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Live and Die

 一通りの攻撃を終えたカルジェスは、壁に寄りかかりながら倒れた瑞風を満足げに見下ろしていた。

 とどめの一撃を放とうとカルジェスが拳を引くと、美樹が庇うように前へ躍り出る。

 

 「……なんの真似だ」

 

 全身で大の字を表すように瑞風を庇う美樹は見て分かるほどに震え、涙目になりながらもカルジェスを見据える。

 その意思だけは絶対に折れないと言わんばかりに。

 

 「み、瑞風くんに……手を出さないで……!」

 

 「夫の私よりも他の男を選ぶか。浮気性の根暗女め」

 

 カルジェスが美樹を軽く(はた)く。

 軽くといっても変態した腕で叩くのだから、美樹の体が一メートルほど吹っ飛ぶほどの威力だ。

 しかし吹っ飛ばされてもなお、美樹は瑞風の前へと出て彼を庇う。

 するとカルジェスは、よからぬことを思いついたようにほくそ笑む。

 

 「そこまでするなら、こっちにも考えがあるぞ」

 

 言うとカルジェスは美樹の体を軽々と掴み、格納庫のコントロールルームへと向かう。

 意図が読めない子供たちは身を寄せ合って一か所に固まっていたが、カルジェスが「さっさと来い」と怒鳴った。

 

 「死にたいなら望み通りにしてやる。嫌ならさっさと動けグズども!」

 

 言われるがままに、子供たちはカルジェスの後について行く。

 掴まれている美樹は離れていく瑞風に悲痛な表情を向けていたが、空母のメインデッキにいる智歩の姿を見て息を止めた。

 

 (智歩? どうしてそこに?)

 

 智歩が美樹の姿に気づいて見返すと、小さく頷いて物陰へと隠れていった。

 それを見た美樹は咄嗟にバイオコンピューターを起動させ、手慣れた操作をするとすぐさまコンピューターを切った。

 コントロールルームに全員が入ると、カルジェスの体は物理法則や質量保存の法則などが存在しないかのように、スムーズに元の姿へと戻った。

 

 「おい……これから何をしようってんだ……」

  

 G−05が声を震わせつつもカルジェスを睨んで言うと、カルジェスは「見て分からんのか」と吐き捨てるように返す。

 

 「積荷もお前らも回収した。後は不要なものを捨てるだけだ」

 

 カルジェスが手を伸ばした先には、搬入物を射出するボタン。

 何をしようとしているのかを察した美樹がギョッとしながらカルジェスの手を掴んで止めようとした。

 しかしカルジェスは、何の躊躇いもなく美樹の顔を殴りつける。

 今にも泣き出しそうな美樹は、バイオコンピューターを起動させた。

 

 「阿頼耶(アラヤ)を使えば、この子供たちがどうなるか分かってるのか?」

 

 カルジェスはいつの間にか子供の一人を、肥大化した手で掴んでいた。

 しかもその子供は、よりにもよって子供たちの中で一番幼い、まだ小学一年ほどの単眼の少女だった。

 少女は苦しそうに呻いている。そんなものを見せられては、美樹もたまらずに動きを止めてしまう。

 

 「下らんマネをすればどうなるか。そんなことさえ分からんバカだったか? 今すぐに阿頼耶を止めろ。そして私が言うまで電源を切れ」

 

 美樹がチラリと壁を隔てた先にある空母と瑞風を見る。

 頭を下げ、願を懸けるように強く目を瞑ると、美樹は画面を消した。

 

 「ちゃんと切ったか?」

 

 「……み、見た……と、通りよ」

 

「切ったか、と聞いているんだ。電源を切ったか切ってないかのどっちかで答えろ!」

 

 「……切ったよ」

 

 カルジェスが「話の分からんバカめ」と吐き捨てると、掴んでいた少女を勢いよく投げ飛ばした。

 寄り添っていく子供たちを尻目に、カルジェスは鼻で笑う。


 「つくづく貴様は、私を苛立たせるのが得意だと感じるな。

 お前の存在意義は、阿頼耶と、国際宇宙連盟がこれまで記した情報が入った『鍵』だけだ。それが無ければ望み通り殺してやるところなんだぞ」

 

 臆気もなく堂々と美樹を嫌うばかりでは足らず、美樹の持つ物こそが重要だと言い切るカルジェスに、美樹が心底うんざりした顔で俯く。

 

 「それならいっそ殺した方がいいじゃない。……わ、私はもう、貴方なんか大嫌いなんだから」

 

 「……ほう、一丁前な返をするじゃないか。お前、『まさかあんなことをするわけがない』と思って私を驕っているんじゃあないか?」

   

 言うとカルジェスはひどく醜い笑みを浮かべながら、搬出ボタンをこれ見よがしに押した。

 

 「ゴミは私の空母にはいらん」

 

 ゲートが開くと、未だ意識を失っている瑞風はあっという間に宇宙空間へと吸い出され、瑞風たちが乗ってきた空母も後を追うように外へと射出された。

 全ての表情が消え、慟哭にも似た叫びを美樹が上げる。

 それをカルジェスは満足げに見下ろしている。してやったりという言葉が寸分の狂いなく当てはまるくらいに。

 

 「さぁ、これで用意は整った。マスターオーダーだ! ワープの準備を始めろ。どれくらいの時間を要する?」

 

 カルジェスがシステムに問いかけると、デッキのホログラムに計算中の表示が浮かぶ。

 

 『ワープ準備を開始します。全準備完了まで五分かかります』

 

 システムが告げた内容に、今すぐのワープが出来ると思ったカルジェスは若干の苛立ちを顔に出したが、些事と捉えて鼻で笑い流した。

 何もなくなった格納庫がワープの準備に入るためにゲートを閉じようとしたとき、宇宙に放り出された空母が予期せぬ動きを見せた。

 空母の作業用アームが展開し、放り出された瑞風を器用に掴んで空母の中へと収めたのだ。

 

 「あの空母には誰もいないはず。おい美樹、誰があそこに乗っている」

 

 美樹は、答えなかった。

 知らないとも分からないとも言わず、ただ黙っていた。

 カルジェスががなり声を上げて脅してきても、美樹は口を割らなかった。

 

 「いよいよ仕置きが必要なようだな根暗女め。……まぁいい。どうせアレに乗っているのは子供だろう。適当に動かして操縦できるものか、バカめ」

 

 「……なんで、あんな酷いことが出来るの? それが人間のすることなの?」

 

 「私が不快だからだ。嫌いなものが焼かれるのは爽快に決まってるだろう」

 

 「そんな一個人の感情であんなことが出来るの? おかしいよ。エゴにもほどがあるでしょう」

 

 「グダグダ言うな。お前は私の言うことさえ聞けばいい。それ以外の言うことは無視しろ。私は、私こそが百パーセント正義であり、他のいうことは百パーセント悪だからな」

 

 それを聞いた美樹はとうとう堪忍袋の尾が切れたか鋭い視線を向け、震えながらカルジェスに向き合った。

 カルジェスが「なんだその目は」と怒鳴り散らすも、美樹はおもむろに立ち上がって決して引こうとはしない。

 

 「お前、まさか私とやるつもりか」

 

 「……そうよ。わ、私だって戦える……。い、いつまでも、さ、されるがままの、弱い人間じゃ、ないんだから!」

 

 ボクシングのような構えをとる美樹の震えは、ますます大きくなっていく。

 それでも彼女の目には闘志の火が燃え盛っている。

 

 「笑えるくらいのバカだなお前は。なんの武器もないお前が? 私に挑む? 何を言ってるのか分かっているのか?」

 

 「ええ分かっているわ。だ、だけどね……瑞風くんだって、決して強いわけじゃないのに、今日まで頑張って戦ってきた。

 わ、私だって、いつまでも引きこもってばかりじゃ、いけないの! 私だって、できるんだから!」

 

 美樹は大声で叫びながらカルジェスに向かい、両手を使いながら全力で殴りつけた。

 が、その攻撃は全くといっていいほど効いていない。

 腕力も体力もない美樹の攻撃は、正しくどこ吹く風というものだった。

 払うように引っ叩いて攻撃の手を止めさせると、お返しと言わんばかりに髪を鷲掴み、膝で蹴る殴るの暴行を始めた。

 しかし美樹も負けてはいない。

 蹴る殴るの応酬を受けているにも関わらず、割り込むように爪を立ててカルジェスの顔に食い込ませ、強引に引っ掻いた。

 

 「このメスガキ!」

 

 顔に血を伝わせながら激昂したカルジェスが能力を使って体を変態させる。

 感情のままに殴りかかろうとすると、背後からG−05が飛び蹴りを勢いよくかました。

 カルジェスは全く意に介していないが、背中に素早くよじ登ると、顔を集中的に殴りつけていく。

 

 「女の人に手を出してんじゃねえ、この畜生が! いい加減にしやがれってんだ!」

 

 カルジェスが大きく身をよじらせてG−05を振り解こうとするも、彼は髪を掴んで必死に落ちないようにしていた。

 そこに美樹が走りながらカルジェスの腹部にパンチを当て、そこから再び殴る蹴るの攻撃を浴びせていく。

 

 「……鬱陶しいぞゴミクズどもが!」

 

 カルジェスはまず頭に引っ付いていたG−05を掴むと勢いよく床に叩きつけ、次いで壁へと投げ飛ばした。

 壁がへこむほどの勢いで投げられたG−05は、もはや立つことさえ出来ないように悲痛な呻き声を上げている。

 次にカルジェスは、美樹を変態した腕で殴りつけた。

 ただ殴るだけでは飽き足らず、仕返しと言わんばかりに執拗に殴り、蹴り、踏みつけていく。

 

 「私が貴様を(めと)ってやったというのに、貴様はそうやって恩を仇で返しやがって!」

 

 頭に血が上ったカルジェスは、抵抗すら出来ない状態になった美樹をなおも殴る。自分に溜まったストレスや鬱憤を晴らしていくように。

 やがて一通り攻撃を済ませると美樹は虫の息になりかけていて、目からは光が消えかけていた。

 そこで我に帰ったカルジェスは、このままでは阿頼耶も鍵も失うと察したか、子供たちにメディカルキットを持ってくるように命令した。

 

 「早く持ってこい! キットを運ぶことすら出来んのかガキども!」

 

 怯えながらキットを持ってきた子供から強引に取り上げると、即効性のある治癒剤と気つけ薬を注入した。

 投薬されて少し経つと、美樹は大きく息を吸い込んだ後激しく咳き込んだ。

 

 「そうだ、死なれては困るんだ。……いや、違うな。美樹、阿頼耶を再起動させて鍵ごと私に寄越せ。そうすれば心置き無く殺してやる」

 

 呻く美樹を無視して、カルジェスはバイオコンピューターを無理やり起動させようとする。

 

 『ワープ開始まで、残り二分』

 

 「早く寄越せ! また殴られたいのか!」

 

 「……は……いよ」

 

 「何? なんだ。何を言っているはっきり言え!」

 

 「ここには、ないよ」

 

 カルジェスの顔から表情が一瞬で消える。

 蒼白な顔で「嘘をつくな」とがなり立てるも、美樹自身の手で起動して出てきた画面には梵字一文字すら出ない、真っ黒な画面しか映らなかった。

 こればかりはカルジェスにとって、致命的な問題だった。

 何故ならば、国際宇宙連盟が血眼になって奪取しようとする鍵は、阿頼耶とセットになって初めて効果を成すからだ。

 鍵単体だけでは、単純にそれを持っている本人さえ無力化すれば呆気なく連盟に取り返されてしまうし、持っているだけで自分はここにいるぞと居場所を吹聴するような自殺行為に他ならない。

 ところが、ここに阿頼耶が加わると話は激変する。

 宇宙に存在するネットワークシステムやプログラムを全て支配出来る阿頼耶があれば、相手は文字通り何も出来なくなる。

 宇宙に名を馳せる最強ハッカーが結託して作り上げた、破壊困難な特殊プログラムだろうと。

 秒単位で更新していく最新にして最高ランクのセキュリティーシステムだろうと、阿頼耶の前では等しく無意味。

 逆にシステムを乗っ取り、所有者のコンピューターを根こそぎ破壊して阻止不可能の爆発的感染を行う、ウイルスへと変貌させる悪夢を作り出せる。

 故に阿頼耶がある以上、生身の人間が物理的な手段で挑まない限り相手は初めから詰みの状態に陥るのだ。

 しかしその阿頼耶が今、どこにもない。

 カルジェスはあっという間に焦燥に駆られて、美樹を激しく揺さぶる。

 

 「……言え! 今すぐに! どこにやった!」

 

 美樹の口角が釣り上がる。

 逆上したカルジェスが拳を振り上げようとしたとき、彼の脳裏に電流が走った。

 どこの誰が、阿頼耶を持っているのか。

 それはもう既にカルジェス自身が目の当たりにしていて、よくよく考えれば誰でもすぐに気がつくことだった。

 空母に対する知識のない智歩(にんげん)が、どうやって作業用アームを操れるだろうか?

 しかも、外に放り出されている人間を一回のミスもせず適格に掴み、空母内に収納できる技術を、知識のない人間がどうして出来るだろうか。

 

 『空母状態、オールグリーン。空母燃料、問題なし。ワープゾーン、形成完了。ワープ開始三十秒前』

 

 「キャンセルだ! ワープをキャンセルしろ! マスターオーダー! ワープをキャンセルしろ!」

 

 高い音階になって稼働していたモーター音が失速し、窓の外で迸っていた光が消えていく。

 

 『マスターオーダーによるキャンセルを確認。全工程キャンセル完了。次回のワープは一時間後に可能となります』

 

 してやられた。そうカルジェスが思った矢先、何もしていないにも関わらず格納庫の扉が勝手に開いてゆくのをカルジェスは見た。

 扉の先には、漂流したはずの空母がピッタリと並走している。

 しかし船と船を結ぶ乗員移動用の橋はない。

 すると空母側の格納庫扉が、ゆっくりと開いていった。

 その先には、煌々とライトを照らしている瑞風の愛車『NEXA(ネーザ)』が、カルジェスを睨んでいるかのように正面を向いていた。

 

 「瑞風……! メインブースターを全開にして並走している空母から離れろ!」

 

 カルジェスの命令を聞いたシステムが、ブースターを焚かせて瑞風の乗っている空母から離れていく。

 真空状態になった世界でNEXAが勢いよく走り出すと、マフラーが瞬間的な爆発を起こした。

 勢いをつけた車は、吸い込まれるようにカルジェスの空母へと飛び移ると、ブレーキが効かないので壁にぶつかってようやく止まった。

ドクターログ No.39987 記入者:マチザワ コウキ


記入日 ▼月 ◉日 *曜日


【← 前へ】


今にして思えば、この時点で私は確信を持ってレーテーの方へと警告を出すべきだった。

しかしそう思ったときには、先述の不安は現実のものとなってしまった。

レーテーの方でツノが生えた二足歩行のサメみたいな怪獣が住居コロニーを蹂躙している映像を見たとき、私は先に研究していたあのカブトムシのような生き物が、彼らの星を監視している雑兵のような役割を持った存在なのだと確信した。

恐らくだが、あの怪獣はカブトムシのような生き物の成体であり、性質や生態はそのまま受け継がれていると思われる。

つまりあの生き物は、我々人類の叡智である兵器には当たり前のように耐え、角からは若個体を遥かに超える電気弾を放ち、例え倒されても自分の体から自分と同じ若個体を即座に産み出して、半分は成長のために退避するだろうが、もう半分ないしそれ以上は戦線に復帰する半分不死の生き物だということだ。


この空母には武器と呼べる武器なんか無い。当然だ。避難用として設計された空母なのだ。精々小惑星を退かすためのビームバルカンが数丁ほど。加えてコレらの予備弾薬はほとんどない。

レーテーの周りで連盟に助けを求めるのも、結論から言えば無理だろう。

空母の燃料は往復分しか補充してないし、必要最低限のエネルギーを残しつつ残りのエネルギーを生命活動維持装置や通信整備に回しても、保って一週間だろう。連盟に助けを求めて彼らがくるときには、我々は物言わぬ体に例外無くなっている。


……そして非常に遺憾ではあるが、つい先ほどこの空母のキャプテンが自殺したとの報告が出た。変えることの出来ない現実に壊れたのだろう。

サブキャプテンが必死になって操縦をしているが、私の考えた推測に彼もいずれ気づく。

船内ではあちこちで暴動が起きている。ドクター・マルコスが先ほど暴漢に襲われ死亡した。

今更足掻いたところでどうにもならん。ここで死ぬか、あの惑星で死ぬかのどちらかしかないのだしな。

しかし、私もやはり、こんな形での幕引きは無念ではある。

もし神が本当にいるんだとしたら、次は……そうだな。次は普通の凡人になって、一生を全うしたい。

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