仲間と共に《Bet my soul》17
わざわざ銃撃の音が鳴り止むのを待ってからミチェルは呟いた。
苦しむ彩芽はそれに対しほんの僅かに瞼を開くことしかできない。
万力のようにキリキリと締められる喉は赤黒く鬱血しており、突き立てた爪から滴る血は痛々しい。
もう殆ど見えなくなっているであろう瞳にも力はなく、風前の灯と化した命はただ呆然と死を受け入れようとしていた。
しかしミチェルは、そんな彩芽に向けて溜息交じりの憐憫を差し向ける。
「お前がずっと両親の仇だと思っていたテロ事件で使われたアメリカ製の兵器、あれを流したのは私達FBIだ」
「ッッ……!?」
死に際の瞳に呟かれた衝撃の事実。
彩芽が追い求めていた復讐すべき人物はベアード達ではなく、いま眼の前にいるミチェルが元凶だったのだ。
「やっぱりそういうことだったのね……」
敵を片付けて近くまで寄ってきたロナが苦虫を噛み締めるような嫌悪を露わにしていた。
「何か知っていたのかロナ?」
「何となくだけどね……さっきレクスも彩芽に同じことを言おうとしていたと思うけど、ロナは今の立場上ベアードがどのような仕事をしているかは知っている。でも、さっきから彩芽が言っていたような危険を引き起こす武器の密輸は行っていないはずなんだよ。攻撃を誘発するものではなく、あくまで現地の国々が下手に喧嘩を起こさないようアメリカの名前を使って見張るためのものにしか過ぎないんだ』
「もしそれが本当ならまさか……っ!」
話しを聞いていたセイナが小さく眉間に皺を寄せて睨んだ先で、ミチェルは今更気づいたのか?とばかりに鼻を鳴らした。
「アメリカの信頼を落すための計画の一端だ。貴様の両親の命を奪ったあの武器は確かに日米英首脳会合の計画により送られたものだった。だが今まで世間様にバレることが無かった通り密輸時のリスクマネジメントは完璧であり、そこで寝ころんでいるオスカー達の計画に一切の綻びは無かったよ。だから私達組織が密輸された武器に対抗できるようテロ組織をバックアップし、そしてそれを秘密裏にアメリカ内部へ持ち込めるよう手引きもした」
「お前、が……っ、おまえ、達……がっ……!」
潰され掛けた喉で何とか言葉を紡ぐ彩芽のことを、ずいっとミチェルは眼前まで引き寄せる。
「お前もその計画の内、兄の邪魔をするために手引きしたに過ぎない。もちろん弟についてもな」
「え……?」
最期の抵抗を見せていた彩芽が予期していなかった言葉に表情を凍らせる。
「お前の弟のアキラも、本当は私が使うつもりだったんだ。そこら辺の雑紙と同じようにな」
「何を……言って……」
もうこれ以上の絶望は無い……無意識に耐性ができていた彼女の心は、眼の前の悪魔のような表情を浮かべた男によって全て侵食された。
「まだ分からないのか?記憶を消して危険な任務に放り込もうとしていたのは私だったのだよ!まぁそのことに気づいた兄が裏で手引きしたせいで計画はご破算となったが……でもよかったよ、最期は私の手であの世に葬ることが出来たのだからなぁ!」
手の届く距離にありながら復讐することを赦されない、彩芽は怒りと絶望が入り混じる瞼から言葉にならない涙が流れ出す。
「じゃあさようなら、東洋の忍。来世はまともな主人に仕えられると良いな」
三発目の銃弾が呆気なく放たれる。
胸の中央を射抜かれた彩芽は吐血と同時にミチェルの獣腕の中でぐったりと力を失う。
そのまま玩具に飽きた子供のように、無造作に放り捨てた指先には血の他にメラメラと揺らめく白き焔が灯っていた。
「まさかあやつ、神の加護を奪い具現化したのか!?」
後方で倒れたままだったオスカーがそんなことを口走ったように聞こえた。
けれど今の俺はそんな言葉に興味を抱くような精神状態じゃなかった。
沸々と身体の内を侵食する熱い何かを抑え込むのに必死だったからだ。
「その通り、これが彩芽の中にあった『ロキ』だ。私も神の加護を視認するのは初めてだが……なるほど、これなら最期に煽った甲斐があったというものだ」
独りでに語らうミチェルはその白き焔を後ろに向かって放り捨てる。
一体どんな原理なのか、燃え滾るように拡散した炎達は周辺を焼き尽くすのではなく、奴の後方に控えている魔科学弾頭の表面を包み込み、そして雪が解けるように浸透していく。
一体何を……皆がそう思った矢先に答えは現象として露わとなる。
「そんな……魔科学弾頭が動き出している?!」
リズがその紅い瞳を驚愕させる。
鼓膜をぶっ叩く凄まじい重低音とけたたましく頭の中に響く警報音。
物々しい存在感だけを見せておきながらずっと鳴りを潜めていた魔科学弾頭が、さっき吸い込んだ(?)白き炎によって稼働し始めたのだ。
「────やっぱりそういうことだったんだね。ミチェル」
琴の音のように凛とした中にも淑やかさを兼ね備えた声が響く。
黒のフルフェイスヘルメットを取り露わとなった素顔は、美しいという言葉以外の感想が見つからない。
俺やセイナ達とは違い、初めてその姿を眼にした元隊員達は、皆がその背を飾る流麗な黒羽根色の長髪に眼を奪われていた。
「神の加護は感情や思いによってその力を何倍にも比例させる。だから彩芽の利用したんだね」
「その通りだシャドー……いや、今は竜と呼ぶべきか。流石は神の加護やその祖たる黙示録の瞳の第一人者だ」
黄昏時に伸びる影の如く、スッと一歩前に出たのは特徴的な黒のフルフェイスマスクを外した竜だった。
「彼女が抱えている負の感情、それを最大限高めることによって神の加護を活性化させた。この莫大のエネルギーを必要とする魔科学弾頭すらも動かしてしまうほどにね」
『最終シーケンスに入りました。発射迄残り百八十秒』
赤白い警告ランプと警鐘が鳴り響く中、無感動な機械音が発射のカウントダウンを始める。
「そこまで判っていながら残念だったな。消えた私を探すために組織に身を置いていたというのに、結局貴様は計画を止めることは出来なかった」
『発射迄残り百五十秒。残っている乗員は直ちに避難してください。繰り返します────』
「色々と計画に綻びは生じたが、このままこの弾頭を落とすことさえできれば我らの技術や脅威を全世界に知らしめることができる。そうすれば我らの悲願でもある恐怖による人類掌握。国に左右されない独立した警察機関『世界捜査局』の創成することができる」
『発射迄残り百三十秒』
「それとも止めてみるか?この私を。オスカーすら倒すことのできなかったお前が」
「あぁ、止めてみせるよ」
『発射迄残り百秒』
熱の無い残酷な死刑宣告が刻一刻と迫る中、隊の面々は発射を止めるべく各自行動に移っている。
レクスは外部と連絡を取り、ロナは端末を用いて外部アクセスから発射解除を試みていた。
他の隊員達やアイリスも、倒れた人々の救助に尽力している。
竜の宣言と同じく皆が一秒たりとも諦めていない姿に、ミチェルは堪え切れなくなったように手を叩いてケラケラと嘲笑を上げる。
「本気で言っているのか?黙示録の瞳を失いそうやって立っていることすら限界に近いお前が、神の加護『フェンリル』を手中に収めたこの私を止めることができるのか?」
『発射迄残り八十秒』
「もちろん。けれどその役目は私のものではない────」
バァンッ────!!
空気をぶっ叩いた破裂音と共に地面へ衝撃が走る。
「お前を倒すのは私の蒼き月の瞳を託したその男だ」