必殺の銃弾2
「セ、セイナ!?」
ロアが驚いたように声を上げる。
そりゃそうだよな……
────裏切り、あまつさえ殺してしまったかと思っていた人物が急に目の前に現れれば、そんな声も出るよな……
「貴様は!?」
それは黒髪女も同様らしく、大きな黒目を丸くして驚いていた。
電車の外から窓をぶち破って、内部に突入してきた金髪碧眼の少女、ロアがさっきまで羽織っていたICコートを肩にかけたセイナ・A・アシュライズは、簀巻きのアルシェの隣に降り立った。
電車の照明に照らせれた黄金の長いポニーテールが、突風に煽られて揺れる中、セイナは深緑色のコートの下で素早く右のレッグホルスターから銃を引き抜こうとしていた。
「チィッ!」
黒髪女が咄嗟に持っていたFNブローニング・ハイパワーを構えようとする。
バンッ!!
「あッ!」
痛みと衝撃に黒髪女が喘ぎ、銃を床に落とした。
俺の0.13秒とまではいかないが、それでも0.16秒。Desert Eagleの時に比べれば0.03秒も早く引き抜かれたセイナのコルト・カスタムが、銃を持っていた黒髪女よりも早く火を噴き、見事に銃だけを撃ち抜いていた。
やっぱお前は優秀だよ。
「ナイスタイミングだぜ、セイナ……」
「……」
セイナは俺の声には反応せず、無言のまま片膝を着いていた黒髪女の頭部に銃を構えた。
「セ、セイナ?」
「……」
────あれ、集中しているのか?
俺の言葉にセイナがなにも返さないどころか一切反応すらしない。
電車の窓から突風が吹きつけているせいで聞こえないのか?いや、それにしたっておかしい。
────まるで、誰の声も届いてないかのような……
「お、おい!セイナ!?」
「……」
氷に張り付いたTシャツを脱ぎ捨ててセイナに近づこうとしたところで、俺はようやく異変に気が付いた。
セイナが本気で黒髪女の頭を撃ち抜こうとしていることに────
トリガーにかけた指が今にも引き抜かれようとしていた。
だがそれは決して妹を傷つけた恨みとか、そういった激情、復讐に身を任せた様子は一切なく……寧ろその逆、表情もしっかり見ないと分からないが、いつもに比べて感情が死んでいて……生気を感じない、まるでロボットのような無表情に近かった。
「お、おい!?ヤバいんじゃないか?」
ロアもそれに気づいたのか、俺と一緒に急いでセイナのもとに駆け寄ろうとしていた。
だが、氷の張った電車内は走りにくく、上手く走ることができない。
「────」
セイナが黒髪女に何かを呟いた。
なんて言ったのか聞き取れず、読唇術を使う余裕すらなかったのでなんと言ったか分からないが、黒髪女はその短い言葉を前に眉間に深いシワを作り、鋭い眼光でセイナを射抜くように見上げていた。
そんな黒髪女の様子など意に介さないといった感じで、セイナは人差し指に力を入れた。
「セイナ!!」
「……ッ」
間に合わない、と思った俺がもう一度大きな声で呼びかけると、セイナは一瞬だけ反応したようにピクリッと身体を震わせたが────
バンッ!!
短い銃声が電車内に響いた────
黒髪女の頭からツーと血が流れる。
「……ッ!」
セイナのブルーサファイアの瞳が少しだけ開かれた。
銃の先端を黒髪女が掴み、銃口がカチカチと音を立てて明後日の方向を向いていた。
俺の声に一瞬反応したセイナが、若干だが引き金を引くことに躊躇した瞬間、黒髪女……いや、東洋人の彩芽は咄嗟に銃を掴んで弾丸の直撃を防いでいた。それでも側頭部にかすったのか、象牙色の横顔を綺麗な紅い鮮血で染めていく。
「クソッ!」
セイナの銃口を払いのけた彩芽が悪態をつき、後方に飛ぶ────
展開された黒いオーラに身体が溶け込んでいき、簀巻きにされたアルシェと神器の入った白いケースを残したまま、彩芽の姿は電車から忽然と消えていた。
「セイナ!」
消えた彩芽に反応することなく、棒立ちになっていたセイナに俺が声を掛けるが反応しない。
「おい、大丈夫か?」
小さな肩を掴んでこちらに顔を向けさせる。
俺がセイナを鼻と鼻が触れ合うくらいの距離で見つめると、焦点の合っていなかったブルーサファイアの瞳が次第にハイライトを戻りだし、俺と目がしっかりと合う。
「……?……ッ!?」
辺りに未だ残っている氷と同じくらい真っ白なセイナの肌が、まるでかき氷にイチゴのシロップでも掛けたかのように、かぁーと真っ赤になっていく。
「へ……へ……へ……」
「け、怪我は無いか?おい?」
さっきの彩芽の横顔と同じくらい顔を真っ赤に染め、セイナは何か言おうとしているのか、口元をわなつかせた。
────明らかに様子がおかしい……
と俺がもう一度声を掛けようとした瞬間────
「グッ!?」
みぞおちに凄まじい激痛が走り、俺はその場でしゃがみ込んだ。
一瞬何が起こったか理解できなかったが、よく見ると、眼前で俺を見下ろしたセイナが繰り出した正拳突きを小刻みに震わせていた。
「このッ!?変態!!なんで上半身裸なのよ!!このド変態!!」
いつものセイナ節を披露させてキレるセイナ。
────あーさっきTシャツ脱いだせいで上半身裸だってこと忘れてたぜ……
どうやらそれをセイナは、俺が裸で詰め寄って勘違いしたらしい……
とりあえずいつものセイナに戻ったようだったが、これは喜ぶべきなのか正直迷うところだ……
「なんでアンタはいつもいつもそうやって見境なく……!!このッ……獣!!淫獣!!帰ったら調教よ!!調教!!」
ビシィ!!人差し指を俺に突き立てながら叫ぶセイナ。
セイナさん、あんま公共の場で調教と言った言葉は控えて欲しいな……って、そこの魔女娘、えーとアルシェだっけ?セイナの言葉を鵜呑みにして何を想像したか知らないが、顔を真っ赤にするな。このマセガキめ。
簀巻きのアルシェがあわわわと口を動かしながら、顔を真っ赤にしてうわ言のように「そ、そんな危ない遊びを……」と言っていることなどセイナは気づかずにガミガミガミガミと文句を垂れていたところで────
「セイナ……」
俺の後ろに立っていたロア……ではなく、いつもの高い女声に戻ったロナが少し俯きながら声を掛けてきた。
「生きてて……生きててよかった……!」
と、俺の横を通り過ぎてセイナにロナが抱き着いた。
「ちょッ!ちょっと!?」
「ごめん……ごめんなさい!」
突然のことに驚くセイナに、ロナは若干涙声で謝罪の言葉を繰り返した。
「な、なんで謝る必要があるのよ?アンタ、アタシを助けてくれたじゃない?」
「え……?」
「覚えてないの……?」
────セイナの手を掴むことのできなかったあの時、二両目の電車が切り離され、その衝撃でガクンッ!と身体が揺れ、ロアの意識が一瞬緩まった瞬間────身体の支配権が数瞬戻ったロナは、咄嗟に懐に残ったクナイ式ナイフを二両目の車両に突き刺していた。
そのクナイ式ナイフの柄には隕石の糸が括り付けてあり、そしてそれは、セイナの掴んでいたICコートにもつながっていた。ロアは真下の死角に消えたセイナを視認することができなかったが、そのおかげでセイナは直接地面に叩きつけられることは無かった。
コートに引っ張られていたセイナは、安全に減速しながら線路に着地。
そのまま無駄だと知りつつも、セイナが走って電車を追いかけていたところを、連絡を受けて地下鉄に行ったという情報を頼りに、バイクで追いかけていた俺がたまたまそこを通りかかった。
「マラソンコースにしては暗すぎないか?」
「アンタも、ツーリングにしては趣味が悪いんじゃない?」
軽口を叩き合いながらセイナを拾った俺が状況を聞きつつ、電車に追いた俺達は、ICコートで姿を隠したセイナを伏兵として電車の上部に待機させ、俺はロアと共闘して連中に立ち向かっていた。
あの黒髪女、彩芽の対策というのは、過去の戦闘で奴がセイナのスピニングスラッシュ、つまり面攻撃を嫌ってたところからヒントを得た俺が、彩芽の展開する黒いオーラとは別の方向で攻めれば攻撃が通るかもしれないといった仮説を立てていた。
まあ、本音を言うと、鎖の方の仮設のが有力だったので本当はそれで仕留める予定だったが、状況が状況だったのでこれは仕方ない。
ともかく俺の立てていた仮説を信じてくれたセイナのおかげで、彩芽を捕まえることはできなかったが、撃退することには成功した。
────まだ足りないが、とりあえず一か月前の借りは返してやったぜ……
「それよりセイナ、お前大丈夫か?」
抱き合うロナの肩に顔を乗せたセイナに俺が声を掛けると、セイナは首を傾げた。
「何のこと?」
「いや、お前さっき正気を失ってたようだったから……」
「そんなこと……あれ?」
俺の指摘にセイナは反論しようとしたが、改めて思い出してみると本人も違和感のようなものがあったらしく、ブルーサファイアの瞳をパチパチと動かした。
「確かに……記憶がちょっと曖昧だわ……」
と、さっきまでの出来事を思い出そうとしていたセイナの思考を遮るようにして、ロナが大きな声を上げた。
「って、喜んでいる場合じゃなかった!電車!この電車を早く止めないと!!」
確かに、考えるのは後回しだ。
電車は既に200㎞近い速度で走っている。あと2、3分で通過する、例の大きなカーブにこの速度で突っ込むようなことをしたら……ここに乗った運転手と車掌を合わせた6人全員あの世行きだ。
「運転手と車掌は伸びてる!俺達で何とかするぞ!」
と俺がドアを開けて運転室に入る。
凍り付いたレバーを動かそうとしたしたが、レバー全体を覆うようにして氷が張られているため握ることすらできない。
しかも氷は魔力によって作られているため、通常のものよりも強度があるような感じだった。
────氷を割るにも道具は皆無、銃で壊す手もあるが、それだと跳弾やレバーを破壊する可能性もある……何より砕いてる時間が無い……
「速度レバーもブレーキレバーも両方氷を張られてて触ることすらできねえ!」
と俺が叫ぶと、後ろにいたセイナが銃をアルシェに向けた。
「あの氷を解除しなさい!アンタならできるでしょ?」
一瞬、また何かにとりつかれたのかと心配したが、今度は正気のままのセイナがアルシェを脅しにかかる。
「鎖を解いてもらわないと無理だわ。でも、鎖を解いた瞬間、私が大人しく言うことを聞くなんて思う?」
「無理にでも言うことを聞かすに決まっているでしょ!」
アルシェの着ていたドレスの胸元をセイナが掴んで睨む。
だが、アルシェはそれに臆することなく、いや、もうあきらめたかのように視線を逸らしてから、力なく口を開いた。
「それに、どちらにしろ私はもう終わり……私が捕まれば、組織はきっとどんな手を使ってでも私を殺しにくるはず。結局はここで死ぬか、あとで死ぬかの違いしかない……それなら……いっそのことお前達も一緒に道連れにしてやる!」
顔を見てなくても分かる。人が覚悟を決めた時に発する声でそう告げたアルシェに、セイナも無駄だと判断したのだろう……そのまま地面に突き放してこっちにくる。
「ダメ、フォルテ……電気系統の一部が凍っててブレーキと速度レバー、非常停止ボタンが死んでる……これじゃあ電車止まらないよ……」
俺の真下でゴソゴソと運転席の制御盤を弄っていたロナが絶望したような声を漏らす。
「電気系統を入れ替えて、他のレバーでブレーキや速度を操作することはできないのか?」
「速度かブレーキの片方ならできるけど……それでも多分カーブまでには速度を落とすことができない……」
「とりあえずダメ元でブレーキだけでも切り替えとけ!」
「今やってる!」
何かできることは無いかと運転室のマニュアルを引っ張り出した俺の真下で、持っていた電子デバイスを操作しながらロナは答える。
────レバーが凍り付いた時の対処法なんてあるわけないよな……
「ねぇ……ちょっと聞いてもいいかしら?」
マニュアルを高速で呼んでいる俺の背後からセイナが声を掛けてきた。
「なんだセイナ?」
「今乗ってる電車って、確かフォルテが昨日言ってたワシントン・メトロって地下鉄よね?」
「ん?……あぁ……ホワイトハウスに向かってた時の車内で言ってた話しか?そうだが、それがどうかしたか?」
「それならこの電車、アタシが止めることができるかもしれない……」