White Out
背後でモーター音のような大きな音が徐々に近づいてくる。
音の正体は、大気圏外にある軍用衛星砲が放つ極太のビームだ。
そのビームの中に、もうまもなくでこの列車が突入しようとしている。
入ったが最後、俺たちは一瞬でチリになってこの世から消えてしまう。
そんなのは真っ平御免だ。あんな奴の思惑通りに死んでなんかなるものか。
俺を含む三人がNEXAへと乗り込むと、まず俺は美樹に貨物室の扉を緊急展開させるように言って車のエンジンをかけた。
緊急展開した扉はバネのように一瞬で開き、すかさずバックをかける。
さっきまでいたクローンボディーにライフコードの保管室、武器やその他諸々を乗せた列車が光に飲まれて跡形もなく消えていく。
線路上に躍り出ると、ドライブモードに切り替えてビームの軌道上から離れつつアクセルを全開にした。
すると、空からのビームとは異なる青い光が点滅したかと思った矢先に、耳の鼓膜が震えるような低音が二、三回鳴った。
耳が痛いながらもハンドルを切ろうとすると、運転席のメーターが全てが消えていた。
これには見覚えがある。
智歩ちゃんと初めて出会ったときに、風紀治安会の連中に使ったCSDP【Car System Down Program】と同じだ。
落ち着いてエンジンキーを回して再起動をさせようとするが、何度やってもメーターが点かない。
「どうなってる。おい、動いてくれ良い子だから」
焦りがジワジワと寄ってくる感じだ。
ところが、美樹が出した答えは、俺の予想とは全く異なるものだった。
「み、瑞風くん。これはCSDPじゃないよ! 今の電波、この車のメインドライブシステムを壊したみたい!」
……メインドライブのシステムを?
この車だけじゃない。この世界にある大半の車は、その時代の最新ドライブシステム一本によって動いている。
システムが破壊されたというのは、実質廃車になったも同然。
一瞬だけボーッとした俺は、ふとメインドライブのエンジンからキーを抜くと、生涯使うことはないと思っていたもう一つのエンジン口へと突っ込んだ。
途端、それまで比較的静音だった車が、闘牛のように荒々しい唸り声を上げた。
「ひ、酷い音! 瑞風さん何をしたんですか?」
「起こしてやったのさ。コイツのもう一つの顔を」
やられたのはメインドライブシステムだけであり、電気そのものはまだ生きている。
ならば何も心配はいらない。
メインがダメならサブに切り替えればいい。
この世界では最早時代遅れと言われた燃料、ガソリンを代替えにして走れば全然余裕だ。
「美樹、あの衛星砲を乗っ取ることって出来るか?」
「で、出来なくはないけど時間が……」
「出来るならやってくれ、頼む。時間は俺が作る」
早くしてくれと言わんばかりに唸るエンジン。
ビームが目と鼻の先にまで迫ったそのとき、
アクセルを深く踏み込むとエンジンが雄叫びを上げて猛スピードで走り出した。
ものの二秒かからずに時速二百キロまで加速すると、そこから更にスピードを上げていく。
俺も初めてこのサブドライブ機能を使ったが、ここまでの性能とは知らなかったぞ。
二百五十。三百。三百五十。四百。
ギアチェンジをする度に、ビームとの距離がどんどん離れていく。
助手席にいる智歩ちゃんが、目をバッテンにしながら「速いぃ」と呻いている。
後部座席にいる阿頼耶美樹は、落ち着いた様子でホログラムに映し出されているシステムを操作していた。
最高速度の五百キロを超え、俺たちを追いかけていたビームとは大きく距離を離した。
高みの見物をしているであろうカルジェスにとっては、予想外の光景を見てさぞかし驚いているだろう。
なにせ車のメインドライブ機能を破壊したのに、速度を落とすどころか逆に時速五百キロで大爆走しているのだから。
ここにきてようやく距離を離されたと衛星砲を操作しているAIが気づいたか、置いてきぼりにされたビームが俺たちとの距離を詰めようとした。
が、その前に美樹が「出来た」と言って衛星砲を乗っ取ったらしく、轟音を立てて迫って来ていたビームがピタッと消えた。
速度を徐々に落としていき、一先ずの脅威が去ったことに安堵する。
このまま五百キロの速さで開発局まで行ければいいのだが、そういう訳にはいかない。
どうしてなのかと言われると、それは単純に燃料の問題なのだ。
二分にも満たない爆走だけで、貯蔵していたガソリンを七割も使った。そう、燃費はとてつもなく悪いのだ。
加えてこの星━━もっと言えばこの時代━━では、ガソリンなんてとっくの昔に絶滅した。
人工のガソリンを作るにしても、設備と材料と人が揃った上で最短でも二日ほどかかる。
メインドライブが失われている今、ここから先は徒歩での移動となる。
そうしたら一体どのくらいかかるんだ?
列車に乗っていたときは、到着までおおよそ二時間かかると美樹は言っていた。
徒歩となったら、俺や二人の体力を考えると一週間はかかるのでは……。
憂鬱な現実に思わず頭を抱えていると、美樹が「心配ないよ」と言ってきた。
「心配するさ。だってこれから徒歩で行くことになるんだぞ?」
「も、もうこの車のメインドライブシステムは、新しいのに取り替えたから」
キーをサブドライブからメインドライブに挿し直して回すと普通に電源が入り、アクセルを踏むと静音のまま動き出した。
「一体何をしたんだ?」
「こ、高価なドライブシステムを作る工場から良いのを抜き取ったの。も、元のシステムよりもハイスペック、だよ?」
「……今となっては意味のないことかもしれんが、セキュリティーが異常を感知したんじゃないのか?」
「大丈夫だよ。そのセキュリティープログラムは、阿頼耶が接触した瞬間に私の意のままになるんだから」
衛星砲を乗っ取り、ハイスペックのドライブシステムを作る工場から何の造作もなくシステムを抜き取る。
あまつさえ、セキュリティープログラムが働くよりも前に乗っ取ってしまう。
これを……そう、チートだ。阿頼耶があまりにもチート過ぎる。
しかし、それは全て美樹という操縦者がいるからこそ真価を発揮できるのであって、美樹がいなかったら価値も何もない。
恐ろしく頼りがいのある味方を得た。
それと同時に、美樹と知り合いでよかったと心の底から思った。
『美樹、貴様……阿頼耶を使ったな! そんなに私を裏切りたかったか。この恥知らずの根暗女め!』
唐突にカーナビの画面にキム・カルジェスが切り替わり、車内に響かんばかりに美樹に怒声を上げてきた。
コイツは一々癪に触ることを言うのが上手いもんだな、えぇ?
『根と根暗の卑怯者め、くたばれ。外道が。お前のような人間は害悪だ。その態度でよく分かった。お前のような掌を返すのが好きなお前が、そこの奇形と物好きな男と共に死ぬのを、私が叶えてや━━』
言い終える前に俺はナビの画面を殴って壊し、カルジェスとの通話を強制的に中断させた。
怒りが臨界点を超えると、変に頭が冷静になっていく。
コイツはもう殺す以外に道はないから。
コイツは殺しても別に問題はないから。
そんなドス黒い考えで脳内が埋まっていくのに、俺自身は全くといっていいほど躊躇いがない。いや、躊躇ったらカルジェスと同じような人種になるから不必要な感情ではあるが。
「コイツの言葉なんか聞く価値はねえ」
自然と口から出た言葉は、只々俺の本心を偽ることなく表したもので、それを出さずにはいられない。
「美樹も智歩ちゃんも何一つ悪くないし、何一つ間違ってなんかいない。おかしいのはあのクソ野郎だ」
美樹や智歩ちゃんとは面識があるとはいえ出会って間もないし、会うまでの間に何があったのかなんて分からない。
それでも言えるのは、是が非でも自分のことを顧みなかったカルジェスと、美樹や智歩ちゃんは違うということだ。
「もしアイツやアイツの取り巻きがとやかく言ってきたら、俺はソイツらをどんな手段を使っても全力で否定してやる。
だから、頼む。自分を否定しないでくれ」
語彙の拙い俺が言える、精一杯の励ましを言い切った。
自己満足と言われようがどう言われようが、俺は二人の悲しむ面は見たくない。
その思いが少しだけの清涼剤となって届いたか、美樹が「うん」と小さく返した。
バックミラーで見ると、見ていて痛々しく感じる笑みを必死に作っていた。
智歩ちゃんも同じだ。
まだ年端もいかない少女の身でありながら、大人の背丈を遥かに超える残酷な現実を必死に受け止めている。
そんな中でのあの一言だ。とても許せるものじゃないし、許す気もない。
重々しい空気の中で、カルジェスに対する殺意を明確なものにさせながら、線路に沿って車を走らせていく。
※
走り続けて三時間前ほど経ったところで、地平線の彼方からポツンと鎮座している建物にたどり着いた。
マス目のような薄い模様が全体に刻まれた、横倒しの卵みたいな形の白い建物。
不毛の荒地には場違いな建物は、清潔な見た目に反して内部の異常さを表しているようにも見える。
周囲には幾つもの赤い光が残光を引きながら、建物の周りを監視している。
その正体は監視兼侵入者迎撃用の大型ドローンに、三メートルくらいはありそうなロボットで、どちらもゴツい重火器を装備している。
美樹が手早く阿頼耶を起動し、まずは内部の監視カメラのシステムに侵入すると全フロアの様子が映し出された。
中は多くの人で溢れかえっている。
しかしその大半は白衣を纏った研究員みたいな人が大半で、申し訳程度の警備が数名いる程度だ。
皆、慌てている様子はない。外からの連絡が届いていないのか?
監視を突破して奇襲をかければ大混乱は間違いないが、非戦闘員も含めての向こうとこっちでは数に圧倒的な差がある。
それと俺の気がかりなことが二つ、ここにたどり着いてから心中を漂っている。
一つは、言わずもがな避難用の空母ないし船があるのかということ。
もう一つは、ここが智歩ちゃんの創られた場所というなら、他の仲間はどこにいるのか? ということだ。
「……美樹、智歩ちゃんの仲間はどこにいるか分かるか?」
「ち……ちょっとだけ待ってね。あ……見つけたよ。この施設の一番下……地下七階……だね」
深すぎる。
開発局の奴らにとって、その子たちの存在がどれだけ都合の悪いものかというのがよく分かる。
「どうやって地下七階まで行くんだ? どこかにエレベーターでもあるのか?」
「ありますよ。裏手の方に大型荷物などを運搬するための所があります」
ここから脱出した智歩ちゃんが、その詳細を事細かに説明してくれた。
悪い意味で興味を持ったのが、智歩ちゃんの仲間のいる場所は地下七階と銘打っているものの、地下六階から七階までに大きな開きがあるらしい。
智歩ちゃんの体感では、地下十階くらいの深さにあると感じたようだ。
知られると都合が悪いとはいえ、そんな地下深くに監禁する神経がまるで理解できない。
「だけど、周りは見ての通りドローンやらロボットでいっぱいだ。中に入れても、監視カメラだとか警備の奴らもいるだろうし……」
「わ、私に任せて瑞風くん。こういうの、得意だから」
引き笑いをしている美樹だが、そこには絶対に出来るという確信めいたものを宿しているように俺は見えた。
期待と信頼を込めて美樹に頼むと、さっきの痛々しい笑みとは違う笑みを浮かべて作業に取り掛かった。
幾つものホログラムが出てきて、複数の操作を手慣れた手つきでこなしていると、白かった施設が突然黒くなった。恐らくは停電させたのだろう。
美樹は操作をしながらそのまま進むように言ってきた。
施設が停電してもドローンとロボットは普通に動いている。
だが美樹が言うなら本当に大丈夫なはずだ。
意を決して進むと、本来なら即発見される距離まで近づいているのに全く反応を示さない。
ロボットたちを尻目に呆気なく裏方まで行くと、グラウンドくらいの広さがある駐車場に着いた。
それと同時に停電していた施設の電気が戻り、眩しいくらいの明かりが照らされる。
荷物を積み込むための横幅が広いロボットに混じってさっき見た武装ロボットが行き交っていたが、案の定俺たちが来ても全く相手にしない。
ロボットたちを尻目に運搬用のエレベーターまで行くと、待っていましたと言わんばかりにドアが開いた。
何の苦もなくエレベーターに乗り込むと、当たり前のように地下へと降りていった。
エレベーターから警報が鳴る様子はないし、四方に付けられた監視カメラは『異常なし』を示すグリーンライトを照らしている。
「今度は一体何をしたんだ?」
「し、施設の照明システムに入って停電させて中の人たちの気を逸らしたら、ロボットのシステムと施設内の監視システムを乗っ取ったの。
ロボットたちは私たちを施設の人間だと上書きさせて、カメラの方は映像を切り取ってリピートさせているんだよ」
「映像を……リピート?」
「研究スペースとかエントランスとかの人がいっぱいいる空間は、それまで録画していた一部分を。通路とかは、無人だった時間の部分だけを繰り返し映しているの。
き、気づかなければ、過去の映像をずっと見ているハメになるかもね」
天才としか言いようがなかった。
停電させてからこのエレベーターに乗り込むまで、五分とかかっていない。
それなのに美樹はそのわずかな時間でロボットのシステムを全て改ざんし、施設の監視カメラ全ての録画記録を加工した。
とても常人に出来る芸当じゃない。
そういえば智歩ちゃんが『いざというときのママはすごい』と言っていたな。あれは嘘や誇張ではないと強く実感した。
「美樹が味方で良かったって、心の底から思ったよ。ありがとうな、美樹」
感謝を言うと、美樹がとびっきりの笑みを向けてくれた。
カルジェスの罵詈雑言で沈んでいたときの表情を、チリ一つ残さず取っ払ってくれる最高の笑み。
心が小躍りしたくなるような笑みを見たのも束の間、エレベーターが地下七階に着いて扉が開くと途端に全員の表情が強張った。
通路の電気は消えていて、床に壁に天井と血のりがぶち撒けられていたからだ。
警備兵記録 発信場所:●●●−●● ▲▲ 記録者:アラン・ヴィーグ 記録日時:▲月 ◆日 @曜日
二週間前に行った避難用空母が、早ければ午前中にも被災地ならぬ被災星に到着するようだと聞いた。
すでに避難民用コロニーの収容率は六十%に届きつつあり、今も急ピッチで拡張工事が行われている。
そんな中で今、この星の不可解な環境に研究者は注目している。
俺もその研究者たちの警備に同行しているが、学の弱い俺でもこの星の環境は不可思議なところが多い。
特に……この星に存在する『森』は、トップクラスの謎を秘めている。
惑星のあちらこちらに円形農場みたいな森がいくつもあり、その円の正確さは精巧な機械でも作るのが難しいほど綺麗に作られている。
そして極め付けに不可解なのが、その円形の森の中にある酸素濃度は、外部の酸素濃度より三倍近い濃度があるということだ。
どうして外の方には人間に無害な濃さまで抑えられているのか?
多くの学者が頭を悩ませている中で比較的納得のできる理由として上がったのが、森を形成する木々の一番上にある緑が高濃度の酸素を特に吸っているからだ。というもので一応済ませている。
だがそうなると今度は、なぜこの森は円形に作られているのか。どうしてその森の中だけ酸素濃度が濃いのか。森を円形に形作ったのは一体なんなのか? という問題だ。
一昨日、警備の一人が白いヘラクレスオオカブトみたいな生き物を見つけた。俺も見たが「ギィギィ」と鳴いていたのを覚えている。
ソイツは研究ラボの方へと持って行かれたが、あのちっこい生き物だけでこの星の森を形作ったというのは無理がある、と俺は思う。
生態電波や生物の温度を測るドローンを飛ばしてはいるが、今現在で確認できるのはあのカブトムシと思われる小さな反応が少しだけだ。
地下も調べたいところだが、専用の装置が完成するまでに後一週間かかるそうだ。
この星にいるのが、あんなちっこい生き物だけなわけがない。この星には何かがいる。それこそマンガや映画でしか見たことのないような、それこそエイリアンやモンスターみたいなものが。