仲間と共に《Bet my soul》13
二人を引き連れて再び戦火のど真ん中に駆け出していく。
下がることなんて元より眼中に無い。
あるのは一点突破のみだ。
三人の猛進に対し、その正面を分厚い人壁が阻んでくる。
中世を思わせる鎧に身を固めた銀色のフォルムと、身長の二倍はあろうという長槍を構えた歩兵部隊。
どうやら退路を断つため正面に誘い込みつつ、扇形に展開しようという腹積もりらしい。
言葉を交えずともそれに気づいた俺達は、それぞれの銃器を正面に向けて連射する。
しかし、見かけによらず頑丈なプレートアーマーは銃弾を受けてもビクともしない。
この中では一番威力のあるロナの単発弾ですら少し怯む程度だった。
「火力支援、出番だぜベル」
『合点承知!巻き込まれない様に気を付けるにゃあ!』
元気が良すぎる返事と一緒に、頭上から小型のロケット弾が襲来する。
アイリス達と一緒に後方支援に回っていたベルが、魔術によって生成した四連式ロケットランチャーを全弾発射。
銃弾に耐え抜いたプレートアーマーも流石に耐え切ることが出来ず、両側面に薙ぎ飛ばされる。
切り開いた瓦礫道を飛び越えた先、恐怖の異名として名高いピンクの髪が戦場を跋扈していた。
「遅いわよフォルテ、日本暮らしで平和ボケしたんじゃないの」
「お前がいつも以上に早過ぎるんだよリズ」
「私が人に合わせられないことは知っているでしょ?」
「へいへい、それよりもお前の方こそ貴族の仕事ばかりで鈍ってないだろうな?」
孤軍奮闘する躑躅色のラーテルの隣に立ち、飛び掛かってきた敵の猛攻に相対する。
俺の双肩を袈裟斬りにしようとサーベルを振り下ろした痩身の女性達。
「クッ……!」
踊り子のようなシースルーの衣装に惑わされてしまいそうな優雅動きから繰り出される連撃は、隙が無くそして何より重い。
恐らく神の力が付与されているのだろう。
小太刀や銃で受け止めるたびに全身の筋肉繊維がギシギシ唸るほどの猛攻を、俺はなんとか鍔迫り合いで抑え込む。
そこへすかさずリズの愛銃がセミオートで火を噴いた。
纏わりついていた踊り子達は機動力の為に晒していた太腿と脚の健に銃弾を掠めることで悶絶、その場に組み伏してしまう。
同士撃ちを一切懸念していない彼女の胆力と優れた技法があってこそ成せる妙技。
俺やロナは溜息一つで片づける事象だが、それを知らないセイナだけが絶句していた。
「誰にモノ言ってんのよ?こっちは文武両道が大原則なのよっ」
リズは再び正面の道を切り開こうと、携えたステアーAUGを連射しつつ前進。
その側面に追随する形で俺とセイナが続き、背後はロナが固めるダイヤモンドフォーメーションを取る。
降りかかる斬撃や投擲物を掻い潜り、四人で一つの弾丸と化したように有象無象の意志亡き傀儡の群れを突き進んでいく。
「交換!!」
銃を射出したリズが叫ぶ。
彼女の言う交換は決してマガジンを指した言葉ではない。
敵を前にした危険な状態で、リズは躊躇いなくステアーAUGの銃身を引き抜く。
用途によって使い分け可能なシステム・ウェポン、その先駆けでもあるステアーAUGのワンタッチで着脱可能な銃身は、撃ち尽くしたマガジン五本分の熱によって仄白く融解しかけていた。
リズはその長銃の半分を捨て、背中に用意していた代わりの銃身をロナから受け取り装着する。
「……ッ!」
敵が一詠唱を終えるよりも遥かに早く、六つ目のマガジンを撃ち始めよう構えたその時だった。
足元から突然、隆々とうねる木の根が石畳の下から盛り上がってきたのだ。
弾丸の如く突き進んでいた俺達の勢いは失われ、更には足場の安定までも敵に奪われてしまう。
その過程で気づいたが、祝福者達達によって形成された肉壁の向こう側に、巨大な杖の先端に光を灯す魔女服の少女の姿が映る。
どうやらこれは彼女の仕業らしい。
立っていることもままならないグネグネと波打つ足場に翻弄されながも、俺は銃を構えようとした。
しかし、撃つことはできなかった。
決して覚悟や技量的な問題ではなく、両脇に構えていたはずの祝福者達達がみるみる育っていくその木の根によって遥か頭上へと押し上げられてしまったのだ。
両サイドの木の根に阻まれた圧迫感を前に、谷底へ突き落とされたような錯覚に陥ってしまう。
「みんな下がって!」
「アンタは確かセイナだっけ?一体どうする気よ?」
「どうもなにも、こうすん……のよッ」
前方に立ち塞がる木の根に向けて双頭槍を両手で突き刺したセイナ。
そのまま内なる力を呼び起こすよう両眼を瞑る。
溢れ出た神の力によって黄金の髪が靡く姿に、何かを察した祝福者達が猛襲を開始した。
「アンチショック!」
銃弾や矢による死の豪雨をどうにか防いでいる最中、セイナは溜め込んだ力を双頭槍へと流し込む。
魔術によって形成された木の根の中を電流が迸る。
何の変哲も無いただの電撃かと思ったが、その変化はすぐに訪れた。
「木の根が止まった?」
足下で蠢いていた木の根がピタリと止まり、そしてドサリと土嚢袋のように重い何かが近くに落ちてきた。
「これって、この魔術を使用していたさっきの魔術師じゃない?」
瞳を丸くしているリズの言う通り、この木の根を操っていた魔術師の少女が泡を吹いて倒れていた。
そのままグルグルと瞳を回してカクリっと気絶すると、彼女によって形成されていた木の根全てが崩れ去り、上部で陣取っていた祝福者達達は足場を失って地面へと叩きつけられる。
「セイナまさかお前……」
「えぇ、魔術を介してその使用者を攻撃したの……案外やればできるものね」
落葉の中でセイナは簡単にそう言ってのけたが、あまりの離れ業に乾いた笑いが漏れる。
本来魔術というものは銃と同じで遠隔で使用できることが最大のメリットなのだが、もう今後彼女を前にしてはそれすらも攻撃の経路、つまりは身体の一部を無様に晒していることと同義なのだ。
「流石、隊長が認めるだけの素養は持ち合わせているということね。イギリスの王女様」
「アンタこそ、これだけ手強い連中に一歩も引かないとは、躑躅色のラーテル異名は伊達じゃないわね」
気を許した相手にしか言わないような賞賛を送り合う両者。
初対面とは思えないそのやり取りは、二人をよく知る俺もいい意味で想定外だった。
「あの二人仲いいな」
「境遇も戦闘スタイルも似通った部分があるから、ロナ達には分からない何か通ずるものがあるんじゃない?」
走りながら俺とロナは口々にそう語る。
全ての敵を倒しきったわけではないが、そうやって言葉を交わせるくらいには数を減らすことに成功していた。
崩落する樹幹と共に大半の祝福者が戦闘不能と化している中を四人が駆け上がっていくと、ようやく目的であった彩芽の姿を視認することができた。
「これはなんだ……ッ、一体私は、何を見せられているというんだ……ッ!?」
瓦礫の山からこちら見下ろしていたのは、酷い動揺と混乱に苛まれる一人の少女だった。
何もかもが計画通りだったはずなのに、その根底が覆されようとしている光景は彼女にとってあまりにも残酷だ。
「終わりよ彩芽!!」
情け容赦なしのセイナから、その受け入れ難い現実を突き付けられる。
しかしその東洋人の少女は決して諦めようとはしない。
ただ往生際が悪いのではない、この復讐は文字通り彼女にとっての生きる意味なのだ。
「や、奴らを抑えろ、お前達っ!!」
もう操った祝福者達を切ってしまった今、ここで引くことは『死』と同義。
彩芽は黒の髪を振り乱しながら、最後に残っていた戦力を投下する。
俊敏な動きで少女の周囲から疾走してきたのは、さっき見た獣人達二人だった。
「ここはロナ達が食い止めるよ」
「隊長達は先に行って」
大型のクマとトラの獣人をそれぞれロナとリズが食い止めている脇をすり抜ける。
もう彩芽を遮るものは何もない。
距離にして十メートル弱、この距離ならとハンドガンに手を掛けようとした刹那、暁に沈みかけていた陽光が遮られる。
「っ!!」
咄嗟に俺とセイナが急ブレーキを掛けた眼前、上空より獅子型の獣人が舞い降りてきたのだ。
三メートル近い身長を構築するのはゴツゴツと鉄塊のような分厚い筋肉。
何より雄獅子の特徴でもある鬣がその存在をより一層大きく引き立てていた。
荒々しい咆哮と共に、立ち止まった俺達に向けて両手の爪を振り上げる。
研ぎ澄まされたそれは人工の刃物などよりも鋭く、さらにその剛腕が嚙み合わされればどんな相手であろうと紙切れ同然だろう。
受けることは愚策と判断して引こうとした俺達。
しかし隙間を黒い何かがすり抜けていった。
ガチンッ────!!!!
鮮烈な快音に周囲の誰もが眼を見開く。
猛然と振り抜いた双爪を大太刀で受け止めたのは、闇に溶け込むようなフォルムをした一人の人物だった。
「そんなバカな……っ!?お前は────」