vs紫電の王
廃工場の中で二人は両手に持った武器を駆使した凄まじい近距離格闘戦を繰り広げていた。
フォルテは右手にHK45ハンドガンを、左手に村正改を持ち、無駄を極力省いたリスクを取らない攻撃を繰り出していた。リスクを取らないとだけ聞くと地味と勘違いするかもしれないが、実際に戦闘を見ていると地味などでは一切なく、その理にかなった堅実な隙のない動きと戦法でベルゼに立ち向かっていた。
対するベルゼは両手に装備した篭手とそこから展開されている三本づつ刃のついた鉤爪を使ったフォルテとは真逆の巧妙な動きで相手を翻弄していた。堅実なフォルテの攻撃を受けたり、受け流したり、躱したりと予測できない動きで相手の隙を伺っているという感じだった。一見するとその危なげな動きからは隙があるように見えるけど、ベルゼは自分の身体がどこまでの動きができるのかを経験と本能で把握しているようで、敢えて隙があるように見せることで相手を誘っているといった感じだ。その変則的な動きを前にフォルテも逆に隙を付かれて斬撃を貰いそうになることが何回かあった。
さらに地味に厄介なのはフォルテと違ってベルゼの両手は何も持っていないというところだ。
フォルテは武器を手で持っているが、ベルゼは肘辺りから手の甲までを覆う鉄の篭手を装備しているだけなので両手には何も持っていないのだ。そのためベルゼはたまに地面に手をついて自由になった足を使った蹴りも攻撃に含めている。フォルテも蹴りができないわけではないが、ベルゼと比べたら両手が塞がっている分だいぶレパートリーが少なくなっているはずだ。
アタシはそんな二人の戦闘を見て下唇を強く噛んだ。
何もできない自分が、こんなにもどかしいなんて……
断続的に響く金属音の中を動くことすらできないアタシは固唾を呑んで見守っていた。
「はぁッ!!」
フォルテが右手に持っていた村正改をベルゼの首元を狙って横なぎに振るう。
「クッ!」
ベルゼはそれを左腕をくの字に曲げて鉤爪で防いだ。
「悪魔の紅い瞳」で身体能力を強化しているフォルテの斬撃はかなり重いらしく、攻撃を防ぐたびにベルゼの腕や足は小さく震えていた。
「オラッ!!」
攻撃を防いだベルゼがカウンター気味に右手の鉤爪をフォルテの腹を狙って突き出した。
フォルテが左手で持っているのはHK45ハンドガンだ。斬撃を受けることはできない。
「ッ!!」
「おぉッ!?」
突きの攻撃をしてきたベルゼを、フォルテは右手に持った村正改で強引に態勢を崩させる。
ベルゼは右に身体をぐらりと揺らして倒れそうになったところを右足を大きく開いてそれを防いだ。フォルテはそのままベルゼの左側に回り込み、左手に持ったハンドガンをベルゼの額に向けて一発撃つ。
一発の轟音が響き、飛んでいった銃弾が廃工場の立てかけてあった廃材に当たって金属音を奏でる。
ベルゼは間一髪で頭をだけを真下に高速で下げて.45ACP弾を躱していた。
「そらッ!!」
ベルゼが頭を下げた状態から左側に移動したフォルテに背を向けるように身体を捻りながら右足を大きく上げた。
「ッ!?」
そのまま左足一本を軸に二時から八時方向のとてつもない角度から放たれた後ろ踵廻し蹴りをフォルテは右の側頭部にもらってしまい身体が左によろめいた。通常では考えられないその動きに反応することができなかったのだろう。
ベルゼの顔が、よろめくフォルテを見て不気味な笑みを浮かべる。
「そらそらッ!!」
ベルゼはそのままヒットした蹴りの勢いを乗せた左足で、フォルテの顔のある位置目掛けた中段蹴りを繰り出した。よろめいたフォルテの顔が元の位置に戻ろうとするタイミングと場所を狙った完璧な蹴りだ。
「フォルテッ!」
アタシは思わず叫んだ。
あれが当たったら確実に意識が飛んでしまう……!
「がぁッ!?」
だがその危惧していた攻撃は当たらず、悲鳴を上げたのもフォルテではなくベルゼの方だった。
フォルテはよろめく身体を戻す勢いに乗せて、そのカウンター気味のベルゼの一発に逆に自身のカウンターを合わせた。
エルボーブロックッ!!
フォルテは右腕に持った小太刀をベルゼの蹴りに向けて振るうのでは間に合わないと判断し、魔眼で強化した肘を、曲げた状態でベルゼの左足の脛目掛けてそれを思いっきり叩き込んだ。ベルゼも反撃を予想してなかったのだろう。肘はミシミシと音を立てながらベルゼの左足にめり込んでいた。
ベルゼは激痛に顔を歪めながらも足を地面に戻して二三歩後ずさりした。
フォルテはそのチャンスを逃さないように発砲。三発の銃声が立て続けに廃工場に鳴り響いた。
「クソがッ!」
だがその銃声と一緒に廃工場内に甲高い金属音が反響し、相手に着弾するよりも先に.45ACP弾は空中で全て真っ二つになり、無残にもそれは地面にコロコロと転がった。
悪態を付きながらも当たり前のように銃弾を鉤爪で捌いたベルゼに、特に驚いた様子もないフォルテはそのまま銃を連射しながらベルゼに肉薄する。さらに立て続けに撃った三発もベルゼは鉤爪で弾きながらフォルテに向かって走り出してた。
アタシはそんなフォルテを見てどこか引っかかるような感覚に陥っていた。
焦っている…?
戦闘を始めてから約五分弱。どちらかと言うと戦況はフォルテの方が少し押しているように見えるけど、フォルテはどこか焦っているような気がしたのだ。今も距離を取ったベルゼに対してわざわざフォルテは銃を撃ちながら相手に肉薄していき、アタシの眼前で再び激しい近距離格闘戦を繰り広げていた。でもいくら相手が銃弾を弾くからと言って、銃弾を消費してまでわざわざ相手が一番得意とする間合いに自らが入っていく必要は無いのだ。アタシなら相手がこっちに近づいてくるまで落ち着いて銃で牽制するはずだ。
そんなアタシの懸念を前に、ベルゼが両手の鉤爪をフォルテに覆いかぶせるように上から振るった。それをフォルテが右手に持った村正改で受け止め、銃を持ったままの左手を村正改の峰に押し当てて鍔迫り合いに持ち込んだ。力で押し返そうとする二人の身体が小刻みに震える中、何故かベルゼはため息をついてからしゃべりだした。
「どうして本気を出さないんだ…!お前の力はこんなもんじゃねーだろッ!」
本気を出さない…?
アタシにはフォルテは始めから本気で戦っているように見えていたけど…
そう思っていたアタシを前にフォルテはゆっくりと口を開いた。
「お前なんざ、俺が本気を出さなくても十分ってことだよ」
そう言ってから余裕を見せるように軽くフッと笑みを浮かべながらフォルテはベルゼを挑発した。
でもアタシはフォルテのその表情が本当に余裕なのかそれとも焦りを隠した表情なのかは読むことができなかった。
「まさかお前…まだ人間であることにこだわっているのか?」
ベルゼのその言葉にフォルテの表情がピクリと動いた気がした。
「こだわるも何も俺は人間だ…お前みたいな猛獣と一緒にしないでくれ…」
「まだそんな戯言を言っているのかフォルテ…?人間だと?百年以上その姿を変えてないお前が人間だと!?笑わせるな!」
じりじりとベルゼの鉤爪がフォルテの村正改を押し始める。
「いい加減受け入れろよ!俺たちは人間ではない、人の皮を被った化け物なんだよッ!!」
ベルゼがそう言葉を浴びせている間にもジリジリとフォルテは押されていき、ついに村正改の刀身の腹が額にぶつかる位置まで押されていた。
「だからお前も人間なんてつまらないものにこだわらず、早くこっち側に来いよ…力を好きなだけ振るうことができるというのはとても気分が良いんだぜ?本当はお前もその力を振るいたくてうずうずしているんだろ?俺様と一緒でその魔眼が!自分の魂に囁いてきているんだろ?殺せ!壊せ!犯せ!ってなッ!」
ベルゼは俯いたまま黙りこんでいたフォルテなどお構いなしに言葉を浴びせ続けた。
「それとも、お前の目の前で殺されたあの女の様にセイナ嬢も殺さないとダメか?」
「ッ…!」
フォルテは伏せ気味だった顔を上げ、眉間に深いしわを寄せてベルゼを睨みつけた。
あの女とは恐らくベルゼがさっき言っていた、フォルテが変わるきっかけになった人物のことだろう。でも殺された?フォルテの目の前で?一体誰に?アタシには知らないことが多すぎてなにがなんだか理解できない。
だが一つだけ分かったのはその人物がフォルテにとってとても大切な人だったということだけだ。そうでなければあんな鬼のような形相でベルゼを睨みつけたりはしないだろう。
「おっ?良い表情になったなぁ!そうだよ!もっとだ!もっと憎め、そして恨め…この世の全てをッ!」
ベルゼはそのフォルテの顔に怯えた様子もなくそう答えた。
と、そこまでずっと黙り込んでいたフォルテがベルゼを睨みにつけたまま唐突に口を開いた。
「さっきからペラペラと、まるで俺のこと知ったような口ききやがって…」
「まるでではなく知っているのさ、俺様はお前のファンだからな…!」
「じゃあ一つ良いことを教えてやろう…」
「良いことだぁ?」
ベルゼは少し訝しむような表情でオウム返しの様に聞き返してきた。
「お前さっき俺のことを百歳以上生きていると言ってたな…」
フォルテの瞳から再び紅い光が漏れ出していた。
獲物を見定めるハンターのレーザーサイトようなその瞳がしっかりとその紫眼の男に狙いを定めていた。
だがそのあとフォルテの言い放った言葉にアタシとベルゼは困惑した。
「俺は百も歳を取っていない!ピチピチの九二歳だッ!」