修羅場
「紹介する。元S.Tのコードネーム「トリガー3」こと「ロナ・バーナード」だ」
何故かセイナに正座させられた俺は以前のように電撃でチリチリなったアフロヘアで隣に同じように座った銀髪の少女を自己紹介をする。
ゴミ屋敷のような部屋がさらに荒れたせいで、もうすでに何が自分の足元にあるのかよく分からないが、何か尖ったものの破片などが突き刺さって正座している両足が痛い。
「ロナ・バーナードで~す!職業はダーリンのダーリンで~す!」
自分の頬に人差し指を当てながらニコッと満面の笑みを作ってそう言ったロナの銀髪の後頭部に────
ボコッ!!
俺は手刀を叩き込んだ。
「痛ッたぁ!!ロナの天才的頭の細胞が~」
と言いつつ、ロナは大げさに痛がる素振りを見せる。
さっきの痴女のような格好と違って今はさっき着ていた黒いキャミソールの下に、その辺に脱ぎ捨ててあった白いショートパンツと同色のニーソックスを履いていた。まだお腹のヘソの部分や谷間が強調された大きな胸元、ショートパンツとニーソックスの間にむっちりとはみ出した太腿は全く隠れてはいなかったが、とりあえず人前に出れるレベルまでにはなっていた。
「フォルテ~?まだ反省が足りないかしら?」
正座している俺達を見下ろすように、片足体重で腕組したセイナが笑っているのに全く笑っていないようなちょっと自分でも何言っているかよく分からないが……とにかくヤバい笑みを浮かべたセイナが左足を小刻みに動かしていた。
てかッ!?俺ッ!?
「なんでだよ!?俺は悪いことなんて……いや……すみません……謝るからその拳は下ろしてください……」
「はっきり説明しなさいよ!?コイツは一体何なのッ!?恋人!?愛人!?」
俺に振り下ろそうとしていたその殺人パンチを下げながら、眼を三白眼にさせたセイナは、ポニーテールを重力に逆らうように逆立てながらがなり立ててくる。
「違う!俺達は決してそんな間柄じゃない……「そうよッ!ロナたちは恋人同士じゃなくて夫婦ッんん~~~~」お前は黙ってろッ!!コイツはS.Tが解散後にその高い能力を買われてCIA副長官に抜擢されたことによって今もこうしてホワイトハウスで大統領周辺の警護や各国の情報収集をしているんだ」
俺が余計なことをしゃべるロナの口を手で押さえつつ事実を述べると。
「電撃が足りなかったのかしら?それとも逆に多すぎて頭がおかしくなったの?」
と俺の言うことを全く信じてくれないセイナはバキバキッと拳を鳴らした。
さっきのバキバキ音の正体はそれだったのね……
「ホントなんだッ!コイツは癖は強いけど実力はあるんだッ!信じてくれッ……!」
「はぁ……」
片腕を突きながらの泣き土下座をする必死な俺にセイナも流石にため息をつきながら、訝しむ表情を浮かべて吟味するようにな視線を俺に向けてきた。
「ぷはッ!!そんなこと言ったらアタシだって言いたいことは山ほどあります~どうしてロナの部屋に他の女なんか連れてくるんですか~?おこです。ロナちゃんおこですよフォルテさん?」
手で押さえつけられていた口が解放されたことによってセイナの代わりに今度はロナが文句を言い出した。
「お前はマジで黙ってろ……昔から言っているが俺はお前とそんな関係になった覚えはない……!」
俺は流石に少し苛立ちを露わにしてロナを軽く睨んだ。
それに、今のロナの発言で何となく最初の不可解な飛びつきの理由が俺には分かってしまった。
コイツは多分俺が他の女を連れてきたことが不満で、わざとセイナに見せびらかすかすように俺にべたべたと引っ付いてきたのだ。そしてまんまと挑発に乗せられたセイナが突っ込んできたところを、今度は俺への当てつけとばかりに身代わりに使ったのだ。
おかげでこうして地獄巡りをした後なのだが、それでもロナは納得がいかないのか、今もこうして場を掻きまわすような、相手が嫌がるような言動や行動、仕草を計算してそれを分かっててやっているのだ。
「言ったよ!「お前は俺の家族」って決め顔マシマシで前にそう言ってくれたじゃない……あの言葉は嘘だったの!?」
「フォルテェ~?」
両手を顔の前に組んで涙ぐむ演技のロナに、ハイライトの無い瞳でこちらを睨んでくるセイナ。
話しが一向に進まないこのエンドレスのようなやり取りに俺は意識を手放してしまいそうになる。
この空間から一秒でも早く抜け出したい。もういっそのこと誰か殺してくれ。
話しに聞いたことのあった「修羅場」ってやつがどんなものなのかよく分かった気がした。全く、92年も長生きしていると色々なことが経験できてウレシイナー。
と死んだ魚のような表情で貴重な経験に感謝していた俺はブルブルと顔を振ってどうにか意識を現実に引き戻しつつ。
「それは「お前」じゃなくて「お前達」な、自分の部下として部隊の全員に言った言葉だ。大体セイナも何をそんなにイライラしているんだ?コイツとはそんな関係じゃないが、仮にコイツと俺がその……愛人だったり夫婦だったとしてお前に何の問題があるんだ?」
別に俺はセイナと付き合っているわけでもないし、ロナとイチャイチャしようが何しようが不倫でも浮気でもないのにさっきから理不尽な暴力を受けていることに俺が抗議すると。
「そっそんなの決まっているでしょッ!?あ、相棒が目の前でだらしなくイチャイチャとしているところを見たら……!見たらその、あの……教育するものでしょ!!」
「教育……?」
「そ、そうよ!教育よ!だらしない相棒のための教育よ!馬と騎手との関係と一緒で、だらしない馬にはしっかりとした調教が必要なのよ!だ、だからアンタみたいな隙あらばところ構わず盛ってくるような獣をアタシが調教してあげているのよ!むしろ感謝してもらいたいくらいだわ!」
ロナと違ってあまり膨らみを感じないその慎ましい胸を張りながら、なんかそれらしい言葉を並べて俺を言いくるめたつもりらしいが、ハッキリ言って内容は支離滅裂だ。
結局セイナのその言葉からは何故そんな怒っているのか俺には理解できなかった。
ていうかセイナ嬢……調教の意味が分かって言っているのかしら……?フォルテ心配です……
「分かった分かった……分かったからそろそろ俺に話しをさせてくれ、ロナも何をそんなに気に入らないか知らないが、いい加減機嫌を直してくれ。とりあえずこのセイナのことをお前に紹介しないと話しが先に進まないんだ」
俺はため息まじりにそう言うと、ロナは少しだけ真面目な顔つきになってこう呟いた。
「説明なんかしなくてもロナは知っているよ……」
「なんだと……?」
俺は困っていることがあるから協力して欲しいこと以外、つまりはセイナについては同伴者の女ということ以外はロナに話してなかった、それなのに今知っていると言ったのか?
するとロナは俺達が耳を疑うような内容を突然語りだした。
「アンタはセイナ・A・アシュライズ、アシュライズがイギリス皇帝陛下である父のもので、Aは母親であるイギリス女王陛下のエリザベス・アレクサンドラの頭文字を取った名前でしょ?」
俺とセイナの表情が一瞬で変わる。セイナの両親が誰であるか分かっているということはセイナの正体もロナは分かっているということだ。イギリス王室の隠し王女であるセイナの正体が。
「お前!?どこでそれを……?」
「ロナの情報収集能力を舐めないで欲しいな~他にもフォルテが知らないことまでロナはコイツのことを知ってるよ。身長は152㎝、体重は40㎏、スリーサイズは上から────」
「うわー!!聞くなー!!」
ガンッ!
セイナの鉄拳による左フックが何故か俺の右側頭部に叩き込まれた。
なぜ~!?
幾ら聞かれたくないからってなんでその情報をバラまいている奴じゃなくてなんで俺をぶん殴ってくるんだよ……?
ねえ……?流石に理不尽すぎておれ泣くよ……?
「う……あ……」
目をギュッと瞑って、口を開けて痛みに悶える中、キーンと耳鳴りがしてロナの声が一部聞こえなくなる。まるでスタングレネードを食らった時みたいだ。
「────誕生日は7月15日で好きなものは紅茶、嫌いなものはッんん~~~~」
だんだんと耳鳴りも収まり、眼を開けると、ずっとセイナについての情報をしゃべり続けていたロナの口を俺ではなく、今度はセイナが押さえつけていた。
「なにすんだよセイナ!?」
殴ってきたことに対して俺がロナともみくちゃになっているセイナに向かってそう叫ぶと。
「アンタが聞くのが悪いのよッ!!」
般若のような顔でカッとこちらを一睨み、俺はそれだけで全身に鳥肌を立てながら一歩後退る。
それだけでこの理不尽がまかり通るのだからホントずるい……あれだあれ、昔の貴族の暴君と一緒だよこれ……
「んん~~離しなさいこの泥棒猫!!人のダーリンを誘惑してッ!!」
「誰が泥棒猫よ!!こんな戦闘中でも人の身体触ってくるような変態こっちから願い下げだわ!!」
髪を引っ張り、互いの顔を掴んだりと淑女とはかけ離れた稚拙なキャットファイトによって汚い部屋がさらに荒れていく。
時折俺への風評被害も混じっているが抗議する暇さえ与えてくれない。
「落ち着けって何回言えばわかるんだよ……!おいッ……!離れろって!」
二人の間に割って入るタイミングを計って俺が何とか二人を引きはがした。それでもケンカしようとする相性最悪の二人の間に立って近づけないようにする。
そして────
「ロナ、お前セイナのことを誰かに話したのか?」
真面目な口調でそう聞くと。
「アタシが誰かに情報をペラペラとしゃべるわけないでしょ?フォルテたちが交戦したヨルムンガンドとやらについての情報も、セイナについてもCIA職員はおろかベアード大統領にも話しはしてないわよ……」
とこっちも真面目な口調で返答してくれた。
「なんでそんな詳しく知っているんだ?」
「そりゃあテレビであんな映像見れば誰だって調べるでしょ?」
あんな映像……おそらく大統領も見たと言っていたケンブリッジ大学での戦闘映像のことか……
「じゃあ話しは早い。事情を知っているのなら俺達に協力してくれ……!」
「やだッ!」
首をプイッと傾けて子供のようにそう吐き捨てたロナの銀髪ツインテールがシャンッと揺れた。
「はぁッ!?お前最初は手伝ってくれるって電話でも言ってたじゃないか……!?」
俺の言葉にロナは少し俯いてから口を小さく動かして呟くように何かしゃべった。
「だって……そう言わないとフォルテがロナに会いに来てくれないと思ったんだもん……」
「なんだって……?」
「何でもない……!とにかくその子を見て気が変わったの!そんなロナよりも弱っちそうな子の手助けなんて嫌です~」
何故かセイナのことを弱そうというよく分からない理由からロナはヘソを曲げてしまった。
別に今回の件に強い弱いは特に関係が無いに……ほんとコイツの思考を読むのは毎回苦労する。
「アタシが弱い?なにそれ?アンタこそ、そんなだらしない身体で本当に特殊部隊の隊員が務まっていたの?その家畜みたいな体型のアナタが現役のアタシに勝てるとでも?全くお笑い沙汰ね……」
ふんっと鼻を鳴らしながら煽り耐性の低いセイナが珍しく相手を煽りまくっている。
王女としての肩書はもうドブにでも捨てるかの勢いで失われてはいるが、ある意味罵倒のセンスはSM嬢としての才能があるかもしれないぞ。
と俺は最低なことを内心で思っていると、ロナの方の空気がどんどん冷たくなっていくのを感じてそっちを振り向くと────
「ふっふっふっふっ……」
と顔を伏せていたロナが口角を吊り上げながら静かな笑みをこぼしているところだった。
ヤバい……おれはこれは知っているぞ……これはロナがマジ切れした時に見せる静かな笑みだ……普段明るい性格なのだが、怒った時はその真逆、周りの空気が凍るかのような静かな笑みを浮かべながらキレるのだ。どうやらそのスイッチを入れてしまったらしい。たった一言のセイナの言葉で……
「カッチーン……誰が家畜ですって?もう一度アタシの眼を見て言ってみなさい?」
「アンタのことよ豚女。それとも牛女かしら?悔しかったらさっきみたいにブヒブヒ、モーモー鳴いてみなさいよ?」
セイナの方からは赤く燃える炎のようなオーラが見え、ロナの方からは青く凍える氷のようなオーラがそれぞれぶつかり合ってバチバチと互いに火花を飛ばしていた。
その間に立つ俺はもうどうしていいか分からず、二人の間に入ったままその場から動けなくなっていた。
もうどうにでもなれ……
「ここじゃあ大事な機材が壊れる……地下室に行こうぜ……久しぶりに……きれちまったよ……」
「良いわよ、アタシが勝ったらさっきの言葉取り消して素直に手伝いなさいよ……?」
「えぇ……その時は喜んでアンタの下僕にでもなってあげるわ。その代わりロナが勝ったらフォルテをここに置いて二度とアタシ達の前に姿を現さないよう一人でイギリスに帰りなさい」
と勝手に決闘をすることにした二人はガニ股でズカズカ音を立てながらゴミ部屋から姿を消してった。
やっぱセイナとロナは合わなかったか……
思っていた通りの結果になってしまったことに俺はため息をつきつつ、取り残された部屋の真ん中で一人呟いた。
「もう一人で日本に帰りたい……」