Rock is Dead
逃げろ。逃げろ。逃げろ。
足を止めるな。疲れても止まるな。
息は後で吸えばいい。
汗は後で拭えばいい。
声は後で出せばいい。
とにかく逃げるんだ。止まれば死ぬだけ。
死んだら何の意味もない。ここまで来た意味なんて何もない。
だから逃げるんだ。
逃げてにげ━━
※
大気を破くようなけたたましい音が鳴った。
前方には、風紀治安会にしては見慣れない制服を着た集団が銃を発砲していた。
ソイツらのもっと前には、髪の毛の長い子が被弾して前のめりに倒れ込んだ。
「━━この野郎ーッ!」
躊躇いなんかない。アクセルを全開にして奴らの背後から突撃する。
不意を突かれた連中は逃げられず、まとめて弾き飛ばされた。
放射状にぶっ飛ぶ連中だが、そんなことで俺の気が治るわけがない。
即座に急ブレーキをかけて降りると、再び立ち上がろうとする奴らの元に駆け寄り、テーザーレールガンで首筋に二発撃った。
一人が感電して持っている獲物を落とせば、そいつを奪って残りの連中に弾をぶち込む。
皆んなあっさりと死んでくれる。
応戦しようとした奴だって腹に一発撃っただけで悶え、その隙に頭部に撃てばあっけなく死ぬ。
弾がなくなれば転がっている銃に取り替えて撃つ。
頭に血が上っていながら集団を相手にしているのに、どこか冷静なのを実感する。
そうして最後の一人に目線を移す。
服装からして他よりも格調高い服を着ているソイツは、息も絶え絶えに俺の方を見上げている。
「なんだ貴様は……何をしたのかわ━━」
言い終わる前にリーダー格の頭部を、あっという間にハチの巣にして弾け飛ばした。
「糞が喋るな」
被弾した子に駆け寄った。
髪が真っ赤に染まっていき、地面には血の水たまりが広がっていく。
「智歩ちゃん……智歩ちゃん! ダメだ。ダメだ死ぬな!」
その子を抱き抱えながら引き起こすと、その子は確かに単眼の女の子だった。
だが、その子は智歩ちゃんではなかった。
智歩ちゃんは群青色の瞳だったが、この子は若葉のような緑色だったらだ。
だからといって、その子を放ってなんかおけない。
しかしこっちには医療キットを持っていない。
つまるところ、この子を助けることはできないわけだ。
「大丈夫だからな」「もう怖くないからな」と、気休めにしかならない言葉を投げて、彼女に少しでも安心させようとする。
目に灯った光が、少しづつ弱まっていく。
「おにいさんは……私が怖くないの?」
智歩ちゃんと似たような言葉を俺に投げてきた。
「怖くなんかないさ」
「そう……。変わった人なのね」
「そうだともよ」
「最期に看取ってくれる人が、見知らぬおにいさんなんてね。……でも、アイツらよりマシかな」
「アイツらは、一体誰なんだ」
「この前……計画が破棄された惑星開発のメンバー。そう言えば、私のことも分かる?」
俺の脳裏で、接点の全くなかった点と点が瞬間的に繋がりハッと息を飲んだ。
それと同時に、俺は今すぐにでも美樹と智歩ちゃんの元に行かねばという強い衝動を感じた。
「だいぶ分かったよ」
「おにいさん、アイツらはしつこいから、早く逃げた方がいい……」
苦しそうに咳き込むたびに、手のひら大の血が吐き出される。
体はもう真っ赤で、目の光もほとんど無くなりかけていた。もうまもなくで最期の時が来る。
「おにいさん。一つだけ、頼んでもいい?」
「なんだ」
「私を、どんな方法でもいいから跡形もなく燃やして。私はもう自由なの。死んでも体は奴らに渡したくない!」
少女の最期の願いが、血みどろの口から出て俺の耳と心を強く揺さぶった。
「分かった。約束するよ」
「ありがとう。よかった。……最後の最後で……私は……」
名も知らぬ少女は、眠りにつくように息を引き取った。
醜く倒れる惑星開発に携わる連中は、案の定証拠隠滅のために持って来たのであろう『瞬間焼却剤』を隠し持っていた。
固形燃料を金属にしたような見た目のそれは、スイッチを入れれば数秒の内に超高熱の炎を出す。
人体はもとより加工金属さえも容易く焼却できるから、裏稼業に関わる人には必需品である。
スイッチを押して少女の胸元に置くと、青白い炎が少女を包み込んだ。
骨になる過程をすっ飛ばして光る塵に還っていくとき、いくつもの塵が一瞬少女の姿になって俺の方を見たような気がした。
夜空に消えていく光を見届けると、俺はすぐに車に乗り込んで美樹のいる家へと走らせる。
智歩ちゃんは、この前新聞に書かれていた惑星開発のために作られたのだろう。
そしてなんの因果か美樹と出会い、智歩ちゃんを保護することとなった。
そんな政府側の。もっと言えば関わった人たちの都合で生み出された命を、都合により隠滅する事態が今起きている。
美樹は彼女を保護している。
ともなれば、口封じのために美樹も殺されるのは自明の理でしかない。
美樹のいるマンションへと車を走らせていると、見るからに防弾防爆機能を取り付けていそうなゴツい車が三台。俺の背後で横に並んで追っかけてきている。
どうやら俺のことも、この短時間の内に洗い出したのだろう。
そして俺も、奴らの都合でこの夜の内に抹消しようって算段だ。
「こんな俺にだって、許せる許せないの区別くらいはできる。テメェの都合で創り出した子供を、テメェの都合で!」
ハンドルに込められた力が増していく。
追っかけてくる車の左右の窓から、黒ずくめの男がコンバットレイガン
を持って現れた。
狙いは俺一人。
そして俺が済めば、今度は美樹と智歩だ。
「テメェらの血は一体何色だ? こんなことをされてキレないヤツはいねぇ!」
無人の道路を爆走しながら、連中の背後や側面にたどり着く路地を走る。
距離と速さと時間が、脳内と体に染み込んだ経験によって瞬時に導き出される。
狙った通りのタイミングで連中の側面から出ると、俺には予想外の光景が広がっていた。
角から出ると、そこには連中の車が今まさに俺の方に突っ込んでくる寸前だった。
当然というべきか避ける間もなくぶつかったが、即座に態勢を立て直して向かいの角へと突っ込む。
連中が一斉に発砲し、側面がハチの巣になっていく。
そして、その内の一発が貫通して俺の脇腹を抉った。
痛みで操縦が不安定になり壁を削るように走っているが、角を曲がってスピードを落として一度患部を見た。
弾速は激減していたのだろうが、光線銃とあって被弾した部分がコインほどの大きさに真っ黒になっていた。
触ったところ貫通はしていないようだが、いつ出血してもおかしくない。
出血してしまったら急いで治療しないと、命の危機になるだろう。
予定を変更し、とにかく逃げることにシフトしながらハンドルを切る。
しかしどうして俺の来る場所が分かったんだ?
疑問を解こうとしたが、そんなことは冷静になれば秒を待たずして分かることだった。
連中はここいらを占拠しているチンピラでも、風紀治安会でもない。
惑星開発というものに携わっている、政府直属の連中だ。
今まで俺が対峙してきた連中とは、装備や戦闘の質が違う。
きっと俺が出てくるところも、最新式のレーダーか何かで見ていたんだろう。
奴らに地の利は通じない。
ともなれば、奴らを上手く撒いて美樹たちのいるマンションへ逃げ延びるしかない。
サイドブレーキを解除して再び狭い路地を爆進する。
路地の角が通り過ぎる度に、大通りを並走する奴らの姿が見え隠れしていた。
やはり俺の居場所はハッキリと特定されている。
小細工は通じないからどうするべきか。
そう思っていた矢先に、尻の辺りが生温く感じた。
チラと見ると、傷口から流れ出た血溜まりだった。
マズい。とっても、とってもマズい。
このままじゃ死ぬか、弱ったところを奴らに引っ捕らえられて殺されるかのどちらかだ。
そうなってはあの少女の無念もそうだが、美樹と智歩ちゃんが危うい。
かといって今の現状も無視することは出来ない。そもそもまずはこの現状をどうにかしなければ、話は次に進まない。
打開策を運転しながら考える。
武器も、地の利も通じない。
ヘタな応戦でもしようものなら、あっという間に返り討ちだ。
だがこのまま行けばいずれ捕まって始末される。
どうする。どうすれば?
もうまもなくで路地が大通りに合流する。
奴らは俺と並走しているだろうから、すぐに追いつかれる。
狭い視界が開いて大通りの光景が俺の目に飛び込んできたとき、俺の目がある一点に向けられる。
そして、たった一つの逆転の可能性が急浮上した。
最新式のシステムすら機能不全になる魔の領域。
『人喰いトンネル』が、俺の消えかけた希望に火を灯した。
最高速まで上げて一気にトンネルへと走る。
バックミラーには三台の黒い車が追って来ている。
トンネルに入ったら、ある程度進んだところで路肩に寄せつつ急ブレーキをかける。
目の前には、ブレーキをかけるまで全く見えなかった廃車が塞がっていた。
後ろを見ると、少し遅れて連中がトンネルに入ってきた。
そして、やはり俺の予想通りのことが起きる。
連中は俺のいる所を普通に通りすぎ、先にある廃車にぶつかりながら奥へと進んでいった。
さっきまで俺の居場所を正確に特定できていたはずなのに、トンネルに入った途端分からなくなった。
現地を知らない奴からすれば混乱は避けられまい。
そして、あれほど盛大に音を立てたなら必然ではあるが、暗がりに隠れていた奴らが獲物に群がりはじめたようだ。
その証左に、遠くの方でマズルフラッシュが忙しなく光っている。
政府連中といえど頼みのシステムが大半オシャカになっては、暗所に慣れている治安会やチンピラには苦戦を強いられるだろう。
もっと早く知っていれば、迂闊に入ろうとはしなかったろうに。
「じゃあな、ボンクラども」
俺は車をUターンさせ、トンネルが出ていく。
恐らくだがあのトンネルに住んでいる奴らは、俺を追っては来ないだろう。
何故か? 答えは簡単だ。
持っている物が段違いに違うからだ。
俺はテーザーレールガンと、プレスカーゴにこの車だけ。
対して相手は、最新式の武器やアプリケーションを内蔵した端末に装置やその他諸々。
ブラックマーケットにだって出てくることはない、レア物だらけを持っている。
そんな相手と俺を天秤にかければ、誰だって先に政府側を狙うだろう。
つまるところ、ご愁傷様ってこった。
※
美樹の住んでいるマンションは夜明け前ということもあってか、全部の部屋が消灯していた。
地下駐車場へゲスト名義で入り、ロビーへと向かう。
AIが管理するカウンターへ行くと、青いサーチライトが俺の全身をスキャンする。
予測機能によってカウンターから治療キットが出てきて、迷わず俺はそれを患部に使った。
「救急隊をお呼びしましょうか?」
「いや、結構。大丈夫だ。それよりここにいる雪瓶 美樹の部屋まで案内してくれ。俺は彼女の旧友だ」
「ゲストカードはお持ちですか?」
「ない。だが緊急の用なんだ」
「ゲストカードがないと入館出来ません。恐れ入りますが、本館の住人よりゲストカード発行の要請を行ってください」
「そう言うな。本当に緊急を要しているんだ。後で書類なんかいくらでも書くから」
「無駄な時間を省くための措置です」
ホントこういうとき、機械ってのはポンコツのクソッタレだ。
人間と機械が分かり合える日なんてないということが、こういう些細なことでよく分かる。
せっかくここまで来たのに、どうすりゃあいいんだ。
頭を掻いていると、住人だと思うじいちゃんが強化ガラスで出来たドア越しに見えた。
何食わぬ顔でドアから出てロビーから出て行こうとしたところで、俺は丁寧に声をかける。
「おはようございます。ちょっとすいません、部屋に忘れ物をしたんですが、鍵を忘れてしまって中に入れないんです。申し訳ないんですが、ロックを解除してもらえませんか?」
心底困ったという表情で頼むと、じいちゃんは少し訝しみながらもロックを開けてくれた。
ご老人を騙すのは気が引けるが、今だけは許してほしい。
エレベーターを上がり、美樹のいる階まで着くとまっ先にドアへと向かう。
絶対に美樹の旦那さんがいるだろうが、今は美樹と智歩ちゃん、そしているなら旦那さんだって危うい状況だ。
とやかく言われるだろうが、二人が無事ならそれでいい。
俺はドアに付けられたインターホンを押そうとした。
そこで俺の目線が何気なく下に向けられたとき、俺の息がヒュッと止まった。
ドアが、半開きになっていたのだ。
音声ログ 第二応接室 ◎●●●●年 ▲月 −日記録
「どういうことですか。パイプラインはまだ補修工事が完全完了していないのですよ。ガスの流し入れなんてしたら、いつ漏れだしてもおかしくない。それに、こんなことをしたら国民が暴動を起こしかねません」
「言わなければいいだけだ。もうこの星は死んでいる。私たちが何かをしようとしても、結局は無意味な足掻きに過ぎないのだよ」
「ですが、彼らはまだ生きている。あの星で避難用の空母を待ちわびているのですよ?」
「我々は出来ることを全力で行なっている。が、全ての努力が実を結ぶとは思っていない。これは神による間引きのようなものだ。逆らうことはできない」
「ですが私たちの行なっていることは、明かに人為的なことです。これすら貴方は神の行いだとでも?」
「そうだとも。国家抽選は総てプログラムに一任している。我々は一切関与していない。完全なる公平の下に選ばれているのだ。惜しむらくは、避難用の空母が足りないことだけだな」
「足りない? ご冗談を。この前の収支報告では新たに発見した惑星の開発研究が一割もあったのですよ。小型とはいえ空母一隻作るのには十分な額を、どうして」
「いいかね。君は時々口数が多い時がある。神による選定に選ばれたからといって、その神に唾を吐くようなら今すぐ君をここから追い出すことだって出来るのだ。犠牲を無くしたいという心意気は認めるが、同時にそれは今生きている他の者たちを根絶やしにさせる考えであることを、重々理解したまえ」
「……その犠牲だって本来ならば……」
「なにかね?」
「いいえ、なんでも」
━━記録終了━━