AHー64D《アパッチ・ロングボウ》
アスファルトの地面に炸裂したAGM-114Aの爆風がセダンの後方を跳ね上げ、後輪二つが地面から離れてしまう。
「クソッ!!」
前輪二つで前のめりになったセダンの視界がアスファルトの地面でいっぱいになった。それでもロアは悪態をつきながらもハンドル操作と速度調整をしながら態勢を立て直そうと試みる。
────ガゴン!!
「ッ~~~~!」
危うく天井と地面が逆転しそうになったセダンがギリギリのところで態勢を立て直し、シートベルトをしていなかったアタシとロアが衝撃で座席に叩きつけられた。
「ちょっと!?あれはアメリカ軍のヘリじゃないの!?」
後頭部に走った衝撃に頭がじんじんと痛み、両手頭を抑え、両目を瞑ったアタシが叫んだ。
「そのはずだ!まさか私たちをターゲットと勘違いしているのか?」
アタシ達の後方に攻撃してきた戦闘ヘリ、AHー64Dがついてくる。
ロアは片手でハンドルを握りながら手早くセダンの電子画面を操作、無線機と周波数が表示された画面を呼び出してからそこに向かって語り掛ける。
「おい、聞こえるか?セダンの後ろを飛んでいるそこのAHー64D!この間抜けが!てめーらが撃っているのは味方だ!攻撃するのは前のキャデラックのオープンカー……て、おいおいおいおい、何するつもりだ!?」
無線で話しかけていたロアが、バックミラーを見ながら酷く慌てた様子でそう答えた。
後方のAHー64Dが、ロアへの返答とばかりに今度はM230機関砲を撃ってきた。一分間に625発も撃てる30㎜機関砲の弾が、紙に穴を開けるくらいの感覚でセダンの防弾製のリアガラスを突き破ってくる。
「チッ……!」
後部座席が穴だらけになりながらも、ロアは間一髪でハンドルを切り、運転席や動力源の詰まったボンネットへの被弾を避ける。
「アイツら正気か!?全く応答しやがらねー!」
「まさか……また操られているんじゃ……」
一か月目のケンブリッジ大学の時のことを思い出したアタシがそう呟いた。
「例のテロ事件の奴のことか?」
「えぇ、あの時も、今オープンカーを運転している黒髪女が近くにいた。もしかしたらアイツの能力なのかも────」
ダッダッダッダッダッダッダッダッ!!
AHー64Dの銃撃がアタシの言葉をかき消しながらセダンに襲い掛かる。
バラバラと30㎜の大きな薬莢を地面に吐き捨てながら、アスファルトの地面を砕く弾丸を、今度は一発も当たらずにロアは回避して見せる。
「とにかく今は前から攻撃が来ないうちに、あの攻撃ヘリをどうにかしないとまずいわね……!」
というのも、前を走っていたオープンカーの二人は未だに言い争いをしていた。寧ろさっきよりも白熱させているような感じだった。
2、30メートルは離れているので完全に分からないが、口元の動き、読唇術で見る限り、アルシェが見た目通りの子供のような地団駄を踏みながら「水を差すな」だのと言っていて、それに黒髪女が静かに「うるさい」「黙って仕事しろ」だのと言い返しているような感じだった。
────控えめに見ても仲が悪いわね……
「それには私も同意だ。クソッ……気は乗らないが仕方ねぇ……」
「どうするの!?」
「応援を要請する、元S.Tの一人、スナイパーライフルのトリガー5にだ!」
「トリガー5って昨日言ってた国防総省で働いてる人のこと!?」
「昨日喋ってたのは私じゃないが、それで合ってる!トリガー5に直接連絡して、別の戦闘ヘリを送ってもらおう!」
そう言ってからロアが電子画面に電話を呼び出し、素早く番号を打ち込んだ。
数回のコール音が車内に鳴り響いたあと、男性の声が電子画面から聞こえてきた。
『もしもし!今忙しいから後回しに……』
さっきスミソニアン博物館前でCIA局長のジェイクに電話した時と一緒で、鳴り響く電話、怒号や誰かに指示する声に、辺りを走りまわる足音、そんな騒がしいなか電話に出たその男性、トリガー5は、フォルテやジェイクよりも年上の印象な、30代半ばくらいの大人っぽい声で忙しなくそう答えながら早々に電話を切ろうとしていた。
「待て待て私だ「レクス」!知らない番号からで申し訳ないが、今そっちに送った座標に攻撃ヘリの応援を送って欲しいんだ!!」
『────どちら様?納期を一切守らないCIA副長官なんて俺は知りません……』
「分かってんじゃねーか!!細かく言うと今は違うけど、とにかく送ってくれ!このままだとやられちまう!」
電子画面に向かってロアが三白眼と口をいの字にしながらそう切れると、レクスと呼ばれたトリガー5は、ため息混じりに呟く。
『ロナでもロアでもどっちでもいいが、今お前のドンパチに付き合っているほどこっちも暇じゃないんだ……ミサイル攻撃の関係で忙しいことなんて容易に予想が着くだろ……それくらい自分でどうにか────』
「ロア!!またミサイル!!」
後方を低空で飛んでいたAHー64Dが、ミサイルの発射態勢に入っていたことに気づきアタシは大声を上げた。
「ええいッ!セイナ!!運転任せるぞ!!」
そう言ってロアはベネリM4片手に窓から飛び出していく────!
「ちょッ……!?何してるの!?」
アタシは慌てて助手席から、レバー系統のあるセンターコンソールを飛び越えて運転席に座る。
「速度は維持しておけ!!」
ロアの声が窓から……いや、真上の位置から響いてきた。
どうやら窓から飛び降りたのではなく、車の屋根に飛び乗ったらしい。
言われた通り、前の車を気にせずにアタシが速度を150キロで維持しながら、黒いセダンとオープンカーが短い橋を駆け抜け、クリケット場の横に差し掛かろうとした瞬間────30~40m後方のAHー64Dのミサイルポッドが火を噴いた。
さっきのAGM-114Aよりも威力は低いが、その分速度の速いハイドラ70ロケット弾数発がアタシ達のセダンに襲い掛かる。
これは────避けれないッ……!!
高爆発威力弾頭を搭載したミサイルがバックミラー越しに見えたアタシが、最後の悪あがきに速度を上げようかと思った瞬間、車の天井からロアのショットガンの音が鳴り響いた。
バックミラー越しの風景が轟音と同時に赤黒い爆炎一色に染まり、アタシ達の背中越しに熱を帯びた風圧が押し寄せてきた。
さらにセダン周辺で複数の爆発、車体が右に左に大きく殴られたように揺れ、蛇行運転でハンドルが持っていかれそうになるのをアタシは必死に抑えながら、なんとか横転せずに済んだ。
「ふゅ~♪ジェイソンステイサム顔負けのカーアクションだぜ!!」
天井でロアが一人興奮しながら騒いでいた。
どうやら最初のハイドラ70ロケット弾をロアがショットガンの弾頭で撃ち落としたみたい。
その爆風に巻きこまれた他のミサイルが軌道を逸らして襲い掛かり、よく見ると、爆風に突っ込んだAHー64Dも軽くきりもみしていた。
墜落こそしなかったが、速度を落としたAHー64Dがアタシ達から少しだけ離れていった。
『なんだ?今の爆発音は?窓の外からも聞こえてきたが……』
電子画面からトリガー5の声が聞こえてくる。
「こっちは現在進行形でミサイル攻撃を受けているんだ!丁度いまてめーらの対岸の位置だ!」
────ビ、ビックリした……!
逆さの状態で運転席の窓からひょこっ!と顔を覗かせたロアが、銀のツインテール垂らしながら電子画面に怒鳴った。
今更だけど、車の座席に隕石の糸が巻き付いていて、それを命綱代わりにロアは使っていたらしい……道理であの爆風で吹き飛ばされずに済んだのかと少し感心していたアタシの横で、電子画面から唸り声が響いた。
『送るも何も、俺達の方も今それで困っているんだ、待機させていた一機のAHー64Dが勝手に発進して応答しないんだ。上がそれについて協議しているからこっちは無理に動けない────』
「それだよ!今そのヘリが私たちを攻撃してきているんだ!こっちの装備じゃあれを堕とすのは厳しい……戦闘機でもなんでもいいから応援を────!」
『ほ、本気で言っているのか!?仮にお前の話が本当だとしても、俺に同士を堕とせと言っているのか?』
「同士を攻撃する同士が何処にいるんだこの石頭!他の人間に詳しい事情を話してる暇はないし、そうすると今はお前しか頼れないんだ!頼むレクス……レクス・アンジェロ!!」
電子画面から数秒の沈黙。
それから短い舌打ちが聞こえてきた。
『分かった……3分待て、俺が何とかする。ただし始末書はお前が書けよ!!』
トリガー5レクス・アンジェロはそう言って電話を切った。
「よし、とりあえず後方のヘリは後回しだ!先にあのオープンカーをどうにかするぞ!」
「どうにかって、あの氷魔術をどう防ぐのよ!?」
「任せろ!私が何とかするから、セイナはとにかくあのオープンカーに向かって走れ!速度は下手に緩めんなよ!」
そう言ってロアは逆さにしていた顔を戻し、車の天井に戻っていった。
アタシは150キロでキープしていたアクセルをべた踏みにする。160、170、180とセダンが速度を上げるにつれてオープンカーの後方に10m程に着ける。
「ッ……!」
敵の接近を前に、流石にケンカを止めたアルシェが、再び氷の障壁と一緒にツララを展開させる。
純度の高い氷の所壁の向こうでアルシェが杖を振るい、青白い光と共に複数のツララが飛翔した。
ダンッダンッダンッダンッ!!
ロアがショットガンを連射した。
アルシェのツララを雨と例えるなら、ロアのショットガンはまるで霧雨のように空気中にばら撒かれ、セダンへの被害を最小限に留めていた。
残り数メートルまで近づいたところで、アルシェはツララの攻撃を止めて、今度は氷塊を上から三つ落とそうとしてきた。
ダンッ!!カチャ……ダンッ!!カチャ……ダンッ!!カチャ……
弾切れしたショットガンのフォアハンドを引きながら、銃弾の排莢口に直接銃弾を入れるコンバットリロードで、今度は散弾ではなく一発弾を装填し、ボウリングの玉ほどの氷塊を綺麗に撃ち落とした。
初夏のアメリカには不釣り合いな雹がセダンとオープンカーに降り注いだ。
────キキッ!
追いつきそうになったセダンに向けてオープンカーがブレーキを踏んでくる。
乗っていたアルシェが態勢を崩して尻もちをついていた。
アタシは咄嗟ハンドルを切ってギリギリでそれを躱し、ようやくオープンカーの右側に並走する位置までつける。
────この位置なら……!
尻もちをついていたアルシェの向こう側、あの黒髪女が見える。
アタシが右手で運転しながら左手でコルト・カスタム構えた。
同時に黒髪女もFNブローニング・ハイパワーを右手で構えた。
ッダン!
天井を掛ける足音が響き────ん?天井を掛ける足音……?
銃弾ではなく天井を掛ける足音────
「八ッハ~!!」
ロアの戦闘狂的な笑い声が天井からではなく、空中から聞こえた。
「ちょッ……あのバカ!?」
オープンカーの後部座席に、腰にショットガンを装備し、深緑のICコートと銀髪のツインテールを風にはためかせた少女が、ギラギラと凶器的な笑みを浮かべていた。
それはまるで────数日ぶりに草食獣を前にした肉食獣のように────