろう。

 旦那さんがいたら、美樹の心労はもっと凄いことになってたのかもしれない。

 智歩ちゃんを見ていてそういえばと思い出し、俺は智歩ちゃんを見ながら先ほど出会った単眼の少女について問いかけた。

 心当たりはないかと聞くと、智歩ちゃんはつぶらな瞳を大きく見開いて愕然としていた。

 幼い少女の身には大きすぎる悲劇を受け止めつつ、しかし智歩ちゃんはどこか予期はしていたと言わんばかりに納得をしているように見えた。

 隣にいた美樹も、我が身に起きたことのように弔意を表していた。


「智歩ちゃん。辛い中ですまないが聞かせてくれ。さっき会った女の子もそうだが、智歩ちゃんはこの前政府が破棄した惑星開発の計画で創られた子供……なのか?」


 智歩ちゃんは一度美樹の方を見やると、美樹が「大丈夫よ」と小さく言いながら智歩ちゃんの両肩に手を置いた。

 そうして智歩ちゃんは決心したように、俺の方を向いて「そうです」と言った。

 分かってはいたがこうも本当のことを言われると、現実のこととは到底思えないという感覚が俺に覆いかぶさってくる。

 しかしこれは紛れもない現実だ。

 ともなると、あの少女も智歩ちゃんもそうだが、一体どうやって、何のために生まれさせられたんだ?


「瑞風さん。ライフコードって知ってますか?」


「ライフコード……。人類が外惑星に進出できるようになった技術だが……。まさか、アレを使って?」


「そうです。私たちが行くはずだった星は、新聞にも書いてあった通り光がほとんど無い星でした。そこで政府の人たちは、ライフコードを使って光の全くないところでも周りが見える人。私たちを作ったのです」


 ※


 遺伝子情報数列【Gene Information Number】

 通称『ライフコード』とは、生命の遺伝子を数値化し、抽出するという技術である。

 人類史に革命をもたらした技術であり、人類の築いてきた科学の既存解釈と常識を根底から覆した大発見であった。

 遺伝子から抽出したコードを保存し、代替えの体にそのコードを埋め込むと、別の体になった『コードの持ち主』になる半分不死のサイクルを可能にさせた。

 知識も性格も、自我でさえも本人の全てが移植される技術は、人間の手によって更なる大進化を遂げた。

 コードのパターンを理解すれば、智歩のような異形の存在でありながら通常の人間と全く同じ寿命と健康状態、生殖機能を持った命を創り出せるようになったのだ。

 しかも、人間では得ることのできない動物などに見られる特殊な能力も持つことができる。

 神のみぞ成し得た力を人間が得たことによって、人間は地球外の世界に進出することができた。

 だがその一方で、ライフコードの技術をめぐっての血で血を争う紛争が世界中で頻発した。

 最終的に人類は、ライフコードの常時全容共有という形で和解したものの、それは水面下の非人道的研究の幕開けでもあった。


 ※


 智歩ちゃんの正体は、予想通りの結果だった。

 思えば智歩ちゃんは、あの人喰いトンネルの中を暗視装置顔負けの正確さで障害物の場所を当てた。

 そういった能力も、本来ならば開発予定だった星への対応策として埋め込まれたのだろう。


「だけど計画は破棄された。だから連中はその口封じのために智歩ちゃんも、そこで創られた子も皆んな処分しようってことか」


「脱走した人は間違いなく処分されるでしょう。でも、今いる子たちはもっと別のこと。例えば……その……()()()()()()()()()()、十分に考えられます」


 何を言っているのか分かった途端、吐きたくなるような内容に思わず目眩がしてしまった。

 大人の勝手な都合で生まれさせられ、都合が悪くなった途端本人たちの意思を無視して処分を決め込んだ。

 挙句、死にたくなければ性と暴力の躾を受け入れろということだ。

 失礼なことだが、確かに智歩ちゃんのスタイルは、子供の枠で収まらないくらいに曲線の豊かな体つきだ。

 他に作られた子たちもそうであるなら、政府連中は人間じゃない。

 さっき俺を追っていた連中は口封じが終わった暁に、施設にいるであろう子供たちをストレスのはけ口にしようとしていたのだろう。聞いているだけで腸が煮えくり変えってくる。 


「私たちは皆んな子供として作られました。最高齢の人だって、実年齢でいう十二歳までいっていないと思います」


「なんだそりゃ。どうしてそんな幼いんだ?」


「抵抗ができないようにするためです。子供の力なんてたかが知れています。開発局の人たちは、万が一抵抗されても余裕で鎮圧できるように、非力な子供として私たちを設計したんです」


 クソ過ぎて言葉が出てこない。

 これがいわゆる奴隷ってヤツなのか。

 外宇宙にまで進出できるほどの文明になったのに、中世のような腐り切ったシステムを未だに使っている政府連中の性根は死んでも治らんだろう。


「智歩ちゃんと初めて会ってた日に、電話で美樹が「また向こうに行ったのか」と智歩ちゃんに言っていたな。アレは、仲間を助けに行こうとしていたのか?」


「そうです。他の子たちを見殺しになんかしたくないです。でも……いつ行っても風紀治安会の人たちがいて出来なくて。

 ……あの日はあの列車が止まっていたから、もしかしたらと思って行ったんですが見つかっちゃって」


「あの列車?」


「中央駅に止まっている黒の大型列車、ありますよね」


「あぁ。かなり古びているから廃線じゃないかと思っていたが」


「いいえ。あれは廃線ではありません。いつも夜更(よふけ)に動いているんです。終着駅が開発局と直通の駅になっているんです」


 意外だった。

 気にも留めていなかった風景の一部が、実はとんでもなく重要なものだったとは。

 しかし、そんな超重要な列車が、どうして中央駅という人目につくような所で停車をしているんだ?

 何より、助けに行ったというからには、あの列車に智歩ちゃんの仲間が捕われているのか?

 俺は智歩ちゃんにそのことを聞くと、返ってきた答えはまたしても予想外のことだった。


「ここの街にある物資や食糧とかを回収しにくるためです。向こうはほとんど不毛の土地なので、物資や食料とかが全く無いんです。

 政府の方々が風紀治安会と連んでいることはご存知ですか? 彼らに旧式の武器や装置と引き換えに、この街の食料とかを渡しているんです」


 この世界において、武器や装置などは正直食料よりも価値がある。

 武器を得れば、その後の狩りが段違いに楽になるからだ。

 政府の奴らにとっては粗大ゴミくらいの価値しかなくても、俺のような平民からすれば是が非でも奪いたいと思う代物を腐るほど政府側は持っている。

 連中はそれをエサに、この街を実力支配している治安会の奴らと手を繋いでいる訳だ。


「私たちは、あの列車が外に出るための手段なんです。私も、あの列車に忍び込んでここに来ました。

 瑞風さんが会ったその子も、きっとその列車に乗って来たんでしょう。でも……最後の最後で……」


 先ほど会った少女の言った言葉と最期の光景が、俺の脳内で鮮明に蘇る。

 智歩ちゃんと出会った手前、放って置くわけにはいかないし、したくない。

 それに、これはある種のチャンスだと俺は考えている。

 というのも、智歩ちゃんの仲間がいるところは、政府が管理するところだ。

 ともなれば、恐らくだが局員専用の避難空母とかがあるはずだ。

 惑星開発を担っていた場所で、移動用の船が一隻もないというのは現実的ではない。

 そこの船を奪って避難先の惑星まで行けたら、国家抽選を待たずしてこの星から出られるし、家族にも会えるだろう。

 しかし行くとするなら、どうやって行くか? という課題が必然的に立ち上がる。

 そもそも列車に乗り込むことすら、今の状況では難しい。

 正面突破なんて豪快なことはできない。

 待機していた兵士相手に、機関銃を持って応戦とか論外だ。

 何より、美樹や智歩ちゃんも連れて行きたいものの二人に何かあったらと考えれば、それだけで二の足を踏んでしまう。

 それなら一体どうやってやればいい。


「あ……あの、瑞風くん? もしかして……その列車を使おうとか、考えているの?」


 俺と智歩ちゃんが話している間、顔を交互に見ていた美樹がたどたどしく聞いてきた。


「……察しがいいな、その通りだ。その局にある船とかかっぱらって、避難先の星にでも移れれば、この星ともおさらば出来るし、智歩ちゃんの仲間を助けられるしで万々歳だ。全部夢物語だけどな」


「ゆ……夢物語でもないよ?」


「夢さ。俺一人ではとてもじゃないが無力もいいところだ」


「ううん……瑞風くんとなら、私は喜んで協力するよ?」


 美樹を見やると引き笑いをしていた。

 どういうことかと尋ねると、得意なことに関しては饒舌になれる人のように彼女もまた揺るぎない自信を言葉に込めて言った。


「だって私には、阿頼耶(アラヤ)があるから」

教団機密ファイル 十五項目 記録者:レフ・ニカロール

記録年月日 ▲■■■年 +月 ⁂日


今、全世界にある宗教は前代未聞ともいえる信者激減の只中にある。

キリスト教、イスラム教、ゾロアスター教、仏教、ヒンドゥー教など全ての宗教で信者が減っていっている。

それもこれも全て、あのライフコードという技術のせいである。

なにせ、魂とも呼べるものが機械によって算出されるのだから、聖書に書かれている概念を根底から否定するものになるのは想像に難くない。

おまけにアレは、かなり前に発明されたクローンボディの開発と、このライフコードとの組み合わせで半永久的な不死をも実現させた。

神のみぞ為せた力を人間が掴み取った事実に、全世界の司祭が反倫理的と言って抗議したものの、それらは全て外宇宙への進出を企てる大企業と、その恩恵を受けたい政治家たちによって全て封殺された。

バチカンの声明が世間から一蹴されたと言えば、その影響がどれほどのものか理解できるだろうか。

今日までの脱信者の数字に、司祭も牧師も大きく頭を悩ませている。

数字を気にしていないとは言えど、お布施の額が目に見えるほどに減ればとても無視できるものではない。

……が、私が気にしているのはそこではない。

私は……アレがただ単に人類が宇宙への進出の大きな進歩のための道具だけで終わらないだろうということが、一番気にかかっている。

抽出されたライフコードと設定するための機械さえあれば、どんなクローンボディでも適応するというのは。

つまり、これまでは研究不可能とされてきた奇形奇病の体を作って生かすことができるということだ。

私はそれを懸念している。いや、もしかしたらもう既に研究が行われているのでは? だとしたらそれこそ倫理に、人道に反したものではなかろうか。

どこかで聞いたことがある。

人間は、悪魔さえも震える悪行を行える生き物である、と。

我々人間はパンドラの箱を開けてしまった。もはやこの技術を捨てることは不可能だろう。

我々は引き続き抗議の声を上げ、残っている信者に正しき道を説いていくが、その声が世界に届くまで一体どれだけの犠牲と爪痕が残るだろうか。

終末の時計は、間違いなく十二時の五十九分、五十九秒まで進んだだろう。残りの一秒が来るのは、そんな遠くないことかもしれない。

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