My Demons
地下六階まで上り、目的地のトンネルまで子供たちの歩調に合わせて進んでいく。
目的地まで歩いている間の子供たちは皆、男女問わず愛車を車内外から目を輝かせて見ている。
特に運転席は、ちょっとしたお祭り騒ぎが起きていた。
それは単純に子供心がくすぐられているのもあるし、さっきの悲劇を忘れようとしているのもあるだろう。
俺が持っているエンジンキーで自動遠隔操作をしているから、運転席で何をしようが操作はできない。
が、子供たちは運転気分を味わおうと、ハンドルを握る順番を争っている。
G-05が他の子供たちをまとめようとリーダーじみた振る舞いをしているが、その本人も運転席の方を気にしていてあんまり説得力がなかった。
単眼の子供といえど、普通の子供と全く変わらない微笑ましい姿だ。だからこそ、この子たちの未来を奪わせるわけにはいかない。
さて、ここで少し説明を挟ませてもらう。
俺たちが向かおうとしているトンネルは、今いる場所の反対側の方にある。
地下七階まで通じるエレベーターは俺たちが乗ってきた一基しかないので、イヤでも地下六階まで上がらなければならない。
ともなれば、先に俺が守衛のロボットを操作して皆殺しにした研究員たちの遺体が、あちこちに転がっているのは言うまでもないことだ。
ところが子供たちは、遺体のすぐそばを通り過ぎても全く意に介していない。
むしろ凄惨な死に方をした遺体を見ると、冷笑したり侮蔑の言葉をボソッと言うくらいだ。
それだけ子供たちには、施設の連中に強い怒りと恨みがあるのだろう。
そうこうしていると、トンネルに続く広間へと着いた。
トンネルの入り口は、重厚で巨大な扉に塞がれている。
防弾どころじゃない。水爆が目の前で爆発しても、傷一つ付かないような扉だ。
しかしそんな扉も、美樹の手にかかればあっさりと開いてしまう。
中は四つの線路を足場にして走る、巨大な列車が静かに佇んでいた。
線路の先は闇に包まれて見えない。
智歩ちゃんに先には何があるのか聞くと、かなり先に終点と思しきホームが見えると言う。
子供たちはもとより、愛車を乗り込ませてもなお余裕の広さの列車は、美樹の操作によってゆっくりと動き出した。
「美樹。空母があるところに人はいるか?」
俺が攻撃したのは施設の中だけ。トンネルの先にある場所には何もしていない。
もし機械兵だけなら美樹の力で無力化できるが、生身の兵士がいたら全部倒すのは困難だ。
「……ううん、誰もいないよ。整備用の機械が数台あるだけだね」
僥倖だ。いよいよこの世界からおさらばすることが出来る。
『美樹。そして瑞風。貴様らは私にとって、最悪の疫病神だったことが分かっていたんだ。お前らを先に始末していれば、こんな事態にはならずに済んだんだ!』
またしても列車のテレビ画面に、キム・カルジェスが割って入ってきた。
当てが外れての逆ギレで、焦りと怒りが滲んだ顔を画面越しから俺たちに向けているのが滑稽だ。
「単にお前が無能だっただけだろ」
『……貴様は本当に逆鱗に触れるのが得意だな。私の邪魔をする貴様は今すぐに排除してやる。元より貴様は本来なら死人なのだ。偶然が二度も続くと思うなよ』
「さっきも言っていたが、俺が死人とはどういう意味だ?」
するとカルジェスは鼻で笑いながら「教える必要はない」と言って通信を切った。
列車は間もなく空母が停まっている区画に到着する。
仄かな暖色の光を灯した作業用の電球が光るホームに到着したとき、トンネル内に金属の留め具が外れるような音と、空気の抜ける音が響いた。
全員がトンネルを見渡していると、トンネルの奥の方で勢いよく麦色の煙が吹き出した。
俺も、美樹も、智歩ちゃんも。その場にいた全員がその正体を瞬時に理解し、背筋の凍りつく感覚が伝心した。
有毒ガスだ。
一ヶ所の噴出が許されると次いで別の所が誘発して噴出し、トンネル内がさながら天井散水のようにあちこちでガスが吹き出してきている。
「美樹! 早く扉を開けてくれ!」
「もうしているよ! ……開いた!」
巨大な金庫扉じみた扉が開くと、その先には小さな宇宙ステーションのような開放感のある空間に、中規模クラスの空母が停まっていた。
角が多いアーチ状の形をした空母は、パッと見て必要最低限の装備は付いているように見える。
美樹によって空母のメインハッチが開くと、先に子供たちを乗せていく。
トンネルとステーションを結ぶ扉の先から、小麦色の有毒ガスが続々となだれ込んでくる。
子供たちと美樹、智歩ちゃんを先に乗せると、俺は乗り込んだ美樹に貨物搬入のハッチを開かせるように言った。NEXAを乗せるためだ。
何故コイツも一緒に乗せるのかといえば、それは単純に愛車への愛着に他ならない。
非常にアホらしい理由だが、俺にとっては死地を共にしてきたこともあって絶対に譲れない理由だ。
が、そんなワガママも美樹は聞いてくれて、少し離れたところにある搬入用ハッチを開かせてくれた。
エンジンキーで操作して車ごと乗り込んだら、急いでハッチを閉じる。
閉じる直前、膝ほどの高さの有毒ガスが津波のようにこっちへ押し寄せるのが見えたが、ハッチが閉じきったことでガスの侵入は防がれた。
全員が乗り終えても危機は去っていない。
空母が離陸しなければガスに飲まれ、この中もいずれガスが充満して全員お陀仏となる。
だだっ広いホールのようなメインデッキに入ると、先に乗っていた美樹が必死になって幾つものホログラムを手早く操作している。
その意思に反して、外の離発着装置は非常にゆっくりだ。
子供たちは徐々に手が伸びつつある有毒ガスに怯え始め、一番幼い子供が恐怖が限界にきて遂に泣き始めた。
それにつられて子供たちがパニックになって泣き始め、空母の中が甲高い泣き声で満たされる。
「落ち着いて! 落ち着いてみんな! 大丈夫だから! ママが絶対に何とかしてくれるから! ……そうだよね? ママ?」
智歩ちゃんがパニックになるのを堪えつつ美樹の方を見やると、美樹は心強い笑みを返して言った。
「大丈夫よ。私に任せて」
ガスがステーション内の床を見えなくさせるほどに覆い始めたとき、空母の真上にある離陸防止用のハッチが開き始めた。
空母のメインエンジンが静かな唸り声を上げ、フワリと重力が弱くなる。
『空母内重力、自動調整開始。離陸防止用ハッチ、全段開放確認。メインエンジン最大出力。発進します。安全のためシートベルトを付けて動かずにいて下さい』
機内アナウンスが流れると、さながら高速エレベーターに乗っているかのような感覚になった。
調整されているとはいえ、微弱ながらも重力が頭上からのしかかってくる。
窓の外では障害灯の赤い光が光っては下へと流れていく。
その道中、小麦色のガスが上から降ってきて、泣き声の止んだ艦内は一変して叫び声がこだました。
だが、高速で上昇する空母に侵入できるガスはたかが知れている。
案の定空母が地上から空へと出たときには、空母内に入ってきたガスは取るに足らないほどに微量で、艦内換気によってあっさりと無力化された。
だが、窓の外に広がる光景を見た途端、俺たちは言葉を失った。
俺たちがいた地上の世界は、今や地平線の彼方まで有毒ガスの海に沈んでいたからだ。
辛うじてガスが届いていない高層ビルの上部で、デカデカと映し出されているホログラムの映像に俺の目が釘付けとなった。
星の周りを笑顔の子供が手を繋いで囲むその絵に、俺は以前自分の家で見たあの映像を思い出した。
何の脈絡もなく番組の途中で映り出し、エンディングテロップに俺の名前が書いてあった、あの不可解な映像を。
空母が高度を上げて大気圏外まで出ると、眼下に映る母星の大地は全て小麦色に染まっていた。
「ち、地上の人たちは避難出来たのかな?」
美樹の一言が静寂に包まれたメインデッキを打ち壊したから、ようやく俺は我に還ることが出来た。
「いや……無理だろう。あの短時間でこのザマだ。仮に空母が来ても、あの星にいる国民全員を載せるのは不可能だ」
しかし疑問が浮かぶ。
どうして突然有毒ガスがここまで噴出したのか?
というのも、ここまで破滅的な噴出は有毒ガスを地上に出さないようにしている、街の地下深くに張り巡らされたパイプラインが全て破壊されない限りあり得ないからだ。
何にせよ、あの星に戻ることはできない。
過程はどうあれこうして生きているのなら、それを無下に捨てることこそ死んでいった人たちへの冒涜だ。
唯一の不服は、キム・カルジェスをこの手でぶっ飛ばすことができなかったことか。
気を取り直して操縦パネルを見ると、そこに映っていたのは俺たちが向かう避難先の星までの座標とデーター━━
ではなかった。
パネルに映っていたのは、初めて聞いた惑星の名前で、座標も避難先の星とは全く別の場所だ。
どうなっている? この空母を納めていた施設は、この空母に予め避難先の星を設定していたのではなかったのか?
それとも手違いでこの星に設定されていたのか?
しかし全くの見ず知らずの惑星に、あの施設にいた人間全員が見過ごしていたとは考えにくい。
「美樹、避難先の惑星への座標を導き出せるか?」
「ち、ちょっと待っててね。今出すから」
美樹が阿頼耶によって、避難先の惑星への座標を導こうとしていた、まさにそのときだった。
『誰か! 誰か聞こえるか! 応答をしてくれ!』
俺も含めて、全員が音の大きさに肩がビクリと震えた。
音の正体は、赤い枠で【緊急非常通信】と書かれたホログラムからだった。
『応答してくれ! こちらは惑星レーテー! 繰り返す! こちらは惑星レーテーだ!』
避難先の惑星からだった。
とても切羽詰まった話し方は、向こうで何かが起きていると否が応でも察してしまう。
ボタンを押して、映像中継によって通信をすると、メインデッキの窓いっぱいにボロボロの武装をした中年の兵士が映し出された。
『あぁ良かった! 繋がった! もしもし、聞こえるか!?』
「よく聞こえるよ。失礼だが貴方は誰だ?」
『私が誰かなんて聞かなくていい。それより君たちは今どこにいる?』
「母星をたった今出たところだ。すまないがそっちへの座標を送ってくれないか?」
『ダメだダメだ! こっちに来てはいけない! ワープをしようとしているなら、今すぐ中止するんだ!』
……どういうことだ?
見た感じ、避難先の惑星で暴動か何かが起きたようにも見える。
そうならそうで国際宇宙連盟に助けを求めるべきか。
「どうしてダメなんだ? そもそもそっちで何が起きている?」
『よく聞いてくれ。この星には、先住民と思しき怪物がいたんだ。その怪物があちこちで目を覚まして、辺りを暴れているんだ!
既に住居コロニーは全壊しているし、こちらももう保たない!』
そう言ったとき、兵士のいる背後で建物の天井が音を立てて崩れ落ち、爬虫類のような青く図太い足が姿を現した。
『宇宙連盟に伝えてくれ! この星には絶対に近寄ってはならない! 君たちも、こっちに来てはいけない!』
兵士が持っていたコンバットレイガンで応戦しようとするが、足だけ見える生物にはまるで効いていない。血はおろか傷さえ付いていないからだ。
サイレンみたいな咆哮が轟くと、いつか見た衛星砲にも似た極太の青白いビームが放たれ、直撃した兵士は跡形もなく消えた。
爆発の衝撃によってカメラが空を仰ぐように映すと、そこにはアトラスオオカブトみたいな三つの角を生やした二足歩行のサメが、セミのような羽を羽ばたかせながらあちこちを飛び回り、ビームを放っているところを映し出した。
その中の一匹が、ゆっくりとカメラの方へと歩いてくると咆哮をあげて勢いよく踏み潰し、通信は途絶された。
沈黙がメインデッキを支配している。
だが俺の脳内は、心の中は、空前絶後の大パニックを起こしていた。
何だこれは。
何が起きた?
今見たのは何だ?
今のは現実の出来事か? そんなわけあるもんか。
こんなの嘘に決まってる。
そうとも。アレはきっと新手の特撮を撮っているんだ。
映像を見せられて呆然としている俺たちは、その反応を全宇宙にリアルタイムで映し出して笑い者にしているに違いない。
「……い。おい! どういうことだアンタ。今度は俺たちにモンスターを狩れって言いてえのか?」
「バカ言わないで、G-05! み、瑞風さん……い、今のは何なんですか? 何かの冗談ですよね?」
そんなの俺が知りたい。いや、ダメだ。知りたくない。知ってはならない。
やめてくれ。こんなの現実じゃない。現実だと思いたくない。
耳も目も塞ぎたい最中で、突然空母が大きく揺れた。
離着陸や空母同士の給油、遠方の大型デブリや漂流物を捕縛したり移動させたりする重力光線錨を検知したと、AIが無機質に告げた。
空母は全く動かず、星を眼下に漂っていることしか出来ない。
「今度は何だ。美樹、アンカーはどこから来ている?」
「こ、この空母の後ろ。カメラで姿を確認できたよ」
映し出されたのは、俺たちが乗っている空母の数十……いや数百倍はあろうかという大きさの白い大型空母だ。
流曲線の多い、いかにも特別と言わんばかりの空母から、心底不快な声が届いた。
『つくづく運の良い奴らだな。だが、お陰で私が覚悟していた損失が無くなったよ。先ずは、その船を回収させてもらおうか』
メインデッキの画面に、キム・カルジェスの嫌味たらしいしたり顔が映し出された。
カルジェスの空母に、俺たちの空母はなす術もなく移されていく。
総主秘書手記 名:アラン・ミーア
◆◆◆◆年 ★月£日 ◎曜日
キム・カルジェスの惑星開発と投資が大失敗したことで、私たちの惑星信用は急落。惑星株価は二十%も下落し、国内外から絶え間ない非難が続いている。
にも関わらず、カルジェスは未だに研究開発部門に予算の一割を投入している。過去のことならともかく、最近の研究内容は私でさえ知り得ていない。
与野党からの質疑に対しては黙殺か、逆上して喚き散らすかのどちらかしか行わず、建設的な議論は全くない。
こうした身勝手をしても国際宇宙連盟が動かないのは、カルジェスが二つの切り札を持っているからに他ならない。
一つは、彼が国際宇宙連盟の末席の座を得ていること。
彼が就任する前、父親であり前総主であった『キム・ジョルディオ・バーデン』の意向によって、彼は末席の座を得ることができた。
これは即ち、彼の主導の下で行われた非人道的な研究生産に国際宇宙連盟が関与していたという事実が、連盟本部にも響くことを意味している。
二つ目は、カルジェスが以前、秘密裏に政略結婚を果たした『雪瓶 美樹』の存在だ。
彼女が有するコンピューターシステム『阿頼耶』は、国際宇宙連盟のシステムすら難なく侵入し、一分かからずにシステムの全てを乗っ取ることができる。
連盟が隠す事実・スキャンダルはもちろん、削除した記録も『阿頼耶』の前では容易く蘇らせることが出来るらしい。
それが彼女の指先一つで、全宇宙に拡散されるかもしれないとなれば、連盟は彼に手出しをすることが出来なくなる。
この二つの切り札がカルジェスを自由に出来る最大の要因なのだ。
もちろん連盟が黙っているはずもなく、彼は常に命を狙われることとなった。
議会などでは秘匿性の高いネット通信を介して行われているが、私を含めて与野党の人間は彼がどこにいるのか、何をやっているのか誰も分かっていない。