仲間と共に《Bet my soul》18
足元で砕けた破片を置き去りにして、俺は瞬きよりも速い加速で地面スレスレを飛翔する。
攻撃が防がれるとか、その原理が分からないとかはどうでもいい。
衝撃波を伴う速度を維持したまま、溜め込んだエネルギーは右手へと一点集中。
「ミチェルゥゥゥゥッッッッ!!!!!」
言いたいことは山ほどあったが、今はそんなことよりもコイツをぶん殴らないと気が済まなかった。
咄嗟に身構えたオスカーのガード越しに、俺は亜音速すら超える右ストレートを叩き込む。
「────グゥッ?!ガハッ!!」
獣腕の骨を砕きながら左頬へと振り抜かれた一撃は、嘲笑を上げていた愚かな表情を一閃。
何故か命中したこの機逃すまいと、更に力を加速させるべく踏み込んだ全体重を右こぶしに乗せる。
そのあまりにも重い一撃を前にミチェルの身体は宙へと浮き、そのまま後方に聳える魔科学弾頭まで吹っ飛んでしまう。
最終的に魔科学弾頭に背中をぶつける形でようやく勢いは死んだが、無骨な鉄板の外装には深々とした凹みができており衝撃の重さを物語っていた。
───バッカ、そんな無理矢理力を使ったらお前が壊れちまうぞ?!
「うるせぇ、黙って俺に力を寄こせ。『ベルフェゴール』」
小煩い悪魔を一言で黙らせ追撃のために再び跳躍する。
「グッ……が、ぐ……っ」
血反吐交じりの呻き声が木霊する。
ミチェルは強靭な獣腕を犠牲にしたおかげか何とか意識を保っていた。
「フォルテ・S・エルフィー……貴様だけはいつもいつも……っ」
一年前のあの時と全く同じ憎悪に満ちた眼が俺を見る。
初老の男性の物とは思えない狂気と厭忌を綯い交ぜにした二つの塊。
こんなものでしか世界を観ることが出来ないコイツを裁くには法も秩序も銃も剣も必要ない。
男の拳で十分だ。
「これで終わりだミチェルゥッ!!」
爪が割れるほど握り締めた左拳をミチェルに叩き込む。
だが、返ってきた感触は腕の骨を砕くものでも顎を粉砕する手ごたえでも無かった。
拳の先にあったものは鉄などよりも硬く、重く、そして分厚い銀燭を煌めきを纏った鋼の刀身だった。
「ッ……!?」
咄嗟に俺は拳を引っ込める。
この場にいる誰でもない何者かが俺とミチェルの間に割って入ってきた……いや、正確に表現するならばいきなりそこに現れたという方が正しい。
「…………」
八咫烏にも似た黒コートに眼深くフードを被ったその人物は、無言のまま俺の拳を受け止めた太刀をゆっくり最上段に構える。
「後ろだ!!」
師匠の激が飛ぶまで俺は気づいていなかった。
今の今まで眼の前の居たはずの黒コートが、まるで幽霊のように瞬き一つで消えていたことに。
そしてそれと全く同時に背後から空気を切り裂く逆袈裟の気配が迫ってきていた。
「クッ……」
最上段からの振り下ろしを警戒していた俺は咄嗟に振り返りつつ両手の得物を構える。
「いない───?」
───上よ!!
左眼の指摘を受けて頭上を見上げた頃には、黒コートが凶刃を振り下ろしていた。
クソッ……受けられねぇ……ッ
「はぁあああッ!!!!」
視界の端から金色の流れ星が飛来する。
雷神トールの力で身体能力を上げたセイナが振るう双頭槍で、太刀ごと黒コートを弾き飛ばす。
横、いや……
「そこだ!!」
黒コートが吹っ飛んでいった右側ではなく、今の俺にとって一番隙が大きい背後に向けて上段蹴りを放つ。
「……ッ」
案の定いつの間にか背後へと移動していた黒コートは、俺の起点に驚きつつも冷静に上体を逸らす。
後ろ回しで放った左足に手ごたえは無く、唯一掠めたフードがほんの僅かに跳ね上がるくらいだった。
「な!?お前は……」
追撃を加えようとしていた俺の手が一瞬止まる。
僅かに一瞬だけ暁の元に晒されたその顔は、忘れるはずもないあれは───
眦を見開くほど驚いていた俺の眼前を、一射の銃弾が空を切る。
『何ぼさっとしてるんだい』
援護射撃を加えたアイリスの声がインカム越しに響く。
だが今の俺は、眼の前で見たフードの中を受け入れることができず、激しい混乱に襲われて正常な判断が出来なくなっていた。
きっと、先導者の正体が実の父であったことを知った時のセイナもこんな気持ちだったのだろう……
「しっかりしなさいフォルテ!」
何度も聞いた相棒の声に俺はハッと我に返る。
隣にいたセイナは俺の異変にいち早く気付いて背後を護る様に身構えていた。
いつどこから仕掛けてくるか分からない黒コートの攻撃に備えて。
俺よりも断然小さい筈のその背中は、俺よりも遥かに大きく感じた。
「大丈夫?」
「悪い、ちょっとだけ動揺した……もう平気だ」
俺は改めてセイナと共に敵の方を見る。
部屋の端、暁の差さない翳りが濃い場所に黒コート佇んでいた。
まるで亡霊が闇の世界に還っていくような光景だ。
その両手にはいつの間にか回収した太刀と、ボロボロのミチェルが担がれていた。
「悪いが我々はここらで失礼させてもらうよ。フォルテ・S・エルフィー」
「この俺がそう簡単に逃がすと思っているのか?」
再び銃を構えた俺にミチェルはお道化る様に肩を竦める。
「いいや?だが君はもう私の新しい右腕の力を理解したのだろう。だったら判っているはずだ。捕まえることは不可能だと」
「てめぇ、やっぱりその男は……っ」
「まぁそうかっかせずとも、近い将来また会うことになるだろう。だから今日は精々その場所から我らWBI創立記念の花火を見届けるがいいさ」
宣言とともに跡形も無く姿が消える。
残されたのは俺達とこの高層ビルの如く聳える魔科学弾頭のみだった。