本当の家族
「さてと……ボウリングを楽しんだところで、そろそろ本題に入るか……」
俺がセイナにボウリングの玉でストライクされた後、結局三人で2ゲームプレイした。
初めて使用した義手の方は、細かな関節の動き、駆動音の大きさ、脳波を読み取るブレインコミュニケーターの反応速度。
うん、どれも高水準で満足のいく内容だったな。
これなら戦闘で十分、いや今まで以上の活躍が期待できるだろう。
スコアは176と185と平均的だったが、俺は本来は右利きなうえ、性能検査も兼ねてのプレーだったのでこればかりは仕方ない。
まあそれも含めて性能検査の方は問題はないだろう。
問題があるとすれば────
「もう1ゲームよッ!こんな反則女ッ……次こそはギッタンギッタンにしてあげるわッ!」
眼を三白眼にさせてセイナが足を何度もバタつかさせて地団駄を踏む。
買ってもらいたい玩具の前でごねる子供ようなその姿は、とてもさっき「アタシは絶対やらないから」と言っていた人物と同一人物とは思えない様だった。
あと、その鉄板に足跡が残るくらいの殺人的な脚力で地団駄を踏まないで……木材の床からミシミシと悲痛な叫びが聞こえてるから……これ以上施設を壊さないでくれ。
お前はボウリングの床に親でも殺されたのか……?
と、セイナがそうなる気持ちも分からなくもないが……
「何が反則女よッ!セイナだって反則したじゃないッ!」
ロナは両目をギュッと閉じた状態で両腕を上げて抗議している。
二人のスコアは、セイナが243と136でロナは264と115でどちらも合計379。つまり引き分けなのだが……このスコアには色々と問題があるのだ。
「そっちが先にその変な糸使ってアタシの球の軌道を邪魔したんじゃないッ!道理で1ゲーム目は調子が悪かったと思ったわッ!」
ピシッとロナを指さし、セイナはまるで検査側が被告を追及するかのように反則内容を指摘した。
「変な糸じゃないッ!これは隕石の糸ッ!セイナだって2ゲーム目から同じように反則したじゃないッ!しかもアタシは精々少しだけ軌道をズラしてストライクを取らせないくらいの軽いものだったのに、セイナはアタシの玉をその磁力だか何だかよく分からない力でストライク軌道の玉を二つもガーター送りにしたじゃないッ!しかもロナは相手の玉しか細工してなかったのに、セイナは自分の玉の軌道まで反則の力で曲げてたじゃないッ!」
被告兼自己弁護をするロナはあくまで自分よりも相手の方が重罪という指摘。
確かにロナが先に反則した時点で悪いことは確定しているのだが……
それに気づいたセイナが「ふーん、そういうことするんだ……」と静かになにかを悟ったようにそう言ってからは凄かった。
いや酷かった。
相手の玉はその神の加護を使ってガーターに入るよう真横に操作したり、自分の玉のスピードや軌道を変えたりと隠そうとすらしないで反則をガンガン使っていた。
その結果、玉は飛ぶわ曲がるわ跳ねるわ様々な軌道で動き回り。挙句にはロナが隕石の糸で弾を真っ二つにするなど超次元ボウリングに二人が勤しんだ結果ドローなのだ。
大体、神の加護とはいえボウリングの玉はポリエチレンやウレタン製で本来は電気を通さないはずなのに、そう言った概念を無視できちゃっているのは本当に恐ろしい力だなと俺は改めて思った。
その件に関してはロナも「科学の力を無視してるなんて……チーターやそんなのッ!」と怒っていたくらいだ。
玉がレーンの途中で直角に曲がれば誰だってそう言うよな。
とこんな感じで親睦を深めるどころかより溝が深まったところで、今にもボウリングの玉を相手の脳天にストライクしそうな二人に俺は改めて声を掛けた。
「まあまあ……その……あれだ……結果はどうでも良く……ないか。分かった、分かったからもうそれで人殴ろうとするのは止めてくれセイナ……ロナもそのどさくさに紛れてセイナを殴ろうとするな……」
三白眼をこちらに向け、16ポンドのボウリングの玉を片手で軽々と振りかぶったセイナとその隙に闇討ちをしようとしていたロナを制してから俺は軽く咳ばらいをしてから話しを切り出す。
「ゴホンッ!ロナ、本題に入る前にお前に幾つか確認しておきたいんだがいいか?」
「なになに~何でも聞いて~」
セイナの背後で振りかぶっていたボウリングの玉をヒョイッと背中に隠したロナが元気いっぱいにそう答えた。
「俺達がここ一か月で起こしてきた騒動とセイナについてお前はどこまで知っているんだ……?」
「どこまでって全部だよ?」
どうやら質問の仕方が悪かったらしい。
キョトンとした様子でそう言ってきたロナに俺は少し唸った。
「その全部という範囲がどこまでかが分からないんだ。名前以外に俺達の目的やそういった諸々の事情のことを含めてどこまで知っているのか教えて欲しい……そうでないと話しを進めることができないんだ」
上手く説明できたか分からないが、どうやらロナには俺の意図していることが理解できたのか「あ~なるほどね」と言いながらうんうん頷いた。
「要はロナがどこまでセイナやヨルムンガンドについて知っているか確認したいってことね?今後の行動にどこまで同行させるか確かめるために」
「そんな感じだ……悪いが知っていることは全部話して欲しい」
「いいよ~ただし一つ条件としてどうやったって情報を手に入れたかは聞くのはNGだからね~」
銀髪のツインテールを揺らして俺達を交互に見ながらそう言ったロナに俺とセイナは小さく頷いた。
「よろしい……まっロナちゃんが長々と話してもしょうがないから端的にまとめるとバッキンガム宮殿に保管してあった雷神トールの神器とイギリス皇帝陛下がいなくなっちゃったからそれを見つけるためにフォルテを無理矢理日本からイギリスに連れてきて、セイナと一緒に捜索させてるって解釈でいいんだよね?それで怪しいのがケンブリッジ大学を襲い、セイナの双子の妹を人質に取ってたヨルムンガンドって組織ってことでそれで────」
「あーもういいロナ、十分わかった……」
俺は自分の元部下が優秀すぎることに片手で頭を抱えてやれやれと肩を竦めた。
「アンタ……どうやってそこまでの情報を手に入れたのよ……!」
セイナはロナがそこまで知っていることに対し、驚きで両目のブルーサファイアの瞳を大きく見開いていた。
「ダメダメセイナな、種は聞かないって条件でしょ?」
ロナはニッシッシとセイナを驚かせたことに対して嬉しそうな笑みを浮かべてそう返した。
「そこまで知っているのなら話は早い……じゃあ単刀直入に聞くぞ……」
俺はそこで言葉を切ってから真面目な様子でロナに尋ねた。
「雷神トールの神器、ヤールングレイプルをどうやって回収したか教えてくれ……」
「なんですってッ!?」
俺の言葉にロナではなくセイナが反応する。
最初に俺が大統領にそのことを聞かされた時と全く同じ反応だ。
「そっかぁ……ロナが寝ている間にそこまで聞いちゃったか……もうちょっと隠しておきたかったんだけどな……」
何故か少しだけ残念な様子でそう言ったロナにセイナが詰め寄る。
「ちょっとッ!なに残念がってるのか知らないけど教えなさいよッ……!」
予期せぬ情報に興奮して我を忘れたセイナがロナの着ていたキャミソールを掴んで激しく揺すった。
「お、おいセイナッ!?」
俺は興奮したセイナの両肩を抑えてロナから引きはがそうとする。
だがこんな時でも馬鹿力なセイナを俺は引きはがすことができない。
「ねえセイナ……アタシも一つ聞いてもいいかな……?」
身体を揺すられた状態のロナが静かに口を開いた。
「本物の家族ってどんな感じなの?」
「ど、どういう意味よ?」
セイナはキャミソールを掴んだまま動きを止めた。
「そのままの意味だよ。本当の家族。要は血のつながった家族がいるってどんな感覚なのかなって思っただけ……」
「それは……」
唐突な質問にセイナは口籠る。
「ロナはね、本当の家族を知らないの……物心つく前からカリフォルニア州の孤児として育ったロナは本当の家族を知らないの……」
「……」
さっきまで興奮していたセイナは意外そうな顔をして無言のままロナを見つめていた。
「だけどそんなロナに家族らしく振舞ってくれたのが元S.Tのメンバーだったの……トリガー2と4はいつもアタシと喧嘩する兄弟みたいで、トリガー5は口うるさいお父さん、トリガー6は自由気ままなお姉ちゃんで、トリガー7は無口だけど陰で支えてくれる母親のような存在だった。そしてフォルテはアタシにとって……」
セイナではなく俺の方を見たロナは優しく微笑んでからこう告げた。
「アタシにとっては大切な恋人のような存在だった」
「それが……それが何だって言うのよッ……!」
困惑した様子でセイナは聞く。
その両手はロナのキャミソールから既に離れていた。
「別に同情して欲しいとか、急に自分語りがしたくなったとかそういう意味じゃなくて……セイナが家族である皇帝陛下や妹のために戦うようにロナも今までずっとフォルテや他のメンバーのために働いて、そして戦ってきた家族なの……これから教える情報はその家族であるフォルテを危険に晒すかもしれないって行為って言うことは分かってる?」
「ロナッ……!俺は────!」
「フォルテは黙ってて……」
俺が口を挟もうとしたところをロナが一言で静止した。
最近ではあまり見られなくなったそのロナの態度に俺も思わず口を紡いで押し黙る。
「今はセイナにそのことを聞きたいの……」
一瞬ロアがまた出てきたのかと勘違いするほどの冷淡なその言葉と瞳を前に、俺は額から一滴の冷や汗が流れた。
「アタシは……」
言葉を模索するように顔を少し俯かせたセイナを、ロナがその冷淡な瞳で覗き込んだ。
相手の心を全て見通すかのようなそのハニーイエローの瞳は向けられたものが思わず背けてしまいたくなるような酷く冷たいものだった。
だが、セイナは逃げずに自分のブルーサファイアの瞳でそのハニーイエローの瞳をしっかりと見つめてからこう言った。
「アタシは確かに自分の家族の為にアナタの家族であるフォルテを利用しているわ……それは否定しない。危険な目に合わせているのも重々理解している。ただ、今のアタシにはフォルテしか頼れる人がいないの……アタシ自身に力も権力も無いから……だから……アタシがフォルテとパートナーである間は絶対に死なせたりしないッ!たとえ、アタシの命に代えたとしても……」
「セイナ……」
「……」
「だから……だからフォルテを────」
「いいよセイナ……もう伝わったから……」
まだ何か言おうとしていたセイナにロナは冷淡な瞳からパアッと花が咲くようないつもの元気いっぱいな笑顔を見せて、何事も無かったかのようにこう告げた。
「さーてッ!セイナの気持ちも分かったし……!本題に入ろっか?」
くるりと踵を返してボウリング場の席にぴょーんと座りながらロナは人差し指を口に当てて「んー何から話そっか?」と俺達に聞いてきた。
一瞬その表情の変化を前に呆気に取られていたが、直ぐに俺は気を取り直して質問をした。
「大統領はロナが偶然神器の在りかを見つけたって言ってたけど……あれはどういうことなんだ?」
俺はセイナの肩から手を離してそう聞いた。
「あーそれはねー別の組織でちょっとしたいざこざがあってね~」
アハハッと笑いながら銀髪の後頭部を掻きながらロナがそう返してきた。
「別ってあれのことか」
「うんあれ、おかげで部屋から出てフロリダまで行く羽目になったんだからロナちゃん疲れちゃったよ……」
「ちょっと待って、アタシにも分かるように説明しなさいよ……!」
俺とロナの会話についていけなくてセイナがすかさずそう言ってきた。
「あれフォルテもしかして教えてなかったの……?」
「あーそう言えば言うの忘れてた……かも……?」
「なんなのよ全く……早く教えなさいよ……」
今までのことを含めてイライラがほぼMAXなセイナが切れる寸前の声でそう言ってきたので、あと一回でも冗談を言おうものなら拳よりも怖い電撃が来ると予知した俺は直ぐにそのことについて説明を始めた。
「言い忘れてたんだけど……実はロナにはCIAの他に大統領公認でもう一つ別の組織のトップをやっているんだ」
「なにそれ、そんなことってありえるの?」
訝しげな表情で若干額に青筋を浮かべたセイナがそう聞き返してきた。
「ロナはね~元々そこの組織出身で天才だからベアード大統領に引っ張られた感じなんだよね~」
ふふんと得意げな顔で誇るロナの横で俺がその組織の名前をセイナに告げた。
「ロナはCIAの他にAnonymousというハッカー組織のリーダーもやっているんだ」
「はあッ!?アノニマスってあの世界で活動しているハッカー集団の!?」
「そうだ。何しろロナはアノニマスの創設者だからな」