揺れる二つの意志
バンッ!!
黒髪女がアタシに発砲し、アタシはブレーキを踏んでそれを回避した。
「はぁッ!!」
その隙にロアがオープンカーの後部座席から、右手に持ったクナイ式ナイフで黒髪女を刺そうとしていた。
それを助手席で尻もちをついていたアルシェが立ち上がり、間一髪で杖で受け止め、鍔迫り合いに持ち込む。
黒、水、銀と様々な髪が風で揺れる中、アルシェが何かロアに語り掛けていた。
ここからだとロアが被っているせいでなにをしゃべっているのか分からなかった。
「迷っているんだろ?」
「はぁ?」
突然のアルシェの言葉に、私はもったナイフに力を込めたまま、興奮していた顔を傾げた。
「お前はいつ、そこの女を裏切ろうかと迷っているんだろう?だが他の仲間に明確な裏切りがバレては困るから、言い訳できる状況がこないか今か今かと待ち続けているんだろう?」
「……」
「だが安心しろ……裏切る機会は必ず訪れる。そして……お前はあの女を殺すだろう……」
私の額に何故か冷や汗が流れた……
確かにコイツの言う通り、未だセイナは気に食わない。昨日も正直言ってジェイクが止めなければ、私が負けていたかもしれないという事実に加え、何よりあのフォルテと……隊長と一緒に行動を共にしていたことが何より気に食わなかった。別に私は恋とかそう言った感情をフォルテに抱いているわけではない……ただ、なんて言えばいいんだろうか……いつも隣にあって当然の、身体の一部のように大事にしていたものを、ある日突然知らない女に奪われたような感覚。
────あぁ……嫉妬しているのか私は。
フォルテがセイナに寄せていた信頼に、昔一緒の部隊にいた時には当たり前のように感じていたそれに……
心の中にドス黒い感情が溢れだしてくるを感じた。
元々殺しに特化した人格として作られた私の本質が、フォルテにずっと抑えてきてもらった理性の糸が切れそうになる。
────きっと、この糸を切ってしまったらさぞ気持ちいんだろうな……
と心の中で一瞬思ったが、それをギリギリのところでロナが、もう一人の私が繋ぎとめてくれていた。
全く、昨日はやっていいと言っていたくせに……今日はダメとは都合のいいやつだな……
「何わけ分からないこと言っているんだ?裏切るだと?そんなバカな話し────」
「神の加護の予言で出ているんだ……お前が裏切るという予言が……」
身長差と魔女帽子のつばで表情は見えなかったが、アルシェは静かに、そして、どこか愉快そうにそう呟いた。
運転席にいた黒髪女はそれに対し何も言わない……
それどころかこちらに銃を向けようともしてこない。
……一体何考えてやがるんだ?
「何なら今ここで裏切ってもいいぞ?ヨルムンガンドに入ることさえ誓えば手を貸してやらんこともない……一緒にあの女を────」
「……おいおい、本当にそれでいいのか?」
「なに?」
なーんだ、そう言うことか……
遠回しに私を篭絡し、この状況を優位に持っていきたいってことか……
確かに魅力的な話しではあったが、そう言う奴に私が返す言葉はいつも決まっている。
アルシェの言葉を遮り、私が魔女帽子の上から吐き捨てるように叫んだ。
「お前の遺言がそんな言葉で良いのかって聞いたんだよ!!」
セイナは嫌いだ。それこそ、殺してしまいたくなるくらいに。だが、それよりもこうやって気取った奴の方が私はもっと嫌いだった。そしてなにより、その気取った奴の鼻をへし折るのが私はだ~いすきなんだ!!
空いていた左手をくいッと動かし、隕石の糸を展開、まるでチャーシューを縛るようにアルシェを螺旋状の糸が縛り上げた。
「ッ……!?」
そこで初めて、魔女帽子の下に隠れていた表情に焦りの色が見えた────
バンッ!!
黒髪女がFNブローニング・ハイパワーを私の太腿、防弾性の白いショートパンツとニーソックスの間を狙って9㎜弾を発射した。
「チッ!」
私は舌打ちしながらオープンカーから空中に躍り出て、そのまま拘束したアルシェを車から引きずり下ろそうとした。
黒髪女がもう一度私に向けてではなく、私とアルシェの間の虚空に向けて一発銃弾を放った。
「まじかよ……」
────プツンッ!と音が鳴って、アルシェを拘束していた隕石の糸が断ち切られたのを見て、バレないくらい静かな声で私はそう呟いた。
銃弾をも切り裂くことのできる隕石の糸だが、糸を張っている状態でないと切ることができない。逆に少しでも緩んでいるとこうやって切れてしまうこともあるし、劣化場所によっては張っていても切れてしまう場合もあるのだが、それを見抜くとは……あの黒髪女、見た目以上にヤバい奴なのかもしれない……
と空中で私はさっき巻き付けていた糸を手繰ってセダンの天井に戻っていった。
「アンタ飛び移るなら前もってそう言いなさいよ!?」
アタシが戻ってきたロアに窓から顔を出してそう叫んだ。
「うるせえ!お前こそ、何勝手に車の速度緩めてるんだよ!」
ロアが天井をガンガン地団駄を踏みながらそう返してくる。
この短時間で分かったことだけど、ロアは自分の思い通りに行かないことがあると不機嫌になり、他人や物に当たる癖があるらしい……さっきのM72LAWを外した時といい、今といい、まるでガキ大将のような性格ね……
「アンタ、アイツと何かしゃべってなかった?」
運転中で上手く聞き取れなかったが、ロアとアルシェは鍔迫り合いの最中に何かしゃべっていた様子だったのでそれについてアタシが聞くと、ロアは地団駄を止めて短く────
「別に大したことじゃねーよ」
「……?」
と静かにそう返してきた。
意外な反応に、アタシが何があったのかもう一度問い詰めよとした思考を遮るようにして、激しいプロペラのモーター音が後方から聞こえてきた。
「つーかそれよりも……おいでなすったな」
ロアが後方を見つめた先────態勢を立て直したさっきのAHー64Dが低空で近づいてきた。
さらに前方には、何故かさっきよりも険しい顔付きで、殺気を立ったアルシェが杖を構えてこちらを睨んでいた。
ロアに何されたのかは知らなかったが、どうやら本気にさせてしまったらしい……
────さっきはロアの機転や、アルシェたちが攻撃しなかったおかげでヘリの方はどうにかなっていたけど、挟み撃ちでは多分捌き切れない……
さらにセダンはボロボロ、これ以上攻撃を受けることもできない。
アタシはそう思ってキビシイ表情を浮かべた。
ロアもそう感じているのか、さっきの子供のようにはしゃいでいた姿はそこにはなく、どちらが先に攻撃してくるか、前後の様子を伺っていた。
クリケット場を通り過ぎ、昨日ポトマック川を渡る時に使ったルーズヴェルト橋の手前、リンカーン記念堂横にアタシ達が差し掛かろうとしたタイミングで、ヘリからM230機関砲、アルシェが氷のツララを展開させようと動き出した。
アタシがオープンカーに、ロアがヘリにそれぞれ銃口を向ける。
氷と鉄の暴風雨がセダンに降り注ごうとした瞬間────
カァァァァン!!
後方から甲高い金属音が響く。
バックミラー越しのAHー64Dぐらりと態勢を崩していた。
────いや!?
崩しているなんて生易しいものじゃない!
アタシやロナ、そしてアルシェが見つめる先でAHー64Dが、その機体と繋がっていた上部のメインローターが分離していた。
態勢を崩してたんではなく、飛行のために必要な部位を失ったヘリが文字通り落下しているんだ!
アスファルトの地面に機体が落下し、プロペラがミキサーの刃のように道路を切り刻み始めた瞬間。
ダァァァァン!!
ポトマック川の向こう側から雷鳴が鳴り響いた。