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Born for This

 『瑞風、私よ。こっちはもうすぐ……えぇと、I–05銀河ってところに着くわ。船長が言うには、あと一日で避難先の惑星に着くみたい』

 

 暗闇の中で母との最後の通信が蘇って響き渡る。

 今にして思えば避難先の惑星『レーテー』から全く連絡が来なかったのは、もうあのとき既に怪獣たちが目覚めていてコロニーを破壊していたからだろう。

 結果論でしかないが、もしこの通信をしているときに、レーテーに怪獣がいると警告したらどうなっただろうか。少しは結果が変わっていただろうか。

 ……いや、きっと変わらないだろう。

 母は怪訝な顔をして心配するだろうし、父と弟はガスで頭をやられたか? と鼻で笑うだろう。

 他の誰が聞いたところで、誰も信じないし気に気にも留めない。

 

 『……お母さんもお父さんも、弟の桂那も貴方を心配しているわ。早く貴方に会いたいわ』

 

 俺も心配だった。

 俺だって会いたかった。

 せめて最後に一目でもいいから会いたかった。

 むしろこんなことになるなら、いっそ皆んな揃って死にたかった。

 でも、とうとう叶わなかった。

   

 『━━あぁ、またワープするみたい。瑞風、貴方のことを愛しているわ』

 

 ワープをしてはならない。

 今すぐに中止させるんだ。

 レーテーに着いてからでは遅いんだ。

 空母を止めるんだ。行ってはいけない。皆んな死んでしまう。

 そんな手遅れの言葉を、暗闇の中で俺は叫ぶ。なんて虚しいことだろう。

 生きる目的をなくした今、この暗闇に身を委ねて、二度と目を覚ますことなく眠れるなら、それも悪くないのかもしれない。

 

 「……さ……。……い……」

 

 俺自身のことも、これまで色々と無下にしてきた。何よりも俺は……。

 

 「みず……い! ……さん起きて……!」

 

 ……さっきから誰だ?

 遠くで誰かが俺を呼んでいる。聞き覚えのある声だ。

 

 「瑞風さ……きてください! 瑞風さん!」

 

 ……智歩ちゃんじゃないか!

 俺を包んでいた暗闇が一瞬で晴れ、文字通り光の速さで意識が戻ってきた感覚を味わった。

 目を開けると、そこには今にも心配で身が張り裂けそうな表情の智歩ちゃんがつぶらな瞳を俺に向けていた。

 

 「瑞風さん! よかった目を覚ましたあ! あ、私が分かりますか? これ、何に見えますか?」

 

 そう言って智歩ちゃんが両手を前に出したのだが、何故か両手指を器用に曲げて幾何学的な模様を作った。

 緊張をほぐそうとボケているのか、それとも素でボケているのか……。

 よく分からずに「蝶か?」と適当に言うと、智歩ちゃんは顔を緩ませて「よく分かりましたね」と返してきた。俺はツッコまないぞ。

 

 「それよりも智歩ちゃん、どうしてここに。というか、俺はどうして空母に戻っているんだ?」

 

 見紛うはずもない空母の格納室。隅には俺の愛車がポツンと置いてあり、それ以外は何もないし誰もいない。

 

 「実は……瑞風さんが意識を失った後、この空母ごと瑞風さんを宇宙そとに放り捨てたのです。アイツはこの空母から積荷を回収したから、その後何をやるかなんとなく予想がついていたから、私はコッソリと乗り込んだんです」

 

 思考が真っ白になった。

 意識を失っていたから気がつかなかったが、何のスーツも補助具も付けてない奴を宇宙空間に放り出すとか、アイツはどういう神経をしているんだ。

 しかし俺は結果的にはこの空母にいる。後で放射線除去の処置を受けなきゃならんが、そんなことは今どうでもいい。

 それよりも、智歩ちゃんはどうやって空母を操縦したんだ?

 智歩ちゃんに聞くと、唐突にバイオコンピューターを起動させ、阿頼耶の映った画面を見せてくれた。

 

 「なんで智歩ちゃんが阿頼耶を?」

 

 「ママが私に送ったんです。おかげでこの空母は、こんな私でも簡単に動かせるように設定出来たんですよ」

 

 「だがそうなると、今、美樹には何もない状態になる」

 

 「そうです。きっとアイツが気づいたら、さぞ慌てるでしょうね」

 

 それもそうだが、それ以上に美樹が危険だ。

 あのDV野郎のことだ。癇癪を起こして美樹に手を出すだろうなんて、容易に想像出来る。

 急いで戻らなければと思った矢先、「俺を忘れていないか?」と言わんばかりに左目で眠っていた症状が暴れ始めた。

 徐々に強くなる痛みと吐き気。歪んでいく視界。智歩ちゃんをまともに捉えることさえ難しくなっていく。

 

 「瑞風さん! ど……どうしよう。わ、私、どうすれば良いですか? 何が出来ますか?」

 

 とても嬉しいが、この病をどうにかするのは医者でも不可能なのだ。

 ……いや……不可能というのは少し違うな。

 確かに俺は先に、この左目に宿る病は原因も分からないし、治療法も見つかっていないと言った。

 しかしそれは、この目を残したまま治療をしても治す方法がないということであって、無くしても良いということを前提にすれば手段がある。

 一つは、『リクリエイト』と呼ばれるライフコードを応用した高次手術をすること。

 患者の遺伝子情報を元に全く新しく、全く拒絶反応が起きない新しい部位を生み出して移植させる手術のことだ。

 俺の場合で言うなら、遺伝子情報を元に新しい左目を作り出して元の目は取っ払い、移植することで完治できる。

 ところがコイツは手術料がバカみたいに高く、それこそ俺みたいな庶民では一生分の金を出してもなお足らないほどに高い。

 そもそもの話、その機材がここには無いのでこの方法はボツだ。

 そして二つ目はとてもシンプルな方法だ。

 

 ()()()()

 

 焼こうが、切ろうが、抉ろうが、とにかく目を使えなくさせるのだ。物理的に。

 発症の元はこの左目そのもの。コイツを壊せば症状は否応なく消える。

 唯一の懸念は、それをやって俺の身が保つか否かということだ。

 ……いや、保つさ。保たなければならない。

 何も処置をせずにカルジェスと再戦なんて、自殺行為も良いところだ。

 歪んだ視界に智歩ちゃんの心配そうな顔がボヤけて見える。

 俺には家族と再会するという生きる目的が無くなった。さっきは別にこのまま死んでも良いとさえ思った。

 だが違う。目的はまだあった。

 奴に負けたままでいたくない。

 奴をこのまま野放しにして、美樹も、智歩ちゃんも、G−05を含めた単眼の子供たちを奴の好きにはさせたくない。

 あの若葉のような緑色の単眼の少女と、俺の家族の無念を晴らさずに、こんな呆気ない幕引きで俺が納得するもんか。

 

 「智歩ちゃん。どこかにメディカルキットはないか?」

 

 「メディカルキットですか? 待ってて下さい。すぐ持って来ます」

 

 智歩ちゃんがメディカルキットを探しに行くと、俺のテーザーレールガンを取り出し、バッテリーの機能を含んだ弾倉を取り除いた。既に装填されている弾丸は何もない明後日の方に撃って無くす。

 銃としての機能を無くしたテーザーレールガンは、トリガーを引いて空撃ちを続けていると高圧の電気でレール部が高熱を纏い、仄かに赤くなる。

 それを、俺の左目に近づける。

 

 (……痛えだろうな……)

 

 いや絶対に痛い。生きてても頭をやられるかもしれないし、どこかが動かなくなったりするかもしれない。だけどこれしか方法がないし、時間もない。

 それに、こんなところを智歩ちゃんには見せたくない。

 帰ってきて倒れているところを見るのもショッキングなものだが、少なくとも俺が自傷をする瞬間を生で見るよりは良いかもしれない。

 レール部が赤くなり、迸る電気が鳴いている。

 静かに息を吐いて気を休める。

 肩の力が抜かれ、少しだけ心が軽くなった。

 

 「……悪いな、相棒」

 

 右目だけ閉じながら、意を決して一気に俺の左目に押し付けた。

 瞬時に左目から刺すような痛みが広がる。

 加えて高圧の電気も一緒に流れてくるから、頭部が重みのある衝撃で激しく揺れる。

 正直、俺の奇病が発症しているときの方がマシだと感じるほどだ。

 死ぬほど痛いっていうのは こういうことを言うんだ ろうな。

 だけど離しては いけな い。

 確 実にこの目 を こ わす た め

 

 ※

 

 「━━さん! 瑞風さん! 起きて! 起きて下さい! お願いですから起きて!」

 

 気がついたとき、俺はいつの間にか仰向けで倒れていた。

 痛みはなかった。ただし体が俺の意識と関係なく痙攣していて、顔の左部分は特に激しいのは分かる。

 

 「イヤだイヤだ! 死んじゃイヤ! 起きて! 起きて瑞風さん!」

 

 意識はしっかりとしている。

 視界はおぼろげだが少しづつ元に戻ってきている。

 ただ、左目は完全に見えなくなっている。

 どうなっているのかは鏡を見なきゃ分からんが、きっと酷い有様だろう。

 ひどく痙攣しているが四肢の感覚は隅々まであるし、他の五感も機能している。

 震える手で智歩ちゃんの頬に触れる。

 視界が定まってくると、智歩ちゃんは文字通り目一杯に大粒の涙を流していた。

 

 「すまん、な。心配かけて」

 

 「本当ですよ! どうしてこんなことを!? もっと他の手段があったはずですよ!」

 

 「こうでもしないと治らないからだ。それに、俺の目一個で済むんだから安いもんだ」

 

 言うと智歩ちゃんは「バカぁ!」と言って、わあわあと号泣した。

 痙攣が少しづつ治まりつつある手で頭を撫でる。触り心地のいいサラサラな髪だ。

 傍を見やると、メディカルキットから即効性のある鎮痛剤に治癒剤のパックが転がっていた。

 パニックになりながらも、どれを投薬すればいいか考えて選んだのだろう。

 

 「さぁ、泣くのは後だ。奴の空母に行こう。智歩ちゃん、阿頼耶を起動してくれるか?」

 

 「それどころじゃないですよ! それに戻ったところで、アイツに勝ち目なんかあるんですか?!」

 

 当たり前なことだが、しかし痛いところを突いてくる。

 結論から言うと勝ち目は非常に低い。

 弱点の目星があるとはいえ、相手はライフコードの産物を手にした化け物。対してこちらは普通の人間だ。

 

 「あるにはある。確率は低いけど」

 

 「それじゃあ勝ち目なんか無いようなものじゃないですか! 阿頼耶を使って、アイツの空母を乗っ取りましょう。そうすればいくらアイツでも」

 

 「そうしたら美樹と子供たちがヤバくなる。空母が動けなくなったらアイツが腹いせに何をするかなんて、智歩ちゃんなら分かるだろ?」


 「ですけど、低い確率に挑むなんて無謀ですよ。やらない方がマシじゃないですか!」

  

 「それは違うぞ智歩ちゃん。挑まなければ百パーセントだろうが一パーセントだろうが、可能性は等しくゼロになる。可能性が一パーセントもあるなら、それに挑むには十分な理由だ」

 

 智歩ちゃんは理解に苦しんでいた。理解したくないというのもあるだろう。

 外した弾倉を再装填し、愛車に目を向ける。

 相棒に愛車といい、物には命がないとはいえ酷使し過ぎたなと改めて実感してしまう。

 

 「それに……やってみたら案外どうにかなった、なんてこともこれまで沢山あった。説教臭いことだがな、智歩ちゃん。

 やる前から結果は出さないし言わないことだ。やってから結果を言うんだ。いいね?」

 

 むーっとした泣き顔で、智歩ちゃんが睨んでくる。睨んできているのにどこか可愛げのある顔だ。

 

 「瑞風さんはバカです。大バカさんです。こんなのじゃママが振り回されて大変ですよ!」

 

 「……そうだな。でもそうしてでても、美樹を助けたい。子供たちも皆んな、生きて新しい日を迎えさせたいんだ」

 

 「じゃあ瑞風さん、絶対にアイツに勝つって約束して下さい。

 私はカルジェスなんか大嫌いです。ですが瑞風さんやママが傷つくのは、もっと嫌です! だから、絶対に生きて勝って下さいよ! じゃなかったら私は……!」

 

 接して来た時間はお世辞でも多いとはいえないにも関わらず、智歩ちゃんの口からこうも言われると胸の奥でジワリと嬉しさがにじむ。

 同時に、この思いに応えなければとも思った。

 智歩ちゃんの髪をもう一度撫でる。

 一つしかない目に大粒の涙を浮かべながらも、智歩ちゃんは真っすぐに俺を見ている。

 そうして智歩ちゃんに、俺が考えた策を伝えた。

 チャンスは一度きり。もう次はない。

 

 ※

 

 格納庫のドアを正面に見据えて、愛車が唸り声を上げる。

 阿頼耶に乗っ取られた船外カメラには、しっかりとカルジェスの空母と並走しているところを映していた。

 

 「よし、いいぞ智歩ちゃん。開けてくれ」

 

 言うと智歩ちゃんは手早く操作して、この空母とカルジェスの空母。二つの格納庫の扉を開けた。

 向こうも気づいたらしく、今頃になってようやく空母を離そうとしている。 

 すると智歩ちゃんの手が、シフトレバーに添えている俺の手の上に乗せてきた。

 

 「み、瑞風さん……。本当に大丈夫なんですよね? ここで失敗したら……策も何もないですよ?」

 

 「信じろ」

 

 何故かは分からんが、とにかく絶対に出来るという根拠の無い自信が俺の全身を満たしている。失敗するかもという恐怖や不安は、一切ない。

 アクセルを踏み、愛車が爆進する。

 離れていく空母目掛けて車が宇宙へと飛び出した。

 乗っていると分かるが、空母の離れていく速度と車の近づく速さにはズレがある。つまり、今のスピードでは間に合わないということだ。

 それならばこっちにも手段がある。

 メインドライブから、サブドライブに素早く切り替え、残ったガソリンを使う。

 

 「行くぞ、NEXA(ネーザ)

 

 残ったガソリンを使い、マフラーから最後の火が爆ぜる。

 車体が一気に加速し、カルジェスの空母へと吸い込まれていった。

 

 「智歩ちゃん、空母の扉を閉めるんだ!」

 

 叫び、急いでブレーキをかけようとするが、ブレーキがきかない。

 壁にぶつかる直前、運転席側を迫り来る壁の方へと向けるようにハンドルを切る。

 直後に側面から衝撃。痛いけど腕は動くし、目を潰したときの痛みに比べればなんてことはない。

 智歩ちゃんの無事を確かめて外へ出る。

 コントロールルームには、俺を忌々しげに見ているカルジェスがいた。

 

 「よう。クソ野郎。戻って来たぞ」

惑星レーテー避難用空母 ボイスログ ≪月 〆日 ◉曜日 ●時 ●●分 ●●秒 記録


「こちらはサブキャプテン、トーマス・ベイカーだ。繰り返す。こちらはサブキャプテン、トーマス・ベイカー。キャプテン不在により、離発着コロニーへオーダーを代わって出す。着陸はキャンセルだ。繰り返す。着陸はキャンセルだ! 今すぐ離発着誘導のグラビティービームアンカーを解除せよ。繰り返す。離発着誘導のグラビティービームアンカーを解除せよ!」


『こちら惑星レーテー、離発着コロニー。マスター不在のためAIが代替え担当いたします。そちら側のオーダーについては、いかなるキャンセルも無効とのマスターオーダーが出されているため、グラビティービームアンカー解除の要請は受け付けません』


「なんだと? そんなマスターオーダー、誰が出した!?」


『マスターオーダーの権限は、全てキム・カルジェス氏が受け持っています。キム・カルジェス氏にコードを繋ぎますか?』


「カルジェス……! 貴様……。これが貴様の答えか! クソッ、急いでカルジェスに繋げ!」


『━━キム・カルジェス氏に接続しましたが、応答がありません』


「カルジェスッ!」


『着陸準備が完了。コロニーへの自動誘導を開始します』


「おい、やめろ! 自動誘導を解除しろ! 操作を停止するんだ!」


『操作停止命令については、マスターオーダーにより無効といたします』


「やめろ! やめるんだ!!」


『離発着コロニー、受け入れ準備完了。ようこそ そして おかえりなさい 我らが家族よ』

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