ストライクハート
ガコンッ────!
「よしッ!ストライク!」
軽快な音を立てて綺麗に倒れた10本のピンを前に俺は左腕の義手でガッツポーズした。
「……」
「ナイスフォルテ~!!」
時刻は16時過ぎのディナー前。
振り返った先でベンチに座って腕組しながらこっちをジト目で睨んだセイナと、両腕を上げて立ち上がり、まるで自分のことのように喜ぶロナの姿が目に映る。
そのままベンチに戻ってきた俺はロナと「イエーイッ!」と言いながら両手でハイタッチしていると、その姿を横で見ていたセイナが呆れたように口を開いた。
「で?これはどういうこと……?」
そんなセイナに両手でハイタッチを求めると「アタシはやらないからね」と蔑んだ眼を向けられた俺は、手をゆっくり引っ込めながら────
「だから性能検査だって」
て言うと、セイナはそれに呆れかえったように大きなため息をついてから俺の顔を見上げた。
「これのどこが性能検査よッ!?ただのボウリングじゃないッ……!」
「次はロナの番ね!」と右手を上げて宣言しながらレーンの方にとててて……と走っていってボウリングの玉を投げているロナの様子を、セイナが左手で指さしながら部屋に響くくらいの大声で叫んだ。
「仕方ないだろう、本当だったらトレーニングルームでやりたかったけど、さっきの戦闘でめちゃくちゃにしちゃったからホワイトハウス内で他に身体を動かせるところはここくらいしかないんだよ……それに、さっきも言ったけどこれはセイナとロナの親睦を深めることも兼ねてやっているんだ。そんなあからさまに嫌な顔しないでくれよ……」
俺は辺りを見渡しながらセイナにそう説明した。
ここはホワイトハウスの真ん中の建物、Executive Residenceの地下にあるボウリングレーンだ。
1947年に大統領の娯楽用に作られたこのレーンは、かつてはWest Wingに複数のレーンが備わった大きなものがあったが、1969年に今の場所に移されてレーンの数は一つになった。
そのため通常のボウリング場と違い、細長い部屋に一つだけ設けられたレーンの姿はまさにプライベート用に相応しいこじんまりした感じになっていた。
「別にアタシ嫌な顔なんてしてないわ、そんなに性能検査がしたいならこんなところじゃなくてホワイトハウスの外の施設で試せばいいんじゃないかと思っただけよ」
「いやぁ……俺だって本当はそうしたいけど、この近辺はFBIに関する施設もそこに属する人員も多く存在しているから下手に出ていってバレたりなんてしたらここには戻ってこれなくなる。だから建物内で済むことは建物内で済ませたいんだ」
「そうだった忘れてました凶悪犯罪者殿……!」
「俺も別に好きでやっているわけじゃないんだよ?国際指名手配犯」
一語一句を強調しながら嫌みを言ってきたセイナに俺がそう返す。
自分で言ってなんだが、国際指名手配犯を好きでやっているわけじゃないってかなりパワーワードだよな……
寧ろ好きでやっている人なんているんですかね……?
「と・に・か・く、アタシはやらないわよボウリングなんて。大体なんでこんなところまで来てあんな気に食わない奴と一緒に娯楽に興じなきゃいけないのよ……?全く……」
そう言ってセイナが立ち上がって部屋の外の方に向かって歩いていく。
「お、おい……どこ行くんだよ?」
俺が背を向けたセイナに後ろから声を掛けるとセイナは不機嫌そうな顔で振り返ってから嫌そうに告げた。
「女の子にそれ聞くの普通……?花ちょっと積んでくるだけよ……アタシはどうせ参加しないんだからアンタ達で勝手にやってなさい……」
「あれあれ~もしかしてロナに負けるのが怖いのかな……?」
ストライクを取ったロナがレーンの上から、部屋を出ようとしていたセイナを挑発した。
「はぁ?何でアタシがアンタに負けるのよ……?それに怖い?バッカじゃないの?」
呆れ顔で振り返ったセイナにロナはササッと近寄って周りをぴょんぴょんしながらさらに挑発した。
「勝負したがらないってことは~やっぱ負けるのが怖いと思っている以外考えられないよね~だって勝てる確信があるなら文句を言わずにやるはずだもんね~でも心配しないでセイナ!確かにロナの実力はホワイトハウスで一番だから負けるのを恐れてしまうのは必然……仕方のないことなんだよ~それを恥じることはないよ……」
うんうんと頷きながらフルフルと震えているセイナの肩をポンポン叩きながらロナはそう言った。
うぜぇ……
てかよくそんな地雷のスイッチをポンポン叩けるよなお前……
全く関係ない俺から見てもうざいその挑発に、当事者であるセイナが耐えられるはずもなく────
「いいわよッ!!やればいいんでしょッ!!やってやるわよ!!なにホワイトハウス内程度ではしゃいでいるのか知らないけど、こっちはボウリングの本場ヨーロッパの出身で尚且つアタシはその中でもバッキンガム宮殿で一番上手かったわよ!!」
肩に乗ったロナの手を払いのけてから詰め寄ってきたセイナがそう吐き捨てて部屋の外に向かってズカズカと歩いていく。
ロナに会ってからのセイナはイギリス淑女らしさは消え失せて、軍人らしさが前面に出てしまっているな。
それが本当の姿なのかもしれないけど、仮にも王女なのだからもうちょっとお淑やかに振舞って欲しいなと一瞬思ったが、他人行儀で淑女のような振る舞いしかしないセイナはそれはそれで変だなと俺は思った。
やり方はちょっと褒められたものではないが、ロナのおかげでセイナも普段の素の自分が無意識に出せているのかもしれないな。
「戻ってきたら見せてあげるわよ!アベレージ280のアタシの実力をッ!」
「精々そのまま逃げださないようにね~あーあとトイレは部屋出て左の通路の突き当り角にあるから~」
ロナの言葉を最後に部屋を出て行ったセイナを尻目に、俺は小さく言った。
「……悪かったな……」
「えっ?」
ロナが俺の唐突な謝罪に驚いて顔を見上げてきた。
「どうしたの急に?」
「いやまあ……こうやってロナにも色々と付き合せちまったことと、あと……ずっと連絡しなかったことについてその……申し訳なかったと思ってな……俺はロナなら放っておいても大丈夫だと、気づかないうちに色々と面倒事を押しつけちまってたんだと思う。それなのに俺はお前に一言も礼も言わずにただのうのうと暮らして────」
「それは違うでしょ……?フォルテは休暇って言っているけど、本当はMIAのトリガー2の情報を探すために日本に移り住んだんでしょ?そうじゃなかったら、わざわざトリガー2の故郷に住まないでしょ?」
食い入るようにそう言っていたロナの言葉に、鈍器で殴られたような衝撃が俺を襲った。
流石は天才と言われているだけあって俺があの港町に移り住んだ本当の目的にロナは気づいていたらしい。
「仮にもしそうだとしても、その話しと今の話しは関係ない。俺がお前にCIAの今の地位を押し付けてしまっていたことには変わりないからな」
「ううん……関係なくないよ、だってフォルテがロナに今の地位を用意したのは新しい就職先って言っていたけど、本当はトリガー2の情報を集めて欲しかったからでしょ……?もしくは調べるのに容易な職場についてもらおうって考えたのかもしれないけど……それにアイツが、トリガー2があんなことで死ぬはずがないことなんてフォルテが一番分かっているでしょ?」
訴えかけてくるその真っすぐなハニーイエローの瞳を前に、俺は視線を外してしまう。
「だが結局情報は手に入らなかった。アイツは死んだんだ……そう思ってしまったから帰る場所なんてない俺はあの街で大人しく珈琲店を営んでいただけだ。他の隊員に仕事だけ押し付けて一人で戦場から逃げだしたんだよ俺は……!」
静かに、それでもって力強く俺はロナにそう言った。いや自分自身にそう言い聞かせたのかもしれない。
かつての相棒の一人であったトリガー2が死んだ事実を認め切れない自分に対して……
「じゃあなんでセイナと行動を共にしているの?」
「……それは……」
再びの衝撃が走る────思いもしなかったロナの一言に俺は言葉が詰まる。
「ロナは何となくわかるよ……」
「えっ?」
「多分フォルテはセイナのことをトリガー2のことと重ね合わせて見ているんだと思う……他に何か理由があるかもしれないけど、その理由の根底になっている部分は多分……トリガー2と同じようにセイナのことをパートナーとして放っておけないんだと思う」
「……」
俺は自分でも気づいていなかったことについての指摘を黙って聞いていると、ロナはさらに続けた。
「ロナは確かに寂しかった。フォルテに連絡してきて欲しいって思ったこともたくさんあった。でも本当のことを話すとね、そっちの方はあんまり気にしてなかったんだよ。情報集めの為にフォルテが移住したことはロナも分かっていたから、それを邪魔しちゃいけないって……」
そこでロナは一回言葉を切ってから視線を逸らし、何かの躊躇を見せてから、意を決したかのように再び俺の顔を真っすぐ見据えてからこう答えた。
「フォルテがセイナをここに連れてくるって連絡してきたときにね……ロナは……上手く表現できないんだけど、なんかフォルテがロナ達から遠くなっていくような気がして……怖かったの……セイナにフォルテを取られちゃうんじゃないかって……」
「俺がセイナに取られる……?SASに引き抜かれるってことか?」
「そういう意味じゃなくて、二人でどこか遠くに行っちゃうような……その駆け落ちや失踪に近い感じ……かな?」
ロナのその言葉に俺は首を捻った。
一週間で仲たがいしかけたような相性だぞ?
あんな、家では鍛錬だの自分のことばっかで家事もロクに手伝おうとしない、人をすぐに変態扱いして、気に食わないことがあるとすぐに暴力や電撃で解決しようとするようなやつだぞ。
そんな奴と俺が駆け落ち?失踪?ありえん……
まあ確かに人形のような、まるで映像の世界から出てきたような異次元の可愛さに、スタイルも小柄ながらも華奢で美しく、仲間や家族を大切にする姿勢や正義を貫き通す心の強さや意志。そう言った誰もが羨むような良さもたくさんあるが……
「それはないだろ……俺もセイナも互いにそんなこと望んでないし、それにあくまでパートナーは今の事件を解決するまでの話しだ」
「じゃあ、このヨルムンガンドに関する一連の事件が終わったらフォルテはどうするつもりなの?」
「……」
痛いところをついてくる。
自分よりもロナは俺の心境が分かっているかのように的確な指摘をしてくる。
どうやら天才の前では俺の心なんざ隠し通すことはできないらしいな……
「分からない……正直この先俺がどうしたいのか自分でも分かっていないんだ……だから今はとにかく目の前で起きたこのヨルムンガンドの騒動に全力で取り組みたいと俺は考えている。それに気になっている点もあるんだ」
「気になっている点?」
ロナはキョトンとした様子で言葉を繰り返した。
「あぁ……組織のメンバーで俺のことを手榴弾で吹っ飛ばした東洋人の女が俺のことを元S.T隊長の他に月下の鬼人とも呼んでいた」
「それってまさか……!?」
「うん、俺がS.Tに入る前の通り名だ。だがこのことについて知っているやつは俺の知る限り、お前達S.Tの元隊員を含めてもごく僅かだ。それを知っているということはもしかしたらトリガー2がこの件に関与している可能性もゼロでは無いなと俺は考えている。だから────」
俺はロナの両肩を掴んで真っすぐ瞳を見つめた。
ロナは少しだけ驚いた様子でハニーイエローの瞳を大きく見開いた。恥ずかしさもあるのか、その絹のように白い肌をほんのり赤く染めて俺の顔を覗き込んでいる。
「俺とセイナに協力してくれないか……?」
「う、うん……分かった……」
互いの吐息が掛かるくらいの距離まで詰め寄った俺は真面目な様子でそう言うとロナは小さく頷きながらそう答えた。
「何しているの……?」
「「ッ!?」」
その声の主に驚いて俺とロナは互いに抱き合った状態で大きくその場でジャンプした。
部屋の入り口の方にトイレから帰ってきたセイナがゴミを見るような目で俺達を見ていた。
「アタシだけじゃなく、ロナにまで手を出して……このッ……!」
握りこぶしと青筋を額に浮かべてセイナがこっちに近づいてくる。
どうやらセイナには俺達が別の何かをしていると勘違いしたらしい……
「いや……これはそうじゃなくて……!」
「そうだよセイナ!これは互いに同意の上で……」
「ちょッ!?お前何言ってるの!?」
弁明しようとした俺の言葉をロナの一言で台無しにされた。
「このッッ!!ホワイトハウス一番の変態がッ!!」
そのあと、見事変態一位の座を勝ち取った俺の脳天にセイナの腕力を生かしたボウリングの玉が振り下ろされるというありがたい褒美をもらった。
我々の業界ではご褒美……なわけあるか!
気絶しかけた視界の先で何故か少しだけ寂しそうなロナが映ったが、きっとこれも脳天をぶっ叩かれたせいだろう……
と、その時のロナの表情について俺はそれ以上深く考えていなかった。