Memories of Night
追憶
懸念していたことがあった。
一つは、単純に武力の差が大きいだろうということだ。
俺たちが乗ってきた空母の数百倍はあろうかという超大規模な空母なのだから、乗っている兵隊や装備の数に質、どれを取っても敵う相手じゃないのは明白だ。
『阿頼耶』で空母のシステムを乗っ取れても、人間の兵士たちがなだれ込んできたら一巻の終りだ。
もう一つは、こちらの方は子供が大半だということ。
数にすれば四十人前後。美樹を除いて皆が皆非力な子供で、ついさっきまで大人の一方的な躾を受けさせられていた。
今日まで散々な人生を歩んできて、ようやく希望が灯った矢先に全滅してしまったら、何のためにここまで来たのかということになる。最も、さっきの通信が引っかかるが……。
それとは別に、子供たちはさっきから何かを警戒してか、俺の周りから離れようとしない。
そしてそれは間違いじゃなかった。
これほど巨大な空母であるにも関わらず、搭乗しているのはカルジェスだけだったのだ。
監視ドローンだって飛ばせる広さなのに、ドローンもロボット兵も一体もいない。
どう考えても不自然だ。明らかに何かがある。
「美樹に……うん、多過ぎず少な過ぎない丁度いい数だ、悪くない。必要な積荷も回収出来たし、後は無用なものを切り捨てるだけだな」
無用なものとは言うまでもなく俺のことだろう。
しかし味方一人いないってのに、不気味なくらいに不敵なことを言う。が、それに圧されていてはヤツの思う壺だ。
「おっと、阿頼耶を使うなんて考えるなよ美樹。使ったらお前の大事な大事なお友達が大変なことになるし、しっかりと後で説教をしなくてはならないからな」
「兵士一人といないってのに随分と自信ありげだな、お前」
「あぁそうとも。むしろ兵士なんて邪魔なだけだ。私の、これからの人生には無用の長物さ。必要なのはお前という亡霊を除いた、そこの美樹と奇形どもだけだ」
「いい加減にしろよお前。それと俺は亡霊じゃない。そもそも亡霊ってのはどういう意味だ」
するとカルジェスは、余裕を持って鼻で笑った。
絶対的な自信を纏った態度は、さっきの不敬な言葉も相まって余計に腹立たしい。
「亡霊は亡霊だ。『エンディングシリーズ』を見逃したというなら、単純にお前が情報収集に疎いだけ。見たというなら……非常に遺憾ではあるが、お前は運がいいのだなと言うだけだ」
カルジェスの手元にデスクトップ大のホログラムが出ると、何やら操作を始めた。
そうしてデッキスクリーンに映されたのは、忘れもしない映像だった。
俺の家で、そしてついさっきビルの頂上部で映されていた、子供が描いたような人と人が手を繋いでいるアニメだった。
奴が言ったエンディングシリーズという言葉。そしてこのアニメ。なるほど、何ともクソッタレな事実を見せてくれるな。
「……お前が、あのガスを漏らしたのか」
「だが警告はしたぞ? このようにな」
「何の説明もしなかったくせによく言えるな。それに、星中の建物の最高権限を奪ったのもお前だな? 建物から出られないようにしたのも、全部口封じのためか」
「それは想像力が足りない上に、機械を過信し過ぎた人類の末路に過ぎない。それでこの話は終わり。私は何も悪くない」
「クソみたいな屁理屈を言うな! それが一国の総主が言う言葉か?!」
カルジェスが喧しい奴を相手をしているかのように、薄笑いをして肩を竦めた。コイツ、どれだけ人を見下しているんだ?
「本当に鬱陶しくてうるさい亡霊だ。だがお前は、私にとって色々と計算外な存在であった。こんなことになるなら、先にお前をレーテーに送っていればよかったと後悔してはいるな」
……なに?
思考が一瞬だけ途絶する。
そしてさっきの通信とコイツが今言った言葉で、俺の中にあった点と点がガッチリと音を立てて結合した。
同時に、俺の中で激しい拒絶反応が爆発する。
自分の中で導き出された答えと、そんなはずはないという否定が、無駄だと分かっていても拮抗している。
「……お前。その言い方、どういう意味だ」
「うん? 分からないのか。まぁいい。亡霊のお前には答えを見せてやらなければな」
再びカルジェスが手元のホログラムを操作すると、人が手を繋いでいる映像から、どこかの誰かが撮影したと思われる画面が映された。
点在している森から土煙を上げて、先ほど通信で見た三つの角を生やした巨大なサメの怪獣が、咆哮を上げてあちこちで目覚めている。
撮影者がパニックになりながらも、撮影を続ける様が生々しい。
怪獣はおおよそでも、軽く五十メートルはあるほどに巨大だ。
そんな怪獣に人々は抵抗すらままならず蹂躙されていき、強固な建物は積み木を崩すように呆気なく壊されていく。
撮影者が背後の怪獣を映しながら走っていると、突然映像が背後から前へと移った。
コロニーの壁をブチ破りながら怪獣が出てきて、三つの角から青白い光線をこちらに向かって放ち、映像は終了した。
「これが答えだ。そもそもレーテーでカブトムシに似た生き物が見つかったと報告が挙がった時点で、私はあの星に人智を超える生物がいると予想していた。
我々人類もそうであるように、他所から来た存在をあのモンスターが排除しようとするのは分かりきっている。
そんなハイリスクが予見されているところに避難するなんて、自殺行為もいいところだろう?」
「お前がレーテーを、安全な避難先に指定したんじゃないか……。なのにお前は……何も言わなかった。俺たちの星にいた人々を、見殺しにしたんじゃないか!」
「安全なんてこの宇宙で最初から存在しないし、人類が宇宙に出た時点で常識が通用しない覚悟をしなければならないことを何億回教えたら、お前たちは理解できるのかな?
一冊でも本を読んで学んでみようと思わないのかね? お前たちはそんなにバカをアピールしたいのか? やれやれ」
救い難い怒りより、俺の中で灯っていた希望が一瞬のうちにかき消され、俺の心がズタズタに引き千切られていく。
コイツ一人の自己中心的な考えによって、人類史上最悪の犠牲が出た。
あの星に逃げた人々は皆んな死んだ。
つまり俺の家族も、もうこの世にいない。
俺が毎日を生きる糧としていた夢は、遂に実現することなく夢となって消えた。
凄惨な悪夢によって奪われた、哀れな名も無き犠牲者の一人として、後の世には語られる。
身の丈を超える絶望が、俺をあっという間に飲み込んでいく。
「おい瑞風。コイツを一緒にぶっ殺そう。コイツは、自分が間違っているとは微塵にも思ってねえドス黒い悪だ。生かしてはおけねえ。テメエも、そこまでペラペラ喋って余裕じゃあねえか。戦える奴は瑞風だけじゃねえんだぜ?」
G−05が俺の前に闘志を漲らせて立っている。
俺も奮起して並ばなければならないのに、のしかかってくる現実がそれを阻む。これが夢であったなら、どれだけ幸せなことか。
「ああ余裕だとも。何故私がここまで開けっ広げに全てを話すと思う? それは絶対に私が勝てる自信があるからだ。百の兵に勝るこの力さえあれば、お前たちなぞ塵芥に過ぎん」
そう言うとカルジェスは両手をおもむろに開いて「見るがいい」と言った。
木を折るような音が断続的に鳴り続け、カルジェスの両腕が見る見るうちに肥大化していく。
それに伴って、カルジェスの体もバランスを整えるように少しづつ肥大していく。
人一人分あろうほどに肥大し、黒々とした筋肉質の両腕には獣のような鋭い爪が生えている。
鎖骨周りから下の体が銅のようなものに変質し、元の体から一回り大柄になった体は鎖骨から上の部分は変わっていないがために異質さを際立たせていた。
「見ろ! これこそが、ライフコードの研究の成果! ライフコードという技術の結晶! 私は人類史上最初の能力者となったのだ!」
俺も、美樹も智歩ちゃんも、子供たちも。
皆、恐れよりも哀れなものを見るような目となった。これが人の道を外れるということか、と。
単眼の子供たちを奇形と罵っている本人の姿が一番の奇形であるという皮肉に、奴は気づいていないだろう。
「外道に相応しい姿だな。皆んな、こっから離れるんだ」
「は、離れるって……? み、瑞風くん、何をするの?」
「戦うんだよ。少なくとも不死身の化け物ではないはずだ」
「バカかアンタ。あんな化け物相手にそんな銃で勝てると思ってんのか?」
そうだ。G−05の言う通りだ。
勝ち目なんか無いに等しい。
それでも戦ってやる。
コイツは美樹に智歩ちゃん。
G−05を含めた単眼の子供たちの尊厳と命を愚弄してきた。
そこに俺の家族を殺されたときた。
到底許せる話じゃない。無駄だと分かっていても、諦めたくない。
「あぁそうだ。勝てる可能性は限りなく低い。勝てないかもしれないなんて、自分が一番分かってる。だけどな、G-05。無理だと分かっても挑まなければならないときがあるんだ。それが、今なんだ。俺は挑まずに諦める負け犬にだけは、なりたくない」
テーザーレールガンを抜き、奴の胴体に二発撃ち込む。
図体がデカければ機動力は落ちる。昔も今も変わらない法則だ。
しかし奴は避けなかった。見てから避けられるものではないにしても、それがなんだと言わんばかりに堂々としながら被弾した。
最高電圧の弾だ。
普通の人なら感電死が約束されたものを二発も食らったのに、奴は全く動じていない。
だが、ダメなのはハナから分かっている。
重要なのは、どこに弱点があるのかを見極めることだ。
当たった場所は胴体。ここはもう無意味だと分かった。両腕は言わずもがなだろう。
そうなると一番攻撃が通るかもしれない場所は、変化していない鎖骨周りから上。
頭部の辺りなら、可能性があるはずだ。
狙いを変えて銃口を奴の胸部の辺りを狙った。
そのときだった。
カルジェスが右手を振り上げて、なぎ払うように振り回した瞬間、奴の腕が伸びた。
五、六メートルの距離を埋める不意の一撃。
避ける暇もなく奴の極太の腕が俺の体に直撃する。
抉るように体を突き抜ける重々しい衝撃。
少し遅れて耳に届く低音。
五臓がまとめて押され、吐き気が込み上げてくる。
俺の意思とは無関係に、面白いくらいに体が吹っ飛び、硬い壁にぶつかってようやく勢いが止まった。
前面と後面からの鈍痛が俺の動きを封じる。
やっとの思いで顔を上げると、得意げにほくそ笑むカルジェスがこっちに歩いてきている。
テーザーレールガンを撃とうとしたが、床ごとすくい上げるように手を振り上げられ、俺の体が軽々と宙に飛ばされたのが分かった。
痛みは無かった。
痛覚が早くもイカれたのかと思ったがそんなことはなく、上半身がもがれるような鋭い痛みが遅れてやって来た。
これだけでも最悪なのに、タイミングを見計らったように最悪が重なった。
モノクルが取れたのだ。
冷たい床に俺の身が叩きつけられた後、離れた所に軽い音が鳴ったのは分かった。
問題はどこに落ちたのかが分からないことだ。
探したいと思ったが、もう遅かった。
モノクルに封印されていた症状が目を覚まし、視界が乱れて歪んでいく。
内側から頭蓋骨がこじ開けられるような痛みで何もかもが上書きされ、何も考えられなくなってしまう。
「探し物はコレかな? 随分とお洒落なモノクルだな」
すぐそばでモノクルが落ち、踏み潰された音が耳に届いた。
アレが壊れたらどうにもならん。
さっきまであれほど諦めるものかと意気込んでいたのに、モノクルが割れる音を聞いた途端に焦燥と諦めが一気に胸中を駆け巡っていく。
「うん? どうした、もうお終いか? 私はまだ本気にすらなっていないんだが?」
そりゃ、そんな能力があれば本気になる必要もないだろう。
痛みを強引に抑えて立ち向かうが、目の前に広がる視界は赤青緑の激しい明滅と、止まることのない大きな歪みのせいで何がどうなっているのかさえ分からない。
ダメ元でテーザーレールガンを前へと向けると、腹部に重く刺すような痛みが走った。
さっきG−05から食らったヤツとは比較にならない一撃。
耐えられなくなった五臓が中のものを逆流させて、鉄のような味が伝わった次には、盛大に体内に収めていたブツを吐き出していた。
「これで終わりだと思うか? お前には散々舐められて来たんだ。その借りは返させてもらおうか」
矢継ぎ早に来る拳のラッシュ。
文字通りの、サンドバッグ状態だ。
抵抗をしなければ ならないってのに。
体は 攻撃のまえに 動くこ とすら し ない。
目 の前が 暗 くな る。
考 え 消え いく。
ドクターログ No.39986 記入者:マチザワ コウキ
記入日 ▼月 ◉日 *曜日
ドクター・マルコスが血相を変えて私のラボに入り、惑星レーテーで見つけたという白いカブトムシのような生き物を私に手渡してくれたとき、私はすでに一抹の不安を覚えていた。
それは未知の生物に対する畏怖や恐怖といった感情などではなく、あの惑星にこの生物以外の何かしらの脅威が潜んでいるのではないかという不安だった。
カブトムシのような生き物は非常に興味深い生態をしていた。
手のひらに収まるほどの大きさでありながら、至近距離で発砲された銃弾さえ意に介さない硬さ。素早い機動力。身の丈を遥かに超える相手にさえ積極的に攻撃を仕掛ける獰猛さ。
何より驚いたのが、この生き物に生えている角の間から瞬間的といえど高圧の電気弾を放てるという生態は、我々学者を大いに驚かせた。
そんな頑丈な生き物も、ラボにあった施術用レーザーカッターで切断したことでようやく息絶えた。
しかしそこでもまた我々は驚かされた。
死んだカブトムシのような生き物の体からアリほどの大きさではあるが、死んだカブトムシと瓜二つの個体が体を食い破って出てきたのだ。
数は百匹にも及ぶ数だったが、生まれたての個体は最初こそ勢いよく飛び出したものの十秒ほど経つとそのまま力なく床に落ちて全部死んだ。どうやら外で活動するには早過ぎたようにも思えた。
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