TRIGGER 5
これは────まさか……!?
「……ったく……おせーぜレクス!!」
アタシの考えを代弁したかのようにロアは歓喜の声を上げる。
狙撃だ。それもポトマック川の向こう側、ここから2㎞近く離れている国防総省の屋上付近からの超遠距離狙撃だ。
さっきの雷鳴は、音速を遥かに超える秒速1000mに近い速度で放たれた銃弾が、川の向こうに置き去りにしてきた音だ。
アタシですら、ここから見ても薄っすらとしか見えないポトマック川の向こう側から、銃弾と変わらないサイズの標的に当てるだけでも至難の業なのに、それを動いている標的でやってしまうとは────しかも一発で……
一応狙撃技術を持っているアタシからしたら、普通の人よりもこれがどれだけ凄いかが伝わってくる。
AHー64Dはロナの歓喜の声と共に地面に墜落した。
低空を飛んでいたおかげで爆発こそしなかったが、金切り声を上げながら装備やテールローターをバラバラにしてアスファルトの地面に不時着した。コックピットは幸い直接的な被害は無いようだったので、多分操縦者も無事だろう……
スナイパーライフルの得意なトリガー5の神業を目の当たりにして、アタシだけでなくオープンカーに乗っていたアルシェも何が起こったか理解できないといった表情をし、あの黒髪女ですら当惑したように後ろを振り返っていた。
無理もない、一応味方?のアタシも理解できていないもの。
と思っていた矢先、再びポトマック川の向こう、薄っすらと見える国防総省の屋上付近にマズルフラッシュが走った────
「ッ……!!」
黒髪女がそれに気づいて素早くハンドルを切った。
オープンカーが車体を横滑りさせ、キュルキュルとタイヤと道路の摩擦音を響かせながらドリフト態勢に入る。
運転席から見えた黒髪女の横顔には、普段の余裕あるポーカーフェイスは失われていた。ヘリを堕とされてから明らかに焦りの色が見えていた。
アルシェは未だにさっきの攻撃が狙撃だということ自体気づいていなかったんだろう。
オープンカーの上で墜落したヘリを呆然と見たまま突っ立っていたアルシェが、車が急に旋回したことでバランスを崩し、そのままドアの角に側頭部を盛大にぶつけた。ゴテンッ!といい音を響かせて、そのまま後部座席でうつ伏せに横たわったまま動かない……まさか気絶した?
動かないアルシェを乗せたオープンカーの側面に再び一閃────稲妻のようにクリーム色のボディを抉り、アスファルトの地面に衝撃が走った。
二回目の雷鳴は────外れた。
150キロ以上で走る車体に当てるだけでも至難の業なのに、一発目からほんの数瞬、一呼吸という驚異の速さで放たれた銃弾……威力から察するにおそらく……タバコの箱より大きな12.7㎜×99㎜弾は、オープンカーの左側面を大きく傷つけた。だがそれでも運転手や車の動力源といった主要部分は外していた。
多分、あと少しでも黒髪女が車をドリフトさせるのが遅れていたら……後輪のタイヤを直撃していただろう。
その判断力は速さはアタシやフォルテを上回るものかもしれない……
黒髪女はドリフトで方向転換させた勢いを使い、そのままポトマック川とは反対の、ビルで入り組み狙撃に適さないワシントンのビル街に再びオープンカーを急発進させた。
最初、連中はポトマック川の方に行こうとしていた。それは多分、逃走用に洗脳したヘリのパイロットにAHー64Dを運転させ、神器とともに逃げるつもりだったのだろう……そうすれば、洗脳した運転手を人質に取りつつ、安全に国を出ることができる。だがそのヘリが落ちた今、明らかにあの黒髪女やアルシェが焦っていることが分かる。
────絶対逃がさない!
洗脳した一般人ではなく、組織に直接関係のある人間を捕らえるチャンス!絶対逃がさないんだから────!
ハンドルを切り、車をドリフトさせ、オープンカーのあとを追いかけようとワシントンの街に入っていくと、セダンに搭載された電子画面から声が聞えてきた。
『機体と雑費で64万ドル……』
「え……?」
これはさっき聞いたトリガー5の声だ。
だけどその声にさっきと違って感情は無く、静かなものだった。
『あと、マッキンリー山と並ぶくらいの始末書……』
「……」
『各方面への謝罪……』
ぼそぼそと吐かれる声にだんだん感情が宿っていく。だけどそれは決して明るいものではなく、重く、どんよりとした声。
あぁ……なるほどね。トリガー5は自分がやったことに対し、どのような責任が生じるか考え、その重さに絶望しているんだ。
「そ、その……ごめんなさい。えーと、レクス……アンジェロ……さん?でいいのかしら?」
アタシも一応王族の人間として考えてみると、AHー64Dや道路修繕などで64万ドル(国民の血税)をたった二発の銃弾でパーにしたことの重圧や、この前ケンブリッジ大学のテロ事件の後に書かされた脱走や単独行動に関する始末書(丸々三日分)……どちらもとても恐ろしいことを理解していたので自然と謝罪の言葉が出た。
『おお……お美しい声が聞こえる……これはもしや女神様の声ですか?』
あぁ……現実逃避しているのかしら……
「へったくそ!二発目外してんじゃねーかよ!」
軽く頬を引きつらせて苦笑いを浮かべていたトリガー5の女神様に代わって、天井からひょっこり顔を覗かせた銀髪の悪魔が返事した。
『なんだその言い方はッ……お前じゃ一発目すら当てられなかっただろ!助けてくれてありがとうございますくらいないのか貴様はッ……!?』
電子画面から人が変わったかのようにトリガー5の罵声が聞こえてきた。
ポトマック川の向こうから聞こえてきそうな程の大声ね……
「ロア止めなさい……!アタシ達を助けてくれた人にそんな言い方は無いわ!」
逆さで銀のツインテールを真下に垂らしていたロアにピシャリとアタシが言う。
『その声は……やはり女神様が────』
ピッ!
「あっこら!ロア!」
天井から助手席に降りてきたロアが電子画面の電源を切った。
「けっ……下らない話しはあとにしようーや……今はアイツらが優先だ……」
あご先でクイッと前方を走るオープンカーを指しながらロアがそう言った。
「……」
ちらりと見たそのハニーイエローの瞳にはふざけた様子も戦闘狂的な笑みも無かった。
鋭く真っすぐな視線。一見すると集中しているようにも見えるが、思い詰めているようにも見えなくもない……
────オープンカーに乗り込んだ後からどこか様子がおかしい?
と一瞬思ったが、すぐにその雑念を取り払う。
きっとロアは集中しているのだろう。
「えぇ……でもあとでちゃんとレクスさんにお礼を言いなさいよ?」
「……」
アタシの言葉が聞こえていたのか、それとも無視していたのか、ロアから返事は帰ってこなかった。