コードネーム十字架(クルス)
グングニルを構えたまま突進するアタシに向かってロナがベネリM4を撃つ。
瞬間、軽い火薬音と共に銃口からBean Bagのような円盤型の銃弾が飛んできた。
アタシはそれを難なくサイドステップしながら躱す。
父親に仕込まれた槍術の中で、銃を持つ相手と戦う際に教わったことは銃弾の躱し方だ。
相手の持つ銃の性能、銃口、視線、環境、それら全てを統合して飛来する銃弾を予測し、それが発射される前に身体を動かしたり、フェイントを掛けたりしてとにかく相手の懐、槍の届く間合いまで詰める。
特に今は模擬戦で、実弾の入ったハンドガンをむやみやたらに撃つことのできないアタシは、遠距離からの牽制無しで相手に近づくしかない。
だが、そのアタシのハンデの代わりに────
「チッ!」
カチャリッ!
ロナが舌打ちと一緒に手動でショットガンのボルトを引いて排莢し次弾の暴動鎮圧用弾を薬室に装填する。
というのも暴動鎮圧用弾などの非殺傷弾は火薬量が普通の弾薬と違って抑えられているため、弾薬の反動や発射ガスを利用して連射するベネリM4ではしっかり機構が作動しないことがあるのだ。
だからセミオートマチック式のショットガンでもこうしてポンプアクション式ショットガンのように毎回ボルトを引かなければならず、その連射性能が落ちることもあってアタシが3発の銃弾を躱したころにはもうすでにロナの懐に入っていた。
「はぁ!!」
その銀髪の頭目掛けて上段からグングニルを振り落とした。
「あぶなッ!?」
ロナは若干ふざけたような、驚いたような声を上げながら右肩を引いて半身になることでその攻撃をギリギリのところで躱した。だが、頭への直撃は免れたものの、躱した刃はロナのその牛のように太った憎たらしい胸の先をアタシの刃の腹がかすめ、プルンッ!とその二つの大きなマシュマロに不必要な上下運動を引き起こさせてしまう。
「いやん///」
だらしない声を上げたロナにアタシはイラっとしながらも、躱された刃の勢いをそのままにロナに対して背を向けるような形で回転しながら振り下ろした刃とは反対の刃を横なぎに振るった。
「おっとと!」
後ろによろめく様にしてまたしてもギリギリで躱したロナは、そのままバックステップの態勢に入ってから────
シュッ!
自分のICコートの懐から忍者の使うクナイのような変わった形状のナイフを二つ取り出してアタシに素早く投擲してきた。
「ッ!!」
アタシはその二本を弾き飛ばしてからグングニルを自分の身体の周りで一回転させながら、槍の半分を切り離してショットガンを構えていたロナに向けて投擲した。
「スピニングスラッシュッ!!」
投擲した片槍は回転しながらロナに向かって飛んでいく。
「そんな攻撃ッ!ロナちゃんにかかればッ!……て、あれれ?」
ロナは果敢にそう叫びながらクレー射撃でもするかのようにベネリM4で飛来するグングニルを撃ち落とそうとしたが、三発当てても止まらない槍に狼狽えた様子を見せる。
それもそのはず、アタシのスピニングスラッシュはただ槍を投擲しているのではなく、雷神トールの神の加護の力を使って磁気を纏わせることによって回転力を上げているのだ。
普通の銃弾なら数発当てれば止まるかもしれないが、暴動鎮圧用弾程度なら簡単に撃ち落とすことはできない。
「やばッ!?」
間抜けな声を出しながらもロナはしゃがみ込むことでギリギリスピニングスラッシュを躱したが、反応が遅れたことで大きな隙を作ってしまっていた。
もちろんアタシはその隙を見逃さず、大げさにしゃがみ込んだロナ目掛けて突進していく。
「このッ!」
ロナが二発の残り残弾をアタシの正面に向かって放つ。
それをアタシは走った勢いを乗せて思いっきり跳躍して躱した。
「ウソッ!?」
眼下でロナの眼が見開かれるのが見えた。
「はぁぁぁぁ!!」
そのまま上段に勢いを乗せた一撃をロナの銀髪に向かって振り落とした。
「タンマタンマッ!!」
素早くショットガンを腰に付けたショットガン専用のホルスターに収めたロナは、さっき投擲したのと同じタイプのクナイ型のナイフをICコートの懐から両手で一本ずつ抜いて、頭上で交差させたバツの形を作って斬撃を受け止めた。
「クッ!このッ!!」
空中で防がれた一撃にアタシは声を出しながら全体重を乗せてそのクナイごと押し切ろうとした。
「ちょッ!?セイナちゃん馬鹿力過ぎませんかッ!?」
だんだんそれに押し返されたロナは目尻に涙を浮かべながらあたふたとしていた。
アタシはそのままジリジリと槍を押し付けていくと、ロナが急に何を思ったのか急に力を抜きながら地面に倒れて仰向けの姿勢になった。
「とおッ!」
「グッ!?」
アタシの腹に激痛が走った。
ロナが仰向けに姿勢になったことでフリーになった右足をアタシの下腹部の辺りに突き出していたのだ。
そして────
「それッ!」
そのまま上に押し上げられたアタシはロナの後方に放り投げられた。
これは────巴投げ!?
実際の物とは少し違うが、その変則的な巴投げで後方に放り出されたアタシは地面で前転をしながら受け身を取る。
その頭上をアタシがさっきスピニングスラッシュで投擲した片槍が通過していった。
危なかった……!あと少しでも遅かったら自分の技で自滅していたかもしれない。
そう思いながらその場で立ち上がると、すでにアタシよりも先に立ち上がっていたロナが高笑いをしつつショットガンに新しい銃弾を装填しているところだった。
「くっふっふ……!どう?ロナの完璧な変則巴────ぐひゃッ!?」
アタシの方にロナが振り返った瞬間、アタシのスピニングスラッシュが見事にその脳天に直撃してカーンッ!と小気味いい衝撃音がトレーニングルームに響き渡った。
「はぁ……アイツは……」
トレーニングルームの壁に寄りかかっていたフォルテが右手を顔に当ててため息をついていた。
ロナは「はにゃにゃにゃ……」と聞いたこともない珍獣のような声を上げながらよれよれと左右に揺れていた。どうやら投げられたアタシよりもダメージは大きかったらしい。
ていうか────
「アンタさっきからなんなの!?もっと真面目にやりなさいよ!!」
アタシがつい痺れを切らしてロナに叫びつつ、電撃を使って地面に落ちていたグングニルを回収していると。
「にゃ、なにを!?ロナはいつだって本気だー!」
と痛みに堪えながら大袈裟に両手を上げながら子供のようにそう言い返してきた。
伝説と言われていたS.Tの元メンバーがこの程度の実力なの?
それとも実戦から離れすぎて実力が落ちているのか?
正直言ってあまり強いと感じないロナにアタシが訝し気な表情で睨んでいると、横で見ていたフォルテが急に声を掛けてきた。
「おいロナッ!お前……この一年ずっと戦闘訓練をサボっていただろ?」
フォルテの突然の指摘にロナは図星なのか「ギクッ!?」と声を出して身体をびくりッ!と震わせた。
分かりやすいわね……
「ナンノコトカナー?」
首を機械的にフォルテの方に振り向かせながら、片言英語でロナはそう返した。
よく見ると体中から明らかに戦闘で出たものでない汗がだらだらと身体から流れ出していた。
「動きを見れば分かるぞ!お前は俺とか「トリガー5」がいつも生活管理していないと、部屋だけでなく鍛錬や訓練を怠ることは会う前から分かっていたが、さてはお前S.Tが解散してから今日まで一回も戦闘どころか訓練もやっていないな!?」
珍しく怒鳴り散らすフォルテにロナも否定するどころか開き直って。
「だって、CIAの仕事で覚えることいっぱいあって大変だったんだもんッ!いくら頑張っても前のフォルテみたいに褒めてくれる人は誰もいないし……!いくら天才のロナでもメモリには限度ってものがあるのよ!」
少し半泣き気味にそう言ったロナにアタシは少しだけ動揺した。
「だからって、戦闘で得た経験を忘れるくらいなら、もっと他の人を頼ればいいだろ……」
ボソリとフォルテがそう呟いた。
その一言は恐らくフォルテにとって、ただ思ったことを口にしただけの軽率な発言だったのだろう。
だが、ロナにとってのその一言は、今の彼女にとっては聞きたくなかった言葉だったらしく、涙目のまま険しい表情を浮かべてフォルテに叫んだ。
「ロナの今やっている仕事はそう簡単に誰かに任せられるわけがない!それはフォルテ!例えそれがアナタであってもロナは今の仕事を頼むことができないわ!それくらい難しい仕事なの、今やっている仕事は……それでも、ロナたちの為に身体を張って犠牲になったトリガー2の為にも弱音を吐かずにこの一年頑張ってきたのに、久しぶりに電話を掛けてくれたフォルテはアタシに何も言ってくれなかった。一言で良かったのに……その上、ロナたちとは関係ないこんな女まで連れてきて……そんなんだから努力する気も失せて、戦闘はいつもアイツに任せちゃうのよ!」
詳しい事情についてアタシはよく分からなかったが、そう捲し立てたロナの言葉にフォルテが少し狼狽えた様子を見せていた。
「もういい……本当だったらロナの力だけでコイツに勝とうと思っていたけど、今のフォルテの言葉聞いたらなんか嫌になっちゃった……」
そう言ったロナがアタシに身体を向けて静かに目を閉じた。
「ッ!?おい!?やめろロナ!!」
何故かその様子にフォルテが慌てたように声を上げた。
何をそんなに慌てているのかよく分からなかったアタシの前で、ロナはそのハニーイエローの瞳をゆっくりと開けた。
「ッ!?」
アタシは驚愕した表情で目の前の銀髪の少女を見た。
これは誰だ……?
確かに目の前にいる少女はロナのはずなのだが、さっきのふざけた調子の雰囲気は消え去り、その表情も緩み切ったものから、キリッと引き締まったものに変わっていた。
別にどんな人間でも上辺くらいまではこうして雰囲気や表情を変えることはできるかもしれない。
アタシだってやろうと思えば、さっきのロナがフォルテに発していたような猫なで声や甘えた態度も取れなくはない(そんなこと、死んでもやる気はないけど)でも、それは本来の姿や意思とは無関係の行動のため、必ず違和感のようなものが生じてしまう。
しかし、いま目の前にいる少女からはその違和感を一切感じない。上手く表現できないが、目の前にいるのはロナの姿であってロナではない。まるで中身そのものがごっそり入れ替わったかと思うくらい別人の印象になっていた。
「よぉ……お前がセイナか?」
ロナの姿をした人物はさっきの猫なで声とは対照的な低い声で、まるでアタシと初めて会ったかのような口調でそう呟いた。
「クソッ!もう入れ替わりやがったか!?」
アタシが反応するよりも先にフォルテがそう反応した。
「隊長!久しぶりだな!一年ぶりか?会いたかったよ」
ロナだった人物は横に居たフォルテの方を向いてそう声を掛ける。
フォルテに対しても今日初めて会ったような口調で。
「よせッ!ロア!これは模擬戦だぞ!?お前の出る幕じゃない!」
「そう言うなって隊長……アイツが俺に「やっていい」と言ったんだ。ちょっとぐらい良いだろ?それに、最近クソみたいに張り合いの無い連中ばかりで退屈していたところなんだ……つい数日前もクソみたいな仕事をアイツに押し付けられたせいでこっちはもう欲求不満なんだよ……」
ロナではなく、ロアとフォルテに呼ばれたその銀髪の少女はそう言ってケラケラと笑った。
その様子から雰囲気や表情だけでなく、口調や仕草、身体の使い方までもが変わっていることにアタシは気づいた。
「さて、じゃあやろうか?セイナ」
そう言ってこっちを見た銀髪の少女は、ICコートの懐から黒い指ぬきグローブを取り出して両手に装着した後、弾切れしたショットガンに弾を入れていく。その動きはとても一年間戦闘から離れていた人物とは思えないほど手慣れたものだった。まるで工場の熟練作業者が何十年も使ってきた機械を扱うくらい正確で無駄のない動きだった。
「アンタは誰なの……?」
銀髪の少女にアタシは質問した。
「私か?私はロア、「ロア・バーナード」コードネーム「十字架」にしてCIA工作員だ。そして……」
両側頭部から伸びる二つの銀尾がシャランッ!と揺れる。
「アイツ、ロナのもう一つの人格だ……!」