必殺の銃弾3
「止める?どうやって?」
マニュアルを捲り続けながら俺が聞き返す。
時間もあと何分、もしかしたらもう何秒も残ってないかもしれない……
セイナの方を振り返っている余裕すら今の俺には無かった。
「この電車って確かリニア式のメトロって言ってたわよね?」
────そんな話ししたか?……あぁ……昨日そう言えばルート66通っている時にそんな話した気が……
「そうだが、それがどうかしたのか?」
「リニアってアタシあんまりよく仕組みが分かってないけど、要は電磁石で車輪を動かしているってことでしょ?」
「大雑把に言うとそうだが……って、お前まさか!?」
セイナの意図を察した俺がマニュアルから目を離して振り返る。
「できるのか、そんなこと……?」
「絶対にできる保証はないけど、つべこべ言ってる暇は無いんでしょ?やるしかないわ……」
俺の顔を覚悟を決めた青い瞳で見上げながら、セイナは不安を押し殺すよう静かにそう言った。
こんな時でも冷静さを失うまいと気丈に振舞うセイナの様は、儚い咲いた一輪の花のように凛々しくも、可愛さと相まってどこか健気にも見える。
────こういうのなんて言ったらいいのか、守ってあげたくなるような、抱きしめてやりたくなるような……って、こんな時に俺は何を考えているんだ……!
どうやら、危機的状況から現実逃避に走りたくなったらしい俺は、頭を軽く振ってからセイナの方に改めて向き直った。
「分かった。お前を信じる」
流石に抱きしめるのはマズイと思ったので、肩に右手を置いて真っすぐ顔を見据えながらそう言ってやると、セイナもちょっと気恥ずかしかったのか、少しだけ顔を赤くして小さくコクリと頷いた。
「ロナ!ブレーキはあとどれくらいかかる!?」
「んー何とも言えない……いま死んだ電子制御を別の部分に繋いで────テスト無し、ぶっつけでいいならギリカーブ手前で間に合うくらい……でもそれだと多分これ止まんないよ……!」
足元であぐらをかいた状態で、電子デバイスから照射されたレーザー式キーボードを目にも止まらぬ速さで操作していたロナに声を掛けると、銀髪の頭はこちらに振り返ることなく返事した。
「分かった。作業は続けて欲しいんだが、あっちの氷の上でも作業することは可能か?」
運転席の外、さっきアルシェが詠唱魔法で張った半透明な氷の上を指しながら俺が尋ねる。
「移動時間の数秒、ブレーキが掛かる時間が遅くなってもいいなら別に構わないけど、何か策があるの?」
「セイナの神の加護を使って電車を止める」
俺の言葉にほんの少しだけロナの動かしていた手の速度が落ちた。
「原理的には確かに可能だけど……もし、電気の流し方を間違えて線路側の磁気と同じ磁気を発生なんてさせたら急加速。ロナたち全員お陀仏だよ?」
ロナは高速で地面に赤く光る照射型キーボードを高速で操作しながらも、俺の意図していることを瞬時に理解して、その欠点を指摘してきた。
セイナの神の加護で、電気を直接車輪の軸部分ある磁気発生装置に流すことで、それを線路側の磁気と違う磁気、仮にプレートをN極とするなら車輪側をS極の磁力を流してやれば、互いに引っ張り合う力が発生し減速する。だが、ロナの言う通り、もし仮に同じ磁気、両方N極なんてことにすると互いに引き離す力が発生し加速、カーブを曲がり切れなくて俺達は死ぬだろう。
「でも他に方法が無いでしょ?確かにアンタはアタシのこと嫌いなのかもしれない……でも、ここはアタシを信じて欲しい……」
俺の横から顔を覗かせたセイナが、ロナの背後から声を掛ける。
「いや、ロナちゃんは正直なんでもいいよ。これまでの行いを考えれば意見する資格なんて無いんだからね。それよりもロナはフォルテが本当にそれでもいいのか聞きたかったんだよ」
「俺だって言う資格なんてないぞ?正直今の俺は何もできないしな」
肩を竦めて自嘲気味に笑うと、ロナが「じゃあ決まり」と言ってから、赤く照射されたキーボードを右手一本で操作しながら、運転席下の配線の詰まったケースから一本のコードを手繰り寄せた。
「セイナ、これが車輪の軸部分に繋がっているコードだから、周りの絶縁体を刃物かなんかで剥いて、内部の導体を露出させて!」
「分かったわ!」
セイナは指示された通り、背負っていたグングニルの片槍を取り出して、バナナの皮でも剥くかのように黒いゴム製の絶縁体を慎重に切り、電気が良く通る導体を露出させていく。
「……ッ!」
その際、ロナのショートパンツと違い、黒いプリーツスカートを履いていたセイナが四つん這いになったことで危うく内部が見えそうになり、俺は顔を背けた。
「間違っても内部の線は切らないでよ?」
とロナがセイナに細かい指示を出している間に、無職の俺は横で伸びていた運転手と車掌を抱えて運転室を出た。
「頑張ったって無駄なのに……」
運転室を出た先、簀巻きの状態でうつ伏せに転がされていたアルシェが呟く。
「やる前から無駄って、やってみなきゃ分からないだろう?」
俺は抱えていた二人を魔術によって作られた不純物を含まない氷の張られた場所、つまりは電気の通らない場所に優しく置いてからそう返す。
「ふん、お前は知らないから教えてあげるけど、私の神の加護、マーリンの力の中には予言する力がある。そしてその予言でお前は死ぬことになっているの……それも近い将来ね」
「……」
「今は力を封じられ、私の神器、予言者の杖もそこに転がっているから予言の力は使えない。だから他の人間は分からないけど、でもお前が近い将来死ぬってことは多分この電車は横転する。そうなればここにいる全員助かる見込みなんて────ちょっ!ちょっと!?何するの!?」
俺が簀巻きにされてうつ伏せに地面に寝転んだアルシェの前で腰を落とし、片腕で無造作に身体を抱えた────かるっ……
「離しなさい!このッ!」
アルシェはセイナよりも小さい身体をくねくねと芋虫のように動かして必死に抵抗する。
「ったく……大人しくしてろ」
暴れるアルシェを運転手と車掌を置いた位置まで運び、同じように優しく下ろしてから、魔女帽子の下に隠れた顔を覗き込んだ。
天敵を前にした小動物のように俺のことを、その薄い水色の瞳が睨みつける。
「情けを掛けたつもり?こんなところに運んだところで結果は変わらないわ」
見た目通りの幼女声、だが、声色は死を前にしているというのに随分と肝が据わっている様子……とはまた違うな、これは本当に諦めている。騒いでも仕方ないといった様子、呆れにも近い表情でアルシェはそう吐き捨てた。
「お前の予言がどの程度当たるかなんて知らないが、一つ良いことを教えてやる」
「……」
「俺は紅い悪魔の瞳のせいで百年近く生きてるけどな、「絶対」という言葉がその通りになったことなんて今まで一度もなかった」
「……」
「絶対助からない。絶対終わらない。絶対一緒にいる。今までありとあらゆる場面でその言葉を聞いてきたが、そう言うときに限ってそうはならないんだ。まあ、経験則だけどな」
「……例え、例えもし本当にそうだとしても、私の予言が外れたことは一度も無いんだ!どうせここでみんな死ぬ……」
俺の言葉に、ようやく感情を露わにしてアルシェが呟く。
死ぬことを受け入れていても、やっぱり死ぬことは怖いらしい……
────誰だってそうだよな……俺だってそうさ……
強がってはいるけど、正直怖い。
こんなに生きていても死を克服することはできない。
それくらい死というものは怖いんだ。
だから────
「ま、死ぬときは人間ぽっくり逝くからな!本当に俺はここで死ぬかもしれないけどな!はっはっはっはっ!!」
うじうじしてても仕方ないと俺は大げさに笑って見せた。
それがアルシェにどう映ったかは知らないが、アルシェは顔を魔女帽子のつばで隠すようにして俯き、それ以上何か発することは無かった。
「となりしっつれい!!」
ロアが電子デバイス片手に俺の横に滑り込んできた。
「セイナ!準備はいい?」
「いつでも!」
奥の運転席、ここから3mくらい離れた位置で、セイナは四つん這いでこちらに小さな可愛いお尻を向けたまま答える。
「なに笑ってたの?」
「氷の上冷たッ!」と言いながらも照射型キーボードを高速で打ち、遠隔で電車の電子制御を切り替えながらロナが聞いてくる。
こういった義手以外の機械系統はあまり得意ではないので、ロナが何しているのかよく分からなかったが、それでも指の動きから相当忙しいことは伝わってくる。複雑なことをしていることに加え、さらにそれを余裕そうにこなすところは流石と言うべきか。
「別に、嘆いても仕方ないって思っただけさ」
「確かに、ロナもやりたいこといっぱいあるから早く帰りたいよ~ロアだってそう────あれ?」
ロナが何かを言いかけてから首を傾げた。
「ん?なにか問題か?」
「い、いや……そうじゃないんだけど……あれ?」
手は止めずに、左右の銀のツインテールが頭の動きと合わせてゆさゆさ揺れる。
作業が上手くいってないわけではないようだが……こんな時に変な奴。
「とにかく早くしてくれよ……あとロナ、お前帰ったらやりたいことの前に始末書済ませとけよ。レクスがさっき俺にずっとそのことをお前に伝えろってうるさかったんだから……」
「やめろダーリン……その話しは今のロナに一番効く……」
ずーんと一気に死んだ魚のような目になったロナが小さい肩を下ろす。
「誰がダーリンだ!いいからとっととやれ!」
「分かってるって────ここをこうして……こうして……OK!」
カーブに入る数十秒前でロナが照射型キーボードのエンター位置をタップした。
「セイナ始めて!!」
「うん!」
ロナの掛け声にセイナが首だけ後ろを振り返りながら頷き、銅色の導体が露出したコードを両手で握る。
「ふー………」
集中の為に息を吐き、セイナの持つ雷神トールの神の加護を発動させていく。
一応ロナのおかげでブレーキは使えるようになったが、時速200㎞で走る電車にいきなりブレーキを掛けると脱線やブレーキ破損の可能性がある。なのでセイナがある程度は速度を落とさないといけない……とても重要な役割だ。
「……」
俺も氷の上でしゃがみな込みながら、セイナの後ろ姿を固唾を飲んで見守っていた。
本当なら俺だって何かできるならしたいが、今は正直セイナとロナに頼るしかない。
だが、こんな幼い少女二人に責任を押し付けてしまっているのは情けなく、そして、どこかもどかしい気分になる。
────目の前で頑張っている仲間がいるというのに、自分は何もできないのか……
と内心で焦る俺の気持ちが通じてしまったのか────
ブゥゥ!
「ッ!?」
車体が一瞬加速方向に揺れ、身体が傾く。
多分セイナが誤って加速方向に電磁石を作動させてしまったのだろう……セイナ本人もそれに驚いて導体から手を素早く離している。
「落ち着いてーもっかいやろう」
ロナがセイナに声を掛ける。
「ッ……」
セイナは今度は返事することなく導体を掴む。
加護を使っている時、身体からいつも発生しているバチバチ音がセイナの周りに再び展開される。
突風に煽られた黄金のポニーテールが、セイナの今の心情を表すかのように、黒いプリーツスカートの上で激しく暴れる。
ブゥゥ!
「ッ!」
加速したことに気づいてセイナが手を離す。
髪だけでなく、息も荒くなり、さらにそれを落ち着かせようとして肩が上下に揺れる。
────明らかに緊張している……
上手くいかない焦りから、普段のセイナが見せないほど焦りの色が見えていた。
爆弾解除のような正解を説明できるものと違って、魔術は正解を説明できないもっとふわふわした存在だ。
イメージや想像、認識といった他人には説明できない未知の領域。それを上手く使って電車を止めるというのは、誰がやったとしてもプレッシャーが掛かる。ましてやそれを失敗すると自分を含めた6人が死ぬ。緊張しない方が無理な話しだ。
────緊張している相手に緊張するなと言うのは逆効果だ。だけど黙っているのもそれはそれで緊張する。どうすれば……
時間も残り数秒しかない……俺にできること、やれること、セイナにしてやれることを必死に辺りを見渡しながら思考を回転させる。
その時────俺は一つのある物に目が留まった。
週間ユニーク数100以上突破してました!ありがとうございます!
ブクマの方もありがとうございます!評価や感想、要望もお待ちしてます!
これからも、もっと面白い文章を書けるよう努力していくので今後ともよろしくお願いします。