ロナの過去
そのあと、ロナにジャーマンスープレックスをかけたアタシは、床に叩きつけられて「ぐぇっ!」と目をぐるぐるさせ、伸びているロナを部屋の外に放り出しから、食事をさっさと済ませた。
食器とロナを呼び出したホワイトハウスの職員と一緒にフォルテが片付けていた。
アタシも手伝おうとしたところ、フォルテに「気にしなくていいから先にシャワーでも浴びれば?」と勧められたので、今日一日、日本からアメリカに来るまで色々ありすぎてクタクタだったアタシはその言葉に甘えることにし、シャワーを浴びてから空港から回収してここに運んでもらったスーツケースの中から、いつも寝間着にしている白いワンピース型のネグリジュを取り出して着用した。
シャワーを浴び終えた後は特にすることもなかったので部屋の大きなソファーで寛いでいると、夕食を食べてお風呂に入ったことでいい感じに眠気が襲ってきたので、少し早いが明日に備えて寝ようとしたタイミングでフォルテがノックしてから部屋に帰ってきた……
「片付けは終わったの……?」
ベッドに向かおうとしていた足を止め、部屋に入ってきたフォルテの方に振り返ってそう聞いた。
「ああ、ついでに明日何時にスミソニアン博物館に行くかロナに確認してきた」
そう言ってからフォルテは明日の予定をアタシに伝えてくれた。
「9時に向こうに行きたいからここを8時半に出る予定だ。朝食は今日と一緒で持ってきてくれるから心配しなくて大丈夫だ」
「うん、分かったわ、おやすみ……」
早く寝たかったアタシはそう短く返してベッドルームに向かおうとした後ろから、フォルテも「おやすみ」と言ってシャワールームに入ろうとしていた。
ん……?
「なんでシャワー浴びようとしてんのよ……?」
アタシは自分の部屋ではなく、わざわざアタシの部屋のシャワールームに入ろうとしたフォルテに訝し気な表情でそう尋ねると、フォルテもアタシと同じように訝し気な表情をした。
「えっ……?シャワー浴びちゃダメなのか?」
まるでここで入るのが当たり前と言った様子でそう言ってきたフォルテ。
その言い方があまりにも自然すぎて一瞬アタシが間違っているのかと錯覚してしまった。
「なんでわざわざアタシの部屋で浴びるのよ……?自分の部屋で入ればいいじゃない────て、まさかアンタ……アタシの入った風呂に何かしようとして────」
「何言ってるんだ……?自分の部屋も何も、俺もお前も今日泊まるのはこの部屋だぞ……?」
フォルテが「この前みたいに寝ぼけてんのか……?」と言いながら、脱衣所の扉に手を掛けたまま首を傾げた。
はぁっ……!?
「な、ななななッ……!なんでアンタと一緒の部屋なのよ……!?」
眠かった意識が覚醒して顔が熱くなっているのが自分でも伝わってくる。
「何を今更言っているんだ?別にいいだろ……向こうじゃ一緒に暮らしてるんだし……」
「それとこれとは訳が違うでしょ……!一緒の家と部屋ではその……ちょっと訳が違うじゃない……!」
幾ら高級ホテルのような内装と言っても、普通の家ほどの広さはない。精々ビジネスホテルを少し大きくしたくらいのサイズだ。そんな狭い空間で男女二人と言うのは幾らアタシでも……
「なにが違うんだよ……?大体、部屋に入った時から分かるだろ……ここが二人部屋だってことくらい」
「何処を見れば分かるのよ!ベッドだって一つじゃない!」
そう言ってアタシが背後のベッドを指さすと、フォルテは後ろを覗き込むようにしてそのベッドを見てからこう呟いた。
「よく見ろ、そのベッドだってキングサイズ。二人用だ」
そう言われて振り返ると、確かにベッドはシングルではなく、最高サイズのキング、さらによく見ると枕が二つきれいに並べてあった。
まるでカップルが使うかのように────
それを見てさらにアタシは顔が熱くなる。
「今日は俺のせいで色々迷惑かけちまったから疲れてるだろ?見た感じちょっと熱がありそうな感じだし、先にベッドで寝てていいぞ。俺もシャワー浴びたら適当に寝るからよ」
「ちょ、ちょっとッ……!?待ちなさいよ!」
欠伸をしながらそのままシャワーを浴びに行こうとしたフォルテをアタシが呼び止めた。
「まだなんかあるのか……?」
「アンタ……まさかアタシと一緒 (のベッド)に寝る気じゃないでしょうね……?」
そうアタシが聞くと、フォルテが肩を竦めた。
「何言ってるんだ?一緒(の部屋)に決まっているだろ?他にどこ(の部屋)で寝ればいいんだよ?」
さぞ当たり前のようにそう言ったフォルテの懐にアタシは鋭い正拳突きを叩き込んだ。
「なんだこれ……?」
タオルで自分の頭をごしごし拭きながら、アタシの作ったそれに気づいたフォルテが呆れた声を上げた。
フォルテがシャワーを浴びている間にベッド前の床にグングニルを置いて部屋の境界線を作り、絶対不可侵領域と入ったらサーチ&デストロイと書いたメモ書きを置いておいたのだ。
当然アタシも布団こそ頭まで被ってはいるものの、今は起きている。
もし仮にその領域に足を踏み込んできた侵入者がいたら、そのメモ書きの内容を実行するために……
「はぁ……たくッ……初めからベッドで寝る気なんてねーよ」
アタシがまだ起きていることに気づいてないのか、それとも気づいてて言っているのか分からないが、メモ書きに対してフォルテは独り言を呟いてから、さっきアタシが座ってたソファーに向かっていった。
ソファーが軋む音が布団を被ったアタシの耳にも届いてとりあえず一安心だが、まだ油断はできない……
アイツはケダモノ……いつ襲ってきておかしくない……
と、身構えてはいたが、数分経っても結局フォルテが襲ってくることはなかった。
ふぅ……と心の中でため息をついてから、これでようやくアタシも寝れると目を瞑ったが、ここで思わぬ事態に陥ってしまった。
寝れないのだ。
色々と身構えて緊張したせいで眠気がすっかり無くなっていたことに今気づいたアタシはそれでも目を瞑ったまま何度か態勢を変えて寝ようとしたが眠ることができず、ベッドから身体を起こした。
「寝れないのか……?」
「ひゃっ!?」
寝ていると思ったフォルテがソファーに寝そべったまま声を掛けてきたことにアタシは驚いて変な声が出てしまった。
「ちゃんと寝て身体を休めとけよ……明日も朝早いんだし……」
「う、うん……」
フォルテにそう促されたアタシは再びベッドに入ったが、やはり眠気はやってこなかったので────
「フォルテ……」
「どうした……?」
「ちょっとだけ聞きたいことがあったんだけど……いい?」
「話せる範囲なら……」
「ロナは過去に何があったの……?」
数秒の沈黙の後にフォルテは話しをしてくれた。
「アイツは昔、カリフォルニア州で孤児だったって話はしたよな?」
「うん」
「アイツはそこで同じ身寄りのない貧乏な子供の為に金持ちの家から盗みを働いたり、インターネットを使って銀行から金を盗んだりしていたことがあったんだ。どうやってその技術を身に着けたかまでは知らないが、一回二回ならまだしも何度もやっていれば流石に足が付く。大統領の命により、手口が巧妙で国外からの敵の可能性を考えて俺達、極秘偵察強襲特殊作戦部隊が向かった先でロナではなくロアに出会った」
「……」
「ヤツはどこからか盗んできたベネリM3で俺達に勝負を挑んできたが勝てずに捕まった。そのあとだ、今のロナに出会ったのは……今でもよく覚えてる。アイツが搬送中の車の中で拘束されているにもかかわらず強気な表情で暴れていたのが、次第に悲しみの表情を浮かべて泣きじゃくった姿は……」
「そのあとはどうしたの?」
「ロナとロアについて色々調べたたさ、その結果が二重人格。それもただの二重人格と違ってロナもロアもどっちも彼女なんだ……」
「どういうこと……?」
「アイツは生まれた時から表はロナ、裏はロアという状態で常に生活していたんだ。通常の表の人格とは別にあとから作ったん後天性の物ではなく、もともと存在していた先天性の二重人格だったんだ。そして彼女は面白いことに、その二つの人格に別々のことを学ばせていた」
「別々のこと?」
「あぁ……ロナはインターネットなどの電子関係だけを主に勉強し、ロアは格闘についてだけを主に学ばせた。そうすることで効率化し、一つの脳で二つ脳の動きを再現できるという稀有な体質だったんだ」
「なるほど、そんなに便利な体質があるのね……」
「だけど、欠点もある」
「欠点?」
「ロナはそうでもないが、ロアは凶暴性が強い。やり過ぎないように本来はロナが制御しているのだが、それを放棄した状態、つまりトレーニングルームの時のような状態に陥ると、ああやって味方でも攻撃してしまうところがある。だから扱いが難しく癖が強い」
「なるほど、ようやくアタシが攻撃された意味が分かったわ……」
「悪いな……今回の旅はお前に迷惑ばかりかけてしまって……」
「別にいいわよ……元々はアタシの事情で付き合わせていることでしょ?それに────」
アタシは少し言葉を切ってからこう言った。
さっきの食事の時にしていた会話からずっと思っていたこと。
「フォルテはロナのことを信頼しているんでしょ……?」
「そうだ。俺の元部下として、友人として、本当にいい仲間さ」
「じゃあ……なんでS.Tは解散したの……?」
「……」
フォルテはその問いに何も答えなかった。
そこでアタシはさらに続けた。
「それはトレーニングルームでロナの話していたトリガー2やフォルテが世間でFBI長官暗殺未遂の容疑が掛かっていることと何か関係あるの?」
「……ごめん……」
何秒何分、いやもしかしたら何時間も過ぎていたかもしれない……
それくらい長く感じた沈黙の後にフォルテが消え入りそうなか細い声でそう呟いた。
「これについては詳しく話すことができないんだ。もし話してしまったら……今後、セイナにまで迷惑をかけてしまう」
「それはさっき話していた極秘偵察強襲特殊作戦部隊のことよりも話せないの?」
「そうだ……不信感を抱くなと言っても無理があることは分かるが、こればかりは俺を信じて欲しい……としか言えないんだ。それと、ロナや、元S.Tは全員信頼できる良い奴らだ。だから……その……ロナとはなるべく仲良くしてやって欲しい……」
「……努力はするわ……それと、そのことについて話せるときが来たらフォルテ、その時は必ずアタシにその事情を説明しなさいよ?」
「……分かった……約束する……」
静かながらもはっきりとそう言ったフォルテの言葉にアタシはベッドに寝そべったまま頷いた。
「うん……悪かったわね……起こして……」
「いいさ……俺も時差ボケでちょっと眠れなかったところだから……」
「そう……じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
アタシはそう言うと布団を頭まで被った。
フォルテの今の話しを聞いたおかげで、さっき感じていたフォルテに対しての緊張はすっかり解け、そのあとアタシの意識は、フカフカのベッドの暗闇の中にゆっくりと沈んでいった。