金銀対決
「ふっふふーふふー」
その少女は、高級ホテルのバスルームで鼻歌まじりに自慢の髪を洗い流す。
仕事でこの慣れないアメリカの地に派遣された彼女にとっての楽しみは、今浴びているシャワーと三食の食事くらいだ。というのも組織からの命令で「こちらの指示があるまでホテルから出るな」と言われた彼女は三日間ここで生活しているのだが、流石に高級ホテルとは言えど三日も部屋に閉じ込められていては流石に飽きてしまう。
「早く工房に戻ってやりたい実験を済ませたいのに……」
独り言を呟きながらバスルームから出た少女は、薄い水色のセミロングの髪を丁寧に拭きながら、凹凸の少ない透き通るような白い裸体のままベッドの方に向かっていく。
どうせここには私しかいないし、気にする必要はない。
そう思いながら部屋の方に戻っていくと────
ブーブーブーブー
渡されたスマートフォンが鳴っていることに気づいた彼女は画面をよく確認しながらゆっくりと、慎重に操作してから電話に出る。
「もしもし?」
電話が切れるか切れないかギリギリのところで何とか出れた彼女は英語で話しかけると。
「良かった……あと何回電話を掛けなければならないのか、心配していたところよ」
少々機械音痴なその少女に対し、抑揚のない少し大人びた女性の声が英語で皮肉を言ってきた。
「こんなものに頼ってないと連絡の取れないアンタたちのために、わざわざこっちが慣れないものを使ってやっているというのに、嫌みを言うために連絡してきたのなら今ここでコイツを叩き割るぞ?」
シャワーを浴びていた少女は電話の主に対して苛立ちを露わにそう返した。
「まあそう怒るな。仕事の話しを持ってきたのだが……少々状況が変わった」
「変わった?この前のケンブリッジ大学の時の誰かさんのようにミスでもしたのかしら?」
今度は少女が電話の主に対して以前の失敗についての嫌みを言ってやると。
「黙れ……それならお前はあれだけのイレギュラーな状況下で任務を失敗せずに生還できるというのか?」
抑揚のない声に少し険が入る。
「少なからず私だったら彼女を組織に連れて行くことはできたわ。それなのに、なんで傭兵であるアナタをあの御方がそこまで評価しているのか私にはよく分からないわ?もしかして、アンタのその男を誘惑する淫靡な能力をあの御方に使っているのかしら?」
「フフフ……安心しろ……貴様のような貧相な身体と違って、私の身体ならあんな能力使わなくともそれくらいは可能だ」
「なんですって!?アナタの方がちょーと胸が大きいからっていい気にならないで欲しいわね?それにアタシだってあと数年もすればきっと……」
少女は自分の胸に手をやってから、思っていたより小さかったそれに思わず苦虫を潰したような表情になった。
「貴様の得意な例の「予言」とやらで確認してみればいいじゃないか?自分が将来成長できるかどうかを……現に貴様は確かに私が任務に失敗することは当てて見せたじゃないか?まあ、奴が死ぬというのは間違っていたようだがな……」
「う、うるさい!その予言なら言われなくても死ぬほどやっている!それに私の予言はあくまで近い将来に起こることを予測できるだけであって、それが一日か一か月か一年なのかは分からないんだ!前にもそう話しただろうに!下らない話しをしてないでさっさと本題に入ったらどうだ!」
自分が嫌みを言い返したことなど棚に上げて、その容姿相応な子供のような反応を少女はしながら、スマートフォンに向かってそうがなり立てた。
「今回ミスをしたのは私ではない、下請けで頼んでいた業者だ。例のブツを運んでいる最中にフロリダで奪われたらしい」
「奪われた?誰に?」
「CIAだ」
「なんですって!?で、そのCIAってのは何なのよ?」
ベビーブルーの髪の少女が食い気味にそう聞くと、電話の相手はため息を漏らしてから話し始めた。
「多分細かく言っても伝わらないから簡単に言うとアメリカの諜報機関、所謂スパイ活動をしている組織と言ったところだ」
「なんでそんな組織が関与してくるのよ?」
「分からない……だが、我々にとっては障害であるのは確かだ。そこでだ、ここからが本題なのだが、その例のブツは貴様がいるそのワシントンD.C.のスミソニアン博物館の地下に運搬されていることが判明した。そこで明日の早朝に現地入りする私がそこの職員を操ってブツを外まで運び出す。そのあとお前には────」
「と、こんなところだ。分かったか?」
「なるほど、了解したわ」
数分にわたって説明を聞いた私は電話越しにそう伝える。
「詳しい時間はまた連絡する。それまで貴様は予定通りそのホテルで待機していろ」
電話が切れた。
シャワーを浴びている時から電話していたのだろう、数件ほど奴からの着信表示がついた画面に戻ったスマートフォンを適当にソファーに投げ捨ててから、白いレースのカーテンを軽く開けた。
そして窓の下に広がる昼間のワシントンD.C.の街を見下ろしながら、ようやく回ってきた仕事に対し、ニヤリと笑みを浮かべるのだった。
「装備はそれだけでいいの?」
アタシの前方、少し離れた位置に立ったロナがそう声を掛けてきた。
ここはホワイトハウスのウェスト側地下にある、シークレットサービス用のトレーニングルームらしい。
広さは以前ベルゼと戦った廃工場よりは小さいが、それでも小体育館程の広さはあるだろうか。
ロナについて行ったアタシはここに案内され、空港で回収してくれていた荷物の中から、グングニルを装備し、フォルテに借りているコルトカスタムはレッグホルスターに入れてニーソックスを履いた太腿上に装着した。
同じように装備を整えていたロナがアタシのコルト・カスタムを見た時に、やはり何か思うところがあるのか一瞬動きを止めてこちらを見たが、それについてロナが触れることは無かった。
「ええ、いつでもどうぞ?」
アタシはそう返事しながらロナの装備を見た。
格好はさっきの服の上から例の「ICコート」を首元だけ止めた状態で羽織っていた。
ロナの武器は見える限りでは、S.Tのショットガンのトリガー3というだけあって、両手に黒光りする大きなショットガンを携えていた。イタリア製のBenelli M4だ。
アメリカ軍で使われている12ゲージの弾薬を使うガス圧利用式のセミオートマチックショットガンだ。 弾数は確か8発、連射性能に優れているので3秒もあれば全て撃ち尽くしてしまうほど優秀なショットガンだ。
「もう一度ルールを確認するけど、時間は無制限、勝負はどちらかが負けを認めるか、審判を務めるフォルテが止めるまでは何をしてもOKよ」
トレーニングルームの壁際に寄りかかったフォルテがロナの言葉に片手を上げて応じる。
「えぇ……分かっているわ……」
アタシも静かにそう返しながら、目の前の相手を前に集中力を高めていた。
さっきはふざけた態度を取っていたとはいえ、腐ってもフォルテと同じ元S.Tメンバーの一人であり、現役のCIA副長官。どのような戦法で来るのかアタシは考えながら両手でグングニルを構えた。
「今回ロナはいつも使う12ゲージやスラッグ弾じゃなくて暴動鎮圧用弾を使うから当たっても死なないでしょうけど……骨の一本や二本は覚悟してよね?」
「ふん、アタシも今回峰打ちにしてあげるけど、骨の一本や二本は覚悟しなさいよ?」
アタシ達はそう言い合って互いを睨みつけた。
その様子を傍から見ていたフォルテがため息をついた気がしたけど、そんなことはどうだっていい。
今はこのムカつく銀髪女をギッタンギッタンにしてギャフンと言わせてやりたい。ただそれだけだ。
「じゃあ、行くわよッ!!」
アタシはそう叫びながらグングニルを構えてロナに向かって突進していた。