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At the Beginning

 カルジェスとの死闘が終わった後、俺たちは阿頼耶(アラヤ)によって導き出された医療室へと向かった。

 これだけの巨大な空母とあってか、監視カメラに映し出された医療室には最新、最高ランクの医療機器が沢山置いてあった。

 善は急げと子供たち全員を連れて向かったが、第三食堂の前を通過した辺りで俺の麻酔が切れ、全身からの絶え間ない激痛によって声すら上げれずに意識が暗転したところまでは思えている。

 そうして目が覚めると、俺は薄い青色のカプセルの中にいた。

 カプセルの内面から痛みのないレーザーが俺の手や体に照射されていて、ここが医療室なのだと理解した。と、同時に俺がまだ生きているということを実感する。

 

 「よう、調子はどうだい」

 

 声の方へ顔を向けると、出会った頃よりも険しさが取れたG−05が俺を見ていた。

 

 「良い感じだ。お前は……大丈夫なのか?」

 

 言うとG−05は苦笑しながら「アンタほどじゃなかったからな」と返した。

 

 「しかし、よくもまあ生きてるもんだ。アンタ、本当なら死んでてもおかしくなかったんだぞ」

 

 「……そんなにか?」

 

 「ああ。体の骨、特に両腕はボロボロだったし、体内の放射線量も酷かったし、左目はグシャグシャでとにかく体の状態は最悪だった。

 でもそんな最悪の状態でも、ライフコードを使わずここの機材使えば治るってもんなんだから、大したもんだよ」

 

 そういえば左目の視力も戻っている。

 どうやらここにある機器は『リクリエイト』の機能も兼ねているらしい。これが全てタダで受けられるとは、本当にありがたいことだ。

 

 「皆んなはどうした?」

 

 「もうとっくに治療し終えた。あぁ、美樹って人と、……えぇと……智歩を呼んでくるか?」

 

 「あぁ、頼む。それと、一つ言わせてくれ。美樹を守ってくれて、ありがとうな。カルジェスを恐れず立ち向かって、お前は本当の勇者だよ」

 

 G−05は顔を赤らめながら「お、おう」と、しどろもどろな返事をした。やはりまだ少年だな。

 

 「あ、で、でもなんで知っているんだ。あの野郎が欲しがってた鍵のことといい、あのときアンタは外の空母にいたんだろう?」

 

 「美樹のおかげさ」

 

 そう。全ては美樹の功績だ。

 正直に言うと俺は当初、国際宇宙連盟の古今の情報を内蔵した『()()()()()()()()()()()

 ともなれば、俺がカルジェスと戦っていた際に出したあの鍵は何なのか? ということになる。

 もちろんアレは偽物の鍵だ。この空母に乗り移る前に、格納庫に置いてあった適当な物を拾って鍵だと言っただけ。本物の行方は俺も知らない。

 ではどうやって、それらの情報を知ることが出来たのか? 答えは簡単だ。

 俺と美樹と智歩ちゃんで惑星開発局に向かう際、武器やライフコードを乗せていたあの列車で、()()()()()()()()()()()()()()()()

 その後カルジェスが軍用衛星砲を使ったものだから、結局戦いが終わるまで録画は続いていた。記録された映像は全て阿頼耶に集約しているから、起動すれば過去の映像も見ることができる。俺はそこで鍵の情報を知ったのだ。もちろんその後に起きたことも。

 そうこうしていると医療室の扉が開き、駆け足で美樹が俺の元へとやって来た。

 

 「瑞風くん! よ、良がっだ! 良がったあ! 生きてたあ!」

 

 わあわあと泣きじゃくる姿を見て、どうやら美樹も大丈夫だということを確信した。智歩ちゃんも美樹の背後で安堵の笑みを浮かべている。

 ここまで来たならば、後は最後の懸念を無くさなければならない。

 

 ※

 

 治療率八十パーセントを超えた辺りで、阿頼耶によって乗っ取られた通信先がホログラムに映し出される。

 画面の向こうでは多くのオペレーターと通信技師たちを背に、一人の中年男性が前に座っていた。

 彼こそが国際宇宙連盟のトップ。

 若干やつれ気味な連盟長は、こちらを視認するなり予想外なものを見たように驚いていた。

 

 「カプセルの中からで申し訳ない。色々言いたいことはあるだろうが、先ずは俺の話を聞いてほしい」

 

 連盟長はいぶし銀のきいた声で「構わないぞ」と返した。

 

 「結論から言うと、キム・カルジェスは先ほど死んだ。この空母にいるのは俺と美樹(かのじょ)。残りは惑星開発によって生み出された子供たち、おおよそ四十人だけだ」

 

 連盟長と背後にいる多勢のオペレーターたちが、にわかにざわめき始める。ここまでは予想通りだ。

 「俺たちはこの後、この空母が設定した先にある星へと向かう。だが貴方たちは、俺たちが持っている鍵を是が非でも取り戻したいはずだ」

 

 『それで……私たちと、取引をしたいと言いたいのかな?』

 

 「そうだ。美樹、頼む」

 

 側に立つ美樹に言うと、唐突に彼女は右足の靴を脱いだ。

 靴底を片手でいじると、一枚の━━大昔の表現になるが━━MDみたいなものを取り出した。

 それを見た途端、先ほどよりも画面の向こうが騒がしくなり、連盟長もハッキリとした反応を示した。

 

 「コレで間違いないか?」

 

 『……確かにそうだ。それで、何が欲しいのだ? 金か、連盟の座か? それとも国か、星か。その全てか?』

 

 「そんなものいらない。欲しいのは、俺たちに、金輪際関わらないことだ」

 

 連盟長は全く予想のつかない答えを言われて、文字通り目を丸くして驚いていた。

 

 「支援も交流も一切要らん。取引が成立した時をもって、一切俺たちに関わらないことだ。

 もし、貴方たちが断るようなら当然だが鍵は渡さない。それに、カルジェスの所業を記録した映像と、鍵に収められたひた隠しにしたい情報も全宇宙にばら撒く。

 記録だけでも致命傷だっていうのに、連盟の末席とはいえ、その一員が自分のエゴのために惑星にいた全ての国民を皆殺しにしたという事実を知ったら、果たして連盟はどうなるかな?」

 

 惑星開発によって生み出された単眼の子供たちと、その扱い。有毒ガスの個人による一括管理。惑星中のマスターオーダーを独占。過激派暴力集団への裏取引。美樹や智歩ちゃん、子供たちへの態度と行い。

 そして何よりも、避難先の惑星に危険な怪獣がいると知りながらそれを伝えず自身だけ安全な星へ避難しようとして、母星に残った国民は有毒ガスによって皆殺しにしたという人類史に残る残虐な所業。

 連盟が消し飛ぶほどの悪行の数々には、正直なところ鍵よりも一番恐ろしいカードである。相手からすれば厄病神を早めに切らなかったが故に、今になって盛大に後悔しているだろう。

 金輪際の関係を断つだけで鍵は取り返せる上に、連盟が消し飛ぶほどのスキャンダルを黙ってくれる美味しい提案を、わざわざ捨てに行くほど向こうはバカではないはずだ。

 

 『……しかし待ってくれ。そちらには阿頼耶があるはずだ。我々に鍵を渡してもそれが残っているならば、脅威が完全に消えたわけではない』

 

 「俺たちの方から仕掛けてくると言いたいのか? どうして関わりを持ちたくないって言っているのに、わざわざ関わりを持つようなことをこっちがする?

 それに、俺たちだって自衛のための手段は持つさ。貴方は自分の家には鍵もセキュリティーもつけない人なのか?」

 

 『それが脅威なのだ。阿頼耶一つだけでも宇宙の支配が可能なのだぞ。そんな逸品がそちらにあるのは不公平だろう? せめて阿頼耶も放棄してくれることを━━』

 

 「━━そうか。俺を信じられないか。なら、残念だが取り引きは終わりだ。美樹、カルジェスの記録を配信してやってくれ」

 

 美樹がうなずいてホログラムに映った画面を操作し始めると、連盟長は血相を変えてなりふり構わず制止してきた。後ろにいたオペレーターからのどよめきもよく聞こえる。

 

 「待て、待ってくれ! ……分かった! 取引に応じる! そちらの提案を飲むからやめてくれ!」

  

 「英断だよ。じゃあ許諾の証明に、全員の署名を貰おうか」

 

 連盟長が苦虫を噛んだような表情で目の前にホログラムを映し、直筆のデジタル署名を書いていく。テーブルに取り付けられているカメラがゆっくりと動き、座っていた他の連盟員も同様にサインを書いている。

 連盟長並びに連盟員の署名が降りるということは、すなわち絶対不可逆の決定を意味する。コイツに民間も企業も、個人も集団も関係ない。

 反故にしようものなら、それだけでも連盟の首根っこが締まる事態だ。

 連盟長が署名を終えると、全員分の署名が美樹のバイオコンピューターへと届いた。それが確かなものと確認すると、約束通りこちらも鍵を連盟の方へと転送させる。

 画面の向こうでテーブルの上に転送された鍵が届いたのを見届けると「終わりだな」と言って連盟長に挨拶をした。

 

 「さようなら。連盟に末長い神の御加護がありますように」

 

 返事を聞くよりも前に通信を切り、医療室に静寂が戻ってきた。

 治療率はとっくに百パーセントになったが、精神的には酷く疲れてしまった。

 

 ※

 

 智歩ちゃんが言うには、目的の星まで燃料や船体負荷を考慮して三回ワープを行う必要があり、到着までおおよそ二日かかるという。

 それまでやることはないから、子供たちはこの巨大な空母を一つの遊び場にして気の済むまで自由にさせた。

 俺はというとメインデッキに一人座り、家族との最後の通信映像を見返していた。

 

 『瑞風、私よ。こっちはもうすぐ……えぇと、I–05銀河ってところに着くわ。船長が言うには、あと一日で避難先の惑星に着くみたい」

 

 会いたかった家族はもういない。

 生き残った俺は、家族の分まで新たな道を歩まなければならない。そのためには、いつまでも過去を持ち歩いてはいけないと俺は思った。

 設定ボタンを押して『削除』のボタンに指を向かせる。

 

 『……お母さんもお父さんも、弟の桂那も貴方を心配しているわ。早く貴方に会いたいわ。━━あぁ、またワープするみたい。瑞風、貴方のことを愛しているわ』

 

 母の最後の一言を聞き届けて、ボタンに指を置いた。

 『削除中』のゲージはあっという間に満タンになり、表示が消えると無機質な真っ白の画面が映されていた。

 窓の外は星々が瞬き、彼方には数々の星雲が織り成す幻想的な光景が無限に続いている。あの光の中に、ひょっとしたら俺の家族がいるのではないか。そんな意味のない空想を浮かべて、バカじゃないかと一人失笑する。

 すると背後から、美樹の声が俺に向けられた。

 

 「瑞風くん、と、隣……いい?」

 

 「あぁ、いいぞ」

 

 二人だけということもあるからか、美樹は俺のほぼ真隣に座ってきた。だからどうだということでもないが。

 

 「み、瑞風くん。さ、さっき何を見てたの?」

 

 「あぁ。家族と最後に通信した映像さ。もう……俺には不要なものだから消したんだ。……笑えるだろ。ついさっきまで親との通信記録をずっと持っていたんだ。いつまで親離れできていないんだって」

 

 自虐を入れて、無理やり笑いを取ろうとする。だがそうは言っても、俺にはまだ受け入れられない気持ちが渦巻いている。

 それを聞いた美樹は、おもむろに俺の顔を見据えた。

  

 「笑わないよ。だって瑞風くん、それを支えに今日までずっと、自分に嘘をついてきてでも頑張ってきたのでしょう?」

 

 全てを見抜いていたかのような言い方に、作り笑いを貼り付けた顔から表情が消える。

 恥ずかしさに顔を赤らめながらも、何もかもを受け入れ、包み込むような柔和な微笑みを浮かべて彼女の手が俺の手に置かれた。

 

 「瑞風くんは優しいから、今まで何も感じなかったわけがないと思うの。弱音だって本当はいっぱい言いたかったはず。

 でもね、瑞風くんは、もう十分すぎるくらいに頑張ったんだよ。瑞風くんは、もう一人じゃないよ? わ……私が、ずっといるよ?」

 

 心の奥で凍っていた氷が溶けて雫がこぼれ落ちた途端、俺の目から大粒の涙がとめどなく溢れた。

 血と硝煙と光弾に爆発が絶えなかった血生臭い世界を生きて戦うこととなった瞬間から、俺は耐えられないと泣き叫ぶ自分を力づくで黙らせてきた。黙らせようとしている自分でさえ、泣いていたのに。

 家族も、友も、味方一人といない世界で、俺は知らぬうちに助けを求めていた。そんな中で出会った美樹に、俺は荒みきった自分を包んでくれるんだと勝手に拠り所を作ってしまっていた。

 好みの人物と出会った際に、自分と相手が寄り添った未来を脳裏に描く下らない妄想のように。

 だけど、美樹には(カルジェス)がいた。別居状態だったとはいえ、既に彼女が別の人の拠り所となっていたという不動の事実があった。

 智歩ちゃんという血の繋がらない少女と美樹とで僅かな時間でも家族のように微笑ましい時間を過ごしたところで、それはあくまでその時だけのことであって現実は家族でも何でもない。そうなって欲しいと俺が思い描いていた妄想だ。

 最初から存在しない拠り所を、勝手に奪われたと思い込み、勝手に悔しがっていたのだ。なんと下らなくて、なんと勝手で、なんといやらしいものだろう。

 だけど、美樹はそれさえ見抜いていた。

 それを知ってなお、彼女は俺を受け入れてくれた。

 そんな慈悲の前に今まで張り詰めていた意思がほつれ、とうとう瓦解した。止めることなんて、もう出来なかった。

 

 「……情けないな俺は。大の大人が人前でこんな泣くかな普通」

 

 美樹は何も言わずに柔らかな微笑みを浮かべたまま、包むように俺を抱きしめた。

 噛み締めた歯が緩んで嗚咽が漏れ、子供のように、泣いた。

 声が枯れるまで泣いて、そのうち泣き疲れて眠りにつくまで、美樹の腕の中で泣きじゃくった。

 

 ※

 

 最後のワープを終えて見えてきた惑星は、例えるなら天王星みたいなターコイズ色の惑星だった。

 惑星全体をスキャンしてみると大きな大陸が一つだけあり、残りは全て海であると表示された。その大陸には小さな離発着コロニーがあり、空母はそこを目掛けて静かに着陸姿勢に入る。

 大気圏に突入し視界が晴れてくると、そこには桜と紅葉に似た植物が地上に咲き乱れている絶景が広がっていた。

 不毛の星となったかつての母星では絶対に見られない光景。長らく外の世界を見たことがなかった子供たちでさえ、眼下に広がる光景には感動のあまりに言葉を失っていた。

 更にスキャンしてみると、レーテーのように怪獣じみた生命体はおらず、地球と似たような動物や魚がいるとのこと。

 何よりも驚いたのが、この星は人間が補助具無しでも問題なく生きていける環境であるという結果だ。

 ただし唯一欠点があるとすれば気温が低いところだ。太陽光は燦々(さんさん)と照りつけているのに気温は冬のように寒い。逆を言えば、それ以外は全く問題ないことでもあるが。

 とはいえ、着陸後に子供たちを先に出すのは危険だから、俺と美樹が最初に外へと出ることにした。

 コロニー内は普通に呼吸が出来た。異臭に異音、体のどこかに違和感なども感じない。周りには役目を終えた開発用の小・中規模ロボットが、バッテリー切れにより無造作に転がっていた。

 永眠しているロボットたちを尻目にハッチの扉を開くと、確かに厚手の服が欲しくなる冷気が身を包む。が、外に出れば降り注ぐ太陽光が程よい暖かさを持っていて心地がいい。

 雲一つない青空。透き通った空気。染み渡るような緑の香り。そよ風と木々の囁きが静寂の世界で唯一の音を奏でている。

 空母にいた子供たちが続々と外に出てくると、広大な絶景に感動の声を上げていた。


 「瑞風さん、これからどうしますか?」

 

 智歩ちゃんが俺を覗き込むようにつぶらな瞳で見てきた。

 この星にある建造物は、このコロニー一つだけ。惑星人口は五十人にも満たず、大人に至っては俺と美樹だけ。

 右も左も分からないままこれからを過ごすのだから、何をすれば良いか迷うものだ。不安だってある。

 だけど、正解なんて正直なところ無いのだと思う。考えるのを放棄したと言われればその通りだが、しかし考えすぎたってマシな答えは出てこない。

  

 「とりあえずこの空母とコロニーを拠点に、今日から新しい日々を過ごそう。空母に備蓄があるとはいえ、明日から自給自足の日だと思っていた方がいいな」

 

 「言っても、俺たちがいた星とは違ってまだ何も分からない星だぞ。新天地ではこうするとか、そういうアテとかあるのか?」

 

 すっかり毒気と殺気が無くなったG−05が、横目で見ながら尋ねてくる。

 

 「無いな」

 

 「無いのかよ。先行きが不安だぜ、まったく」

  

 「大丈夫さ。きっとなんとかなる。しくじったって全然いい。時間は山ほどあるんだから」

 

 隣に寄り添う美樹を見ると、柔らかな笑みを返してくれた。

 未来は誰にも分からないし、誰にも断言なんか出来ない。

 しかし未来は作れる。凄惨に汚れた過去を吹っ飛ばすくらいの、澄んだ未来を。

 さぁ、これから忙しくなるぞ。

 ネガティブになんか、考えていられない。

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